22話 自覚(もうすぐ)
部屋の中に、ときどき新しく菓子の封を切る音が響く。
パリパリと、菓子を口に運んで食べる音が響く。
そんな調子で、もう数時間は経ち……俺たちはすっかりくつろいでいた。
どうせなら床の方が楽じゃないですか?という早咲の提案で、俺たちはテーブルをどけ、テレビの前に陣取り、適当な番組を流しながら……テーブルの上に用意されていた菓子のほとんどを開け、極めて不健康な夕方を過ごしていた。
………………………………ああ、これだ。
こういう、どうでもいい時間を過ごしたかったんだ、俺は。
ちやほやされるんじゃなく、過剰に反応されるんじゃなく、ただこうして……静かに過ごせる時間っていうものを。
「あ、直人。 このマンガでもあったけど、やっぱりタケノコがいちばんってことでいいでしょうか」
「……いや、俺は別にどうだっていいけど。 でも、なんでこういうところは同じなんだ……。 菓子、見たことないものばっかりなのに」
「さあ? それで直人は、里と山、どっち派ですか?」
「俺は特にこだわりはないな」
「ならここはキノコにしましょうか」
「……お前、10秒で浮気するなよ」
「いやー、だってこれ、意外と盛り上がるんですよ? 山・里、あるいは第三勢力って。 ド定番です」
「知らないよ……俺、興味ないし」
「そうですか。 なら仕方ないですね」
「ああ、仕方ないんだ」
そう言ったと思ったら、……その両方をいっぺんに頬張りながら手元のマンガに視線を落として急に黙る早咲。
……こいつ、話してみると意外と気分屋なんだよなぁ……。
なんというか、興味がそのときそのときでころころと変わる感じ?
けど、話している限りはどう聞いても男との会話でしかないわけで……それが、俺を困惑させるんだ。
……と。
「……あれ。 おい早咲、この続きの巻って」
「あ、ごめんなさい、今手元に。 あと半分なので別のを読んでいてくれます? 久しぶりに読むので楽しくって」
「いいよ、無理しなくて。 適当なのを読んで待つから」
「すみませんねぇ。 あ、最後のキノコ食べます?」
「……ああ」
すっ、と、おなじみのデザイン……によく似たパッケージをした箱の中の袋に入った菓子を差し出され、その中からひとつだけ残っていた、……おい、これ茎しかないじゃないか。
「……………………………………………………………………………………」
「……………………………………………………………………………………」
すっ、と視線を逸らす早咲。
……こいつ……。
………………………………。
仕方なく箱ごと受け取って味のない細長い部分を食べ、ゴミ箱へ投げ入れる。
そういうのは任せたとばかりに早咲の視線は紙面に落ちたまま。
……まあ、これまでずっと、何かにつけて世話を焼かれすぎてうんざりしていたからな。
こういう素っ気なさこそがいちばん楽だし、ま、いいか。
適当にマンガを引っ張り出し、開く。
もう、とっくに夕飯を……きちんとしたそれを食べようという気は失せているし、そういう連絡もさっきしてしまった。
だから俺は、俺たちは……ただ黙々と、ときどき二言三言話し合い、また読みふけるという静かな時間を過ごした。
○
部屋に音楽が鳴り響き、思わずびくっとした。
……何だ? この音は。
「……あ、ごめんなさい、これ、僕のスマホの着信音です。 ……ちょっと外しますね」
「あ、ああ、分かった」
そう言って立ち上がった早咲は、俺から離れるようにして誰かと会話をしながら歩こうとして、………………………………くるっと周り、引き返してきた。
「直人」
「……どうした」
「えっと、ですね? 夕飯……正直もういらないかなって思っていたんですけど、何がいいかっていう連絡です。 あの、軽くでいいって言っていたけど、じゃあ何がいいのかって聞いてから、いくら直人に連絡しても返事がなかなか返ってこないから、って」
「………………………………あ、すまん。 マナーモードにしてた」
「駄目ですよ? 昨日の件で、ただでさえみなさんピリピリしているんです。 そんな中で連絡が途絶えたら、いきなりドアと窓を破って護衛の方たちが入って来ちゃいますよ? 直人の精神状態っていうのを考えてもらって、外に出てもらっているんですし」
「……そ、そうか。 そりゃそうだよな、すまん」
「いえ、いいですよ。 ……というわけです、先生。 直人や僕がどうとかいうわけではないのでご安心ください」
見ると、……数十件の連絡が来ていたらしい。
……数字を見てびびったのは黙っておこう。
元から友人はいたにせよ、互いにほとんど連絡はしないような奴ばかりだったし、母さんも直接会って話した方が早いっていう性格だったから、多くても数件っていう具合だった。
それに俺は、ソーシャル何とかも……この時代なのに、登録と入学のときの交換のための交換とあいさつをしただけで、それからは手つかずという始末だったんだもんな。
うん、しょうがないんだ。
……見てみると、最初はメッセージ、次第に電話の割合が増えていき……という感じだったらしい。
…………早咲が言っていたみたいに、よく突撃されなかったものだと思う。
それほどまでに、早咲、こいつという生徒が信頼されているんだろうか。
まあ、中学……いや、小学校からだったか? ……主席っていう何よりも説得力のある立場に加えて、俺がこの世界で見つかったときからの仲だし、なにより襲われかけてパニックになっていた俺を落ち着かせたっていう実績まであるんだ、当然なのか。
……それに、早咲の言うことがほんとうなら、こいつはこの世界でも女好きで相当に有名なはずだもんな。
そんな奴が、男の俺を……っていう可能性は低いって思われているんだろう。
俺がそう言うのに慣れていないから、って言って避けていたけど……やっぱり早咲、相当な遊び人ってやつなんだろうな。
俺が、一生かかっても理解でき無さそうな思考回路と下半身なヤツ。
……最初の頃に思っていたように、優男っていう印象。
どうも、正しかったみたいだな。
実際はもっと、ずっとひどい有様なんだけど。
心の中ではチャラ男とでも呼んでおこう。
「……はい、はい、それでは。 ……あ、直人、終わりました」
「…………ごめん、俺のせいで」
「いえいえ、あんなことがあったんです、今はただゆっくりしたいだけかもしれないって先生方も考えていたみたいでしたので、ただ、今ふたりしておかし食べながらマンガ読んでいましたーって言っただけですし」
「……そっか」
「はい。 あ、で、夕飯なんですけど、一応きちんと食べなさいって言う命令が来てしまったのでなにかしら頼まないと、なんですけど……どうします? 朝と昼みたいに、ドアの前まで持ってきてくださるみたいですけど」
「……あー、どうするかなぁ。 炭酸飲みすぎたし、食欲、あまりないんだけどな」
「僕もですよ――……。 けど、美奈子先生、怒るとこわいですし」
「……美奈子さん、こっちでもやっぱり説教は厳しいのか?」
「あ、そういえば直人の世界でも美奈子先生は先生しているって言っていましたね。 ええ、そうです、ものすごくこわいんです」
「主席っていう、いちばんの優等生のお前も叱られたりするんだな?」
「あ――……。 えっと、その。 はい。 ……学業やスポーツ以外のことで、ちょっと、です」
「そっか。 まあ、母さ……美奈子さん、服がよれているだけでも叱ったりするもんな、お前でも1度や2度はそういうことはあるか」
「え、ええ、そういうことですっ。 あ、で、どうします? 何か頼んだ方が……主に僕が怒られないために、お願いしたいんですけども」
「……なら、ピザとかにするか? 体に悪いって叱られそうだけど、俺がどうしても食べたいって言ってるって言えばいいだろうし、あれならいくらでも食べられるだろ? こんだけ食欲なくても。 サラダもお願いしますって言っとけば栄養バランスがー、とか言われないだろうし」
「あ、いいですねっ。 ……あ。そういえば、お昼。 さっきのお昼もラーメンと餃子っていう組み合わせで僕たちニンニク臭すごいでしょうし、きっと明日まで消えないはずです。 ならガーリック系のも頼んじゃいます? 余ったら冷蔵庫に入れておけばいいんですし。 あ、直人はそういうのも好きですか?」
「ああ、ピリ辛のも好きだぞ? いいな、こっちに来てからっていうもの、なんだか健康すぎるっていうか、味付けが薄いものばかりしか口にしてなかったから、そういうのが食べたくなってきたよ」
「あー、そうでしょうねぇ。 直人はただでさえ重要人物で男子で、しかも美奈子先生の関係者と来ています。 そりゃあ、……たぶんメニューとか渡されたんでしょうけど、それにも「体に悪そうな食事」なんて載せませんよ」
「……そうか。 無いんじゃなく、見せなかっただけか」
「ですねぇ。 ここって基本、男性の望みはすべて叶える価値観ですので……逆を言うと、うまいこと誘導して男性に、心身どちらも不健康になりそうなものは与えないっていう仕組みになっているんですよ。 ええ、ディストピアそのものですね? ある程度の健康と好みの女の子たちに囲まれた、働かなくてもいい生活ができて……下半身だけは満足できるという構図です。 それが結果としてこの世界を少しでも長持ちさせるための機構なんです」
……さらっと言われたけど、こわいな、それって。
元男な早咲でも何でもないって感じで口にした、「与えない」っていうモノ。
………………………………それはつまり、幼いころから洗脳まがいの教育で、この世界の女性が望むような男に育て上げるためのシステムなわけで。
「あ。 ……大丈夫ですか? ごめんなさい、ヤなこと口にして」
「……いや、平気だ。 こういうことに気がつかせてくれるっていう時点で、この世界の人たちと比べられないくらいありがたいからな」
そう。
俺が頼れるのは、心が完全に男で……男として生きてきた記憶もあって、同じような世界で生きてきた早咲だけ。
こいつだけ、なんだから。
ふたりの、たったふたりだけの世界。 直人くんから見れば、たったひとりの理解者な「女の子」。物語の週末はもうすぐです。 ※あらすじのとおりです。改めてご安心ください。
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