23話 自覚
「……あー、おいしかったですねぇ。 やっぱり体に悪いものっておいしいって決まっているんですね――……けぷ」
「そうだなぁ……少し食べ過ぎたかもしれないけどな、これ」
「いいんですよ――…………あ、でも少し動けないかもです」
ふたりして……腹がいっぱいすぎて寝転がることもできず、もぞもぞとだらしなくソファーまで這いずって、だらしない姿勢で座ったまま何でもない話をする。
早咲も俺も、制服こそ着ているもののほんとうにだらしない格好になっている。
俺の制服もシワが着いているだろうし、早咲に至ってはヘソが出ているくらいだしな。
………………………………。
腰が、細い。
肌が、白い。
……そこは、やっぱり男とは……じゃなくて!
「あ、あ――……けど……こういうの、学食のメニューすらなかったよな? 女子だってラーメンとか餃子とか好きだろ?」
「あー、そうなんですけど、でも、そうですねぇ……こっちの人たちって、基本的にお上品な食事しかしませんから。 いえ、もちろん今食べたみたいに料理自体はあるんですけどね、ほとんど同じ味付けの」
「あるのか……俺はてっきり」
「女性は味覚も嗅覚も感性も違いますからねぇ、男とは……もっとも、大半は、なので、こうしておいしいものを出すお店もあるんですけど。 けど、……やっぱり少ないですね。 ほら、このピザだってかなり小さくて、僕が言ったとおり倍の量にしても平気だったでしょう? こういうちょっとした違いがいーっぱいなんです」
「あ――……確かになぁ。 あれじゃ食事と言うよりは間食っていう感じだしな」
「足りないですよね? なのでこっちの人たちはサラダとか前菜を何皿か食べるんですよ。 ……ま、ここがお嬢様、いや、ご令嬢様、お姫様階級の子が集まっているっていうのもあるんですけどね――……」
ぽんぽんと……俺と同じように膨れた腹を叩きながら言う早咲。
……肉体は女だからもう食べられないとか言って、余りを俺に押し付けたのは忘れていないぞ?
「んあ――……これで、もっと大勢の男子が集まってわいわいするのが楽しかったんですけどね――……もう、絶対に無理っていうのがちょっとだけ悲しいです」
「……他に男、同年代のって」
「いますけど……聞いたと思いますけど、そもそも結婚している間柄の女性に囲まれていて話せもしないって言うか、学校自体に来たりもあまりしませんねぇ。 だってほら、彼ら……勉強する意味ありませんし。 いえ、来る人もいまし、お家で勉強する人もいますけど。 でも……ほら、彼らの生きる目標というか生きる意味って……子作り、なので。 直接的にと、間接的にと。 生きている内に……えっと、直接じゃなくてもどれだけのこどもをこの世に産み出させたかっていうのが人生の目的って擦り込まれていますし。 そんでもって、今の僕って女でしょう? だから」
「……この世界の男たちの悲惨さはともかく、早咲は彼らに近づけない、のか」
「ですね。 まあ、今後は直人のそばにいることが多くなると思いますから、直人を利用、おっと失礼、一緒にいないといけないっていう口実で近づけると思いますけどね、男子同士の集まりに。 いやー、小学校のころまでは結構話とかできて楽しかったので、これから楽しみですねー。 直人さまさまです」
「…………………………利用とか、不審な単語が聞こえているぞ?」
「いいじゃないですか、軽い冗談ですよ。 男同士じゃないですか」
ちらっと横を見ると、男子の制服を着て……胸も尻も出ていなくて、髪の毛も後頭部の下の方で縛っている感じで、少し女っぽい見た目だけど男としても見ることができる。
そんな早咲がいる。
野乃早咲。
……この世界で、たったひとりの……俺がほんとうに心を許せる存在。
「あ、ちょっとお手洗いに行ってきますね。 食べたものがもう出そうで」
「そんなにすぐに出やしないだろ……というか、下品だぞ?」
「いいんですよー、こんな軽口叩けるの、直人くらいですもん」
「女同士だと……女子校とかだと男みたいに酷いって、俺の世界で聞いたことがあるぞ?」
「でしょうし、知っていますよ? けど、こっちってほら、相手がいないのが9割っていうものすごい環境なので、自然と男役っていうのが出てくるんですし、それを大半の女性が望んでいるんです。 タカラヅカみたいなものですかね? ……なので、そういう男役の女子の前では」
「共学の女子みたいに「お上品」になるってわけか」
「です。 加えてここに来ている子たちの出身もありますけどね。 あ、それにほら、僕もふだんこういう格好しているでしょう?」
立ち上がってくるっと回る彼女……彼って言ってやった方がいいだろうな、いや、やっぱり「こいつ」でいいか……は、女子みたいにスカートを翻したりもせず、縛った髪の毛をふわりと浮かせる程度、上着が軽く浮く程度の……中性的な男、男子生徒にしか見えない。
「こういうの、僕だけじゃないですよ? 自分から「男役」を選んで男の格好をして……まぁ、成長して体つきが変わっちゃったら無理ですけど、そうじゃない子って、それなりにこっち側になるんです。 んで、自分は物語の中でしか見たことのない男子扱いをしてもらえて、他の女の子も男子みたいな存在がすぐそばにいて……なんなら恋人同士になれるっていうので、どっちもしあわせになるんですよ。 だから僕のこれは特別じゃないんです」
「なるほどな。 そんで、前世の記憶を使って贅沢な暮らしをしているわけだな。 勉強もスポーツも万能で、頭も年相応以上に回って、だもんな」
「じゃなければ主席なんて……いいとこの小学校からずっと、9年間も取り続けられませんよ。 あ、今年でたぶん10年連続になりますね。 でも、それに見合った努力はしているんですよ? ちょっとした取りこぼしで2位の子に追い抜かれちゃうんですから。 運動だって人一倍していますし? 走り込みとジム通いは日課ですし。 まあ今はさぼっていますけど」
えっへん、と腰に手を当てて偉そうな顔をして、そうだ、と慌ててトイレに向かって行く。
……確かここは特殊な、治外法権とかになっているほどの学校だ。
いろんな国のお偉いさんの娘さんたち……女子たちと、成績がものすごくいい人たちが集まっているところ。
そこに入るだけでもすごいのに、さらには主席。
前世で……幾つくらいまで行ったんだか知らないけど、それでも今世でものすごい努力をしているんだろう。
平均点ちょい上をうろうろしていた俺とはまるで違って。
………………………………。
はあ、とため息をついてソファーにもっと体重を乗せ、くるくると回る翼を眺めながらぼんやり思う。
……こういうのって、いいな。
中学のときの友だちとの修学旅行での夜を思い出す感じ。
お互いに遠慮がいらなくて、ただだらだらとしていても平気な感じ。
……悲しいことに休みの日や夏休みとかにそういうことをできるような相手はいなかったんだけど、だからいっそうに楽しかった、ああいう感じ。
気軽な感じ。
……この世界に来てから、ずっと息がつまる感覚がしていたのはこれだ。
こうして気楽に相手できる人が、ひとりもいなかったからだ。
もちろん美奈子さんや晴代さ……晴代や沙映はいい人たちだ。
だけど、彼「女」たちはやっぱり女性であって、女子であって……俺たちとは違う存在。
早咲が来てからみたいに、話してはお互いに好きなことをして、ぽつぽつと軽く話すっていう時間はない。
彼「女」たちの前では、ずっと、終わることのない会話が続くんだ。
……俺を気遣っているっていうのもあるんだろうけど、大体の女子って……女性って、話すこと自体が楽しくて、延々と話している印象があったけどそのとおりで。
その上、俺を意識しているのが丸わかりでこっちまで意識せざるを得ない有様だしな。
……ああ、沙映はそういうのが薄いけど、ゼロって言うわけじゃないし。
沙映は気分屋、んでひなたは引っ込み思案なこどもって感覚だから……あのふたりはまだ楽な方だけど。
だけどやっぱり俺には、まだ……一時は覚悟もしたし、近い内にしなきゃって言うのは分かっているけど、でも……恋愛なんて、結婚なんて早いんだ。
早すぎるんだよ。
俺、今まで彼女もいたことない高1だぞ?
それが急に、急いで相手と仲良くなって結婚しろだ?
とりあえずでいいから気に入った子に声をかけて……その、しろ、とか?
できたら半年以内には……ええと、孕ませろ、だとか?
………………………………無理に決まっていたんだよ、初めから。
だからこうして……早咲がうまいこと言ってくれたらしく、当分は早咲とふたり、のんびりこの部屋で好きにしていいっていう時間を楽しんでもいいだろう。
友だちと……男の友だちと寝転がったりして、朝から晩までマンガを読んだりゲームをしたりするのが楽しいんだからな。
○
「はい、さっきの続きの巻です。 お待たせしました」
「おう、ありがとな」
「これ、ラストで……おっと。 読めば分かりますよ……?」
「何だよそれ!? 気になるって言うか、ギリギリでネタバレだぞそれ!?」
「ネタバレは確かに悪です。 発売初日や上映初日に1番乗りして嬉しそうにネタバレしてくるような輩は罪です。 けど、これくらいならセーフですし?」
「お前な……」
何でもないような顔をしてネタバレをしかけた奴が何を言うのか……とも思うけど、こういう軽さがいいのかもな。
お互いに冗談も言い合えるし……っていうか早咲の方が今みたいな軽口を叩いてくるんだけどな。
……これまであった人たちみたいに、どこが楽しいのか分からない話題とか、微妙にずれた反応をお互いにして気まずくなったりもしない。
ただただ、学校で席をくっつけてお昼を食べているときみたいな感じ。
今日は1日中、起きてからずっと思っていることだけど……やっぱり早咲は、いい。
本音を言っても平気な間柄で、何よりも感性が同じって言うのが、な。
食べたものがある程度消化できたのか、ごろ寝しても平気になった俺たちはテレビを前に、ソファーに横になりながらマンガや本を読みふける。
ああ、もちろんソファーは別で、俺には大きい方、早咲は小さめなそれに、テーブルを挟んで対角線上にあるそこに寝転がっているけど、お互いに話しやすいよう視線が合う姿勢だ。
………………………………。
こういうのは嬉しいけど……、もし。
さっきから、朝からどうしても、何度も頭に昇ってきてはどうにかして落ちつけている考えが、顔を覗かせるんだ。
………………………………もし、こいつが。
野乃早咲っていう肉体は女子なこいつが、心の性別まで女子だったとしたら。
それでもって、今みたいな性格と考え方をするヤツだったら。
女、だったら。
その考えが浮かんでくると同時に、今日何度目かの感覚が起きる。
心臓が跳ねるというか、体が軽くなるというか。
そう、これは高学年と中学で、結局仲良くなることができなかった女子を見るたびに、近づくたびに感じていた感覚。
考えちゃいけないから打ち消すけど、それでも不意に浮かび上がってくる、この感覚と……「意識している」という想いだ。
考えちゃいけない。
感じちゃいけない。
想っちゃ、いけないのに。
それなのに、俺は。
………………………………。
直人くんの、明確になった葛藤。さて、ここからは終わりに向けて一直線です。直人くんと早咲ちゃんの関係が、どう変わるのか。……あらすじでネタバレしていますが、それをお楽しみいただけたらと思います。
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