26話 すでに懐かしい教室の風景
榎本直人くん:巻き込まれ主人公。
野乃早咲ちゃん:男装している?女?の子。背は男子の平均な直人くんと同じくらい、髪の毛は肩に掛かるくらい。顔つきは中性的で穏やかな子。――または、「野乃早咲」くん。
榎本美奈子ちゃん:直人くんのお母さん……を10歳くらい若くした感じのショートカットで目つきの鋭い先生。
ローズマリー・ジャーヴィスちゃん:きんぱつでボディラインを隠しきれない、おっとりして明るい先生。
須川ひなたちゃん:小……中学生にしか見えないくりくりしたおめめで髪の毛が長い子。
綾小路晴代ちゃん ザ・和服美人(普段は制服ですが)でお淑やか。 髪の毛がものすごく長い子。ひとつひとつの動作がていねい。 早咲ちゃんがおっとり系女子なら晴代ちゃんは清楚系女子。
御園沙映ちゃん 活発……過ぎる女の子。いい子なのですが、仲のいいお兄さんがいることもあって遠慮無くぐいぐい来ます。 ある意味気兼ねなく、前の世界のようにおはなしできる子。肩までのふわふわな髪の毛。
「……ええ、そういうことです。 彼は……その、特殊な環境で育ったのでメンタル的にも私たちが心配するほどではない……と。 ……はい、特に気丈に振る舞っているわけでもなさそうでしたし、外にいるあいだはみなさんが守ってくださるので大丈夫だろう、と、先生もおっしゃっていました」
「そうですか。 ……承知しました、野乃様。 榎本様が襲われそうになったのは我々の失態でもあります、まだ残党もいないとは限りませんし、全力で警護に当たります」
「あれはかなり大きい組織の奇襲だったからだと聞いていますけど……はい、私の大切な友人を守ってくださいね。 お願いしますっ。 ……それでは、私は授業がありますので」
廊下で直人の護衛への挨拶もそこそこに、ひとり……始業のチャイムが鳴ってしばらくしているために、誰もいない廊下を自室へと歩いて行く早咲。
「…………………………………………………………………………………………」
彼女は急ぐわけでもなく、散歩でもするかのように……笑顔を浮かべながら、ただ独りの空間を楽しむように歩く。
学園の廊下に出て他の生徒と行き交う内に黄色い歓声を浴びたり、「そういう関係」の女子に囲まれたり。
果てには教師を捕まえて甘い言葉をささやき……約束を取り付けたりしつつ。
……または、「馴染み」の相手を物陰に引っ張り込んだりして数分を過ごしつつ。
そうして近くに人がいなくなり、手持ち無沙汰になったような様子の彼女は……後ろを振り返り独り言を口にする。
「……ふふ。 ふふふふふふ……。 ええ、やっぱりちょろいですねぇ……順調に進んでいて大変に喜ばしいです。 そうです、知っていますよ? 所詮、男という生き物は。 だって、この僕がそうだったのですから……………………」
○
「ほう……あれからこれほどの短期間で復帰できるとはな。 流石直人と言ったところか? 義理とは言え私の「息子」となったんだ、そうでなくてはな」
俺が恐る恐る……だって、クラスの全員が揃っている今みたいなときに、後ろのドアからこっそりじゃなく前のドアから教卓まで行くっていう、とんでもなくハードルの高いことをせざるを得なかったから、早咲といるときとはまた別の緊張で心臓がばくばくとしていて……それでもがんばってノックをして教室に入ったのを見た美奈子さんの開口一番がこれだった。
30人もの女子たちからの視線も刺さるように感じたんだけど、それ以上の違和感……というか、なんだろうか……珍しいものを目の当たりにし、俺はそれが気にならなくなるほどになる。
……なんだか、とんでもなく嬉しそうなんだけど、美奈子さん。
こんな顔をした母さん……美奈子さん、そうそうないぞ?
いや、何回かは見たことがあるけど……それは死んだ父さんの話をし続けているときとか、俺が俺の限界以上の成績を取ったり、運動会でなんとか活躍できたり。
………………………………1番記憶に新しい、この学校……だった学園に、塾の先生たちからも何十回も志望校から外した方がいいと言われたここに合格できたときに泣きながら抱きつかれたときとか。
そのくらいしかない。
だから……家で母さんと、「家族」として話していたときに比べると知らないも同然だけど、それでも俺には分かる。
美奈子さんはやっぱり、母さんとほぼ同じ思考回路と感性をしているんだって。
だから、こうして褒められるのは滅多にないことで、それが今はとても嬉しい。
「直人。 君のその勇気と持ち直す心の強さは、もういなくなった「漢」というものだろうな。 そうだ、数少ないご年配や壮年の男性だけが持つ心の強さだ。 ……しかし、ほんとうに無理はしていないか? ここには」
「大丈夫です」
軽く……勇気は要ったけど、教室を見回す。
30対以上の目線……その中にはハンカチで目元を拭っている晴代のものと、嬉しそうな顔で腕をぶんぶんと振っている沙映のものも……ぐずぐずと泣いているひなたのものもある。
……だけど、やっぱりあの夜になったような反応が起きる気配はない。
ただ、大勢の人に見られているって言う緊張感程度だ。
「……ほら。 俺はもう、無事、なんですよ」
「……そう、か。 それならいいんだ……ああ、私としては君のような強い心意気を持った男子というのは、君の年ごろでは見たことがないから感動すら覚えるな。 わずかに、武道を嗜んだりしていたり、上流階級のお年を召した方々くらいだな。 ……そういうわけだ。 皆も彼からの信頼を損なわないように。 ただでさえいちど我々「女」から裏切られたんだ、次はないようにしないとならないからな。 しかし念のため、当分のあいだは節度を意識した接し方をするようにな。 距離はこれまで以上に取ること、なるべく……振り向いたりしてまで顔を見たりしないこと。 彼からでなければ、会話もなるべく避けるように」
さあ、と促され、俺は教室を横切って席に向かう。
「……あの、直人様。 その、……ほんとうに、もういらっしゃっても問題は無いのでしょうか……? あ、その……先生がおっしゃりましたように、私と沙映様もあまり話しかけない方がよろしいのでしょうか」
「いや、平気だよ。 ……、ほら」
「………………………………あ……」
席に向かう途中に話しかけてきた晴代……たったの3日しか会っていなかっただけなのに、なんだかずいぶんと元気がないように感じる。
いつもみたいなお淑やかな印象が、今では沈んだ感じになっているし。
だから俺は、鞄を持っていない方の手を軽く晴代の肩に乗せた。
………………………………。
……あ。
俺から女子に……この世界に来る前も含めて、触ったのって初めてかもな。
同じような材質の制服のはずなのに……柔らかい。
どうしよう、これで馴れ馴れしいって思われたりセクハラって……と、ここは俺の世界じゃないんだ、心配は要らない……はず。
だよな?
「………………………………直人様。 よくぞ、ご無事で……っ」
と、少しのあいだ俺と目があったまま固まっていた晴代は、ゆっくりとハンカチを広げると……それに顔をうずめて泣き出してしまった。
そして、晴代みたいな雰囲気の……お嬢様の中のお嬢様みたいな性格の子たちもハンカチを取り出し、みんな釣られて泣き出している。
……うん、この世界じゃなきゃ美奈子さんからも、女子全員からも怒られること間違いないな。
「直人っ!」
「……沙映」
泣いている女の子をどうしたらいいのか分からずに俺もまた固まっていたみたいだ……気がついたら沙映が俺の手を握っていた。
「……………………これでも、だいじょうぶ?」
「……うん、なんともない。 けど、晴代が」
「……っ、大丈夫、ですわ……すぐに収まり、ますので……」
「晴代ちゃん、直人が元気だから嬉しくて泣いちゃったんだよね。 だから直人もいいんだよ?」
くい、と、俺の席へと手を引っ張っていってくれる沙映。
……沙映は、変わらないな。
早咲とは違う。
違うけど……こんな世界でも男子女子をあまり意識せずに仲良くできるタイプの子なんだ、だからこそ俺も、自然な感覚で手を引っ張られたままで歩いていられるんだろう。
「……うん、ありがとう。 今みたいに俺から触れるんだったり、沙映たちから触れられるくらいなら……いきなりだったり、急に近づかれたりしなきゃ大丈夫だと思う。 ……だから沙映、今みたいに後ろから来られると」
「はいっ、ごめんねっ! 次からは気をつける!」
そう言いつつも俺の片手を両手で握り続ける沙映。
……まあ、俺を診てくれたお医者さんが言っていたようにトラウマが残っていたとしても、いきなり来られても……沙映だったら大丈夫だろう、たぶん。
だって、ほとんどそういう目線とかがない沙映だし。
あとは、お子さまなひなたくらいか?
………………………………うん、そうだ。
そういうのはぜんぶ、早咲のおかげでどっかに行ったんだからな。
もっとも、早咲のせいでまた別の問題ができたんだけど。
……それは、また後で考えよう。
「……けど、えっと。 ……俺、あんまり気を遣われすぎると居心地が悪いっていうか。 だから、他のみんなもなるべくこの前みたいに、普通な感じに接してくれるとありがたい、って思う。 ……沙映、もういいよ」
「はーいっ!」
カタンとイスを動かして席に着く。
わざと時間をかけるようにして教科書とかを出していると、だんだんと俺に向けられていた視線が減っていき、美奈子さんが話し始めたことでホームルームが始まった。
黒板に書かれていたのはこの先の……試験とかのスケジュール。
……世界が変わっても、こういうところは同じなんだな、っていう、この世界に来たばかりのころに思ったような感想が浮かんできた。
同時に、「榎本直人は転校直後かつ男子、かつ事情がある故に試験期間中及び試験当日は配布のプリントでの自主学習とする」っていうかたっ苦しい表現で書かれた字を見て、ああ、やっぱり美奈子さんは母さんだ……なんて思ったりもした。
……………………………………………………………………………………。
さっきのは、口からの出任せ、ハッタリだった。
さっきのは、結構な綱渡り……強がりだった。
正直、俺自身があの夜に襲われかけたときの、助けられたときの発作みたいなものが起きない保証なんてなかったんだから。
だけど、今朝まで早咲とふたりきりで過ごしていたし、ゲームに夢中になっているときに肩同士がぶつかることもあった。
………………………………早咲を女だと意識してからも何度か手が触れたけど、ドキドキとはしたけど……それ以上のことはなかった。
だから、あえて強がってみてみたけど……今くらいのなら大丈夫そうだな。
まあ、あのときの過呼吸だって、相手が女だったからって言うよりも、感じたことのない悪意っていうものを浴びせられたからなんだもんな。
だから……きっと、俺が思っていたよりもショックとかはなかったんだろう。
相手が男だったとしても……したら、きっと、あのとき以上に恐怖したはずだしな。
「直人直人なおとなおとっ」
がた、と大胆にも振り返り、前の席に座っている沙映が話しかけてくる。
「授業、この辺まで進んだよ! ほら、ノートっ。 次の科目とか写してく? がんばったら今日1日で……あ、私のよりも晴代ちゃんの方がきっといいよねっ、い今とりあえずなんかの教科の借りてくるっ」
「ああうん、ありがとう……」
ちらちらと他の生徒からの視線を感じる。
そして美奈子さんは……事情が事情だからか、見て見ぬ振りをしてくれているみたいだ。
「それでね、それでねっ」
………………………………。
……早咲と一緒にいたいのにいたくないって言う状況から逃げるために飛び出してきた形なのに……結果的にはこれでよかったのかもな。
早咲とふたりきりで……「男」と「女」のあいだでずっともやもやし続けて、いちいち感情を抑えるのに精いっぱいなあの状態が続くよりも、こうして外に出た方が。
考える暇なんて授業中のぼんやりしている時間しかなくて、授業と、休み時間の周りの人との話で忙しい登校中っていう時間の方が、よっぽどマシだもんな。
……あれ。
そういえば、早咲、まだ教室に来ていないよな?
ひなたがきょろきょろと見回して……こっそりスマホを出しているし。
あ、……晴代もこっそりと、沙映は堂々と取り出して、じっくり見て……考え込んでいる?
そんな感じだ。
なにかあったんだろうか。
………………………………。
とりあえず、さっき別れたばっかりの早咲だ。
荷物を取りに行くって言っても、ここまで掛かるものなんだろうか?
さて、逃げるように、逃げたかった教室へと戻ってきた直人くん。一方で不穏な早咲ちゃん。直人くんは、ひとまず無事ではあるようですが……?
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