21話 自覚(中)
榎本直人くん:巻き込まれ主人公。
野乃早咲ちゃん:「男装」している「女の子」。背は男子の平均な直人くんと同じくらい、髪の毛は肩に掛かるくらい。顔つきは中性的で穏やかな子。――または、野乃早咲「くん」 こっそりと揺らぎ始める直人くん。 この世界でたったひとりの理解者で、ずっとそばにいる子なので仕方が無い、のですが……。
※このおはなしはあらすじにある通りです。ご心配は要りません。
「ところで、です。 あ、ところでなんだけど、直人? ……僕が重い思いをして持ってきたこれはどうです?」
「ああ、………………………………最高だな。 だけどそれ、護衛の人が」
「そう。 それはよかったですっ。 これは何年もかけて集めてきた秘蔵コレクションなんですよ♪」
「……まあいいけど。 だけどそれ、ほんとうに秘蔵、なんだよな。 ……そう、だな。 この世界じゃ、きっと、なかなか手に入らないものなんだろうし」
「です。 それはもう……あ、多分君の世界でも同人ってあったと思いますけれど、そういうところへ足を運んで何回かに1回あるかどうかですねぇ……いえ、商業でもものすごーくニッチ向けであるにはあるんですが。 あとは1発ネタとかで似たのを見かけたりもしますけど、残念ながら続きませんねぇ」
「………………………………だ、ろうな」
早咲から振る舞われた食事を……これまでみたいにとんでもなくいい素材を使って豪華な料理、じゃなく、もっとふつうの……母さんがよく作ってくれたみたいな味のオムレツを楽しんでから少し。
俺の目の前には、早咲が持ってきた大量の本や、映画やゲームソフトのパッケージがあった。
……どおりで来たときには疲れ切った顔をしていたわけだな、でかいリュックにパンパンに詰めてきていたんだもんな。
兵士さんが。
早咲じゃなくて。
ダンボール数箱分……いくら鍛えていても重かっただろうな。
「けど、驚いたよ。 まさかこの世界に……価値観が変な方向に真逆って言ってもいいこの世界に、俺たちと同じような、男と同じ感性を持った人がいて。 俺たちが読んでも違和感がほとんどないような話とかがあるなんて、な。 ……こういうの、諦めていたから嬉しいよ。 だって、テレビつけても……その」
「あ――……つまらない、ですよねぇ。 なにせ、高嶺の花の男性をちやほやする番組がウケるんですもの、そういうのばっかりになるのは仕方ないです。 昔からある人気番組の例を挙げるなら……そうですね、とんでもなく美形な男の子たちを集めたユニットを引っ張りだこ、ですかね? いつも人気投票して、彼らが出ない番組は露骨に視聴率が落ちますし。 これは世界……子の世界中どこだって同じです。 ………………………………だって、絶対数が少ないんだから。 それなり以上に格好いい男の子や男性って。 僕たちのいた世界でのアイドルやタレントっていう女の子たちよりも、ずっとずーっと」
「……そうだろうな。 だからこそ、文化が……俺たちが生まれるずっと前から、映画とかからしてまるで違う方向になったんだろうしな」
ぱらぱらとテーブルに置いた本を手に取って眺めつつ早咲の言葉へ返事を返す。
この部屋には、俺が退屈しないように……いや、この部屋に来た男が退屈しないようにだろう、テレビはもちろん本や雑誌、マンガやゲームや映画など、結構な量の娯楽がこれでもかと用意されていた。
それはもう、リビングの一角の棚を丸ごと使うくらいには。
……だけど、違ったんだ。
どれも、俺の感性とはかけ離れたものばっかり。
話は基本少女マンガみたいな流れのものしかないし、ゲームは……その、俺はほとんどしたことはないけどギャルゲーとかいうものの逆バージョンみたいなものしかなくて。
それ以外のものは、………………………………とにかく男を取り合う。
ときどきおもしろいのはあったりしても、結局はそれを巡っての何十人の女性キャラクターたちの争いだしな。
だから、退屈していたんだ。
だから、適当にテレビをつけて……その内容じゃなく、俺の世界との違いって言うものを探そうと躍起になっていた。
けど……ええと、上手く言葉には出来ないけど。
「……ふーん。 ここ最近の話題作から古めの人気作品まで揃えてありますね、この世界基準の。 さすがは男性用の個室、豪華なのは部屋だけじゃ無いんですねぇ。 ま、一面大理石に比べたらこの棚ごとでも足りないくらいでしょうけど」
「……こういう、映画でしか見たことないような豪華な部屋よりも、修学旅行で行ったような和室の方が気楽なんだけどな、俺。 家だって結構ぼろいし」
「そうでしょうね。 僕だってそうですもの。 ……申請しておきます? そういう風に。 ひと晩とかからず、朝出て夕方戻って来る頃にはすぐに用意してくれていると思いますが」
「止めておくよ。 俺のために部屋の内装を丸ごと取っ替えされるとか、そっちの方が疲れる」
「あははっ、でしょうね、分かりましたっ」
早咲が、壁に掛かっている高そうな絵をこつこつと叩きながら言う。
………………………………。
ああ。
早咲、こいつもやっぱり、俺と同じ価値観を持っているんだな。
そう思うだけで、暖かくなってくる。
「話の主軸が恋愛と人間関係、それもドロドロでエンディングはお決まりのように理想の男と結ばれるか、それとも暗ーい感じで終わるか。 そういうのばかりですからねぇ。 ……まあ、おもしろいものもあるにはありますけど、でも、やっぱり」
くるっ、と、うなじの辺りで結ばれた髪の毛を翻しながら早咲が笑う。
「――僕らが読みたいのは、こういう話じゃない。 もっと、少年マンガみたいなものだったり、推理ものだったり。 別に恋愛要素はあってもいい、けどもそればっかり何回も似たような展開で繰り返されるのは勘弁。 いちいち立場が上の女の人にいじめられる展開があってうっとうしい。 登場人物が多すぎ。 どうでもいい過去のあれやこれやなんかさっさと飛ばしたくなる……ですよね?」
「……そうだよな! やっぱそうだよな!」
「はいー、だからこそこうして収集っていうものをしていかなければならないわけで。 本屋さんに通い詰めて、映画も片っ端から観て、いろんなイベントに出向いて。 ……でも、売れませんから。 個人が作ったもののほうが当たりが多めです。 そういう作者さんたちとコンタクトとっておくのが鍵なんです」
「あー、そうか、これ、元はと言えば早咲、お前が楽しむために、だもんな」
「ですね、こういう……僕たちが満足できるようなものを集めているのは、恐らくこの世界ではものすごーくマイナーなので、なかなかいないでしょうし。 家でヒマしてるとき、ぱらぱらと楽しめる適当なマンガさえないとか地獄じゃないですか」
「そうだけど……大変だったんじゃないか? この世界、特に娯楽系が俺たちの世界とは」
「ええ。 でも、10年近い時間をかけられましたので、そこそこ、ですかね? 今ではネット……は、そっちにもありましたよね?」
「ああ、あるな。 ……こっちにもふつうにあるから気にしなかったけど、そうか、……半世紀以上前からの歴史が丸ごと変わっているんだ、ヘタしたらそれすらもなかった可能性すらあるのか」
ネットがない。
……想像しただけでぞっとするけど、ありえない話じゃない。
歴史が……あるときを境に変わり始めて、半世紀前には完全に変わっていて。
起こったはずの戦争が起きていなかったり、全く知らない国同士が男を巡って戦争していたりするんだからな。
だって、テレビを……数日だけだけど見た限りじゃ、ほとんどの政治家だって女の人だしな。
俺が知っている……朝のニュースとかで見たことのある人は、誰ひとりとしていないんだから。
少なくとも、娯楽系の歴史に関しちゃ……ええと、マンガの造りからして違うっていう時点で相当に変わっているもんな。
「……直人が「こういうこと」について尋ねてきたりしなかったと聞いていたので予想はしていましたが、僕たちの世界は似ているんですね。 まぁ僕の場合はすでに去ってから十数年も経っているので、時間の早さっていうものが同じなら、とっくに未来になっているはずですけど」
「………………………………えっと? ごめん、どういうことだ? それ」
「僕が……前の世界で死んでから、もういちどこうして生まれてこの年になるまでの時間が、経っているかもしれないということです。 あっちに残してきた彼女たちや、家族は。 ――――――――――――……ごめん、これは忘れて。 あ、で、こういうことを言いたかったんだけど……何だか難しくて。 ほら、これみたいにさ」
こういう感じの、と、……ぱらぱらと見た限りにはSF系のマンガを手渡してきた早咲。
「そういうことで…………、この話は置いておきまして」
「話し始めたのは早咲じゃないか? というか、今のは」
「いいじゃないですか、脱線だってしますよ、僕だって。 なにせ、ほぼ同郷の友人を見つけたんですから。 今まで言えなかったこととか、ぽろっと出ちゃったり。 ……ま、当分は触れないでくれるとうれしい、かな」
「………………………………………………………………ああ」
ほぼ、同郷。
俺たちが来た世界……生まれ育った世界っていうのが同じっていう保証はどこにもない。
だから、ほぼ、か。
そして、早咲の世界は「こっちで早咲がこの歳になるまでの年月が経っている可能性」が。
………………………………。
……俺が帰ることができなかったとしたら、いずれそういう気持ちになるんだろうか。
ぱんっと、軽く手を合わせて早咲が首をかしげつつ笑顔に切り替え。
「……で、ですね? ネットなら全世界の人が繋がれます。 なので、こういう……僕たちの世界では当たり前でした王道の作品とかいうものも、この世界ではものすごくニッチで、ほとんどの人は知りさえしません。 けれど、少ないながらも一定の需要はあるみたいで、ちらほらと見かけるんです。 だから、時間をかければ集められたんですよ。 ……これが、ネットのない世界とかだったりしたら、たぶんこの10分の1も見つけることもできなかったはずですし。 直人も英語を読めるようになったら分かるでしょうけど、海外の作品にもそれなりにあるんですよ? 僕たちが読んでおもしろいものって」
ほら、ネットの前には同人とかで人が集まっていたって聞いたことがあるでしょう、と言われ、そういえばどっかのマンガでそういうのを見た記憶があるのを思い出した。
○
「で、ですね? ……そのぉ……」
「……どうした? 急に」
ふたりして……20、30分くらいだろうか、楽な格好で早咲の持ってきたマンガを読んでいたところ、不意に早咲が起き上がり、……なぜか正座をして俺の方を見てくる。
いや、ほんとうになぜだ。
なにか大切なことを言おうとしているのか、やけに真剣な顔をして。
「……実は、ですね?」
「お、おう」
「………………………………僕、少ーしばかり、面倒なことがありまして」
「面倒なこと、って?」
「まあ、それはいいじゃないですか」
「言いだしたのはお前だろ? 早咲」
「まあまあまあ。 つまりですね、そのー、厄介ごとがあるので、僕、あまり帰りたくないんですよ。 それに今は試験も遠いですし、特に用事もなくて暇なんです。 なので、こうして適当に過ごさせてもらってもいいですか? ここで」
「いや、いいけどさ。 そうして渋られると余計に聞きたくなるな、面倒ごとって」
「あー、言いにくいのでそのうちでいいですか? そのうちで。 で、いいですか?」
「………………………………いや、いいも何も、俺が安心できるのはお前とか母さ、美奈子さんとか……あとは既婚者の人。 それも、旦那さんとものすごく近い関係の人くらいだし、別にいいけどさ」
「ほんとうですね? ああ、よかったです。 これでひと安心ですねっ」
ぱあっと、……この瞬間ばかりはどきっとするような、女子みたいな……いや、女子になっているんだけどな、早咲は……はにかむ、っていう感じの笑顔を俺に向けてくる。
ガッツポーズもしているけど、脇を締めているからどう見ても女子の仕草だし、それにいつの間にか正座が崩れて……女の子座りっていうのか? に、なっているし。
………………………………。
……いやいや、こいつは男、肉体は女だけど心も格好も男なんだ、嫌な考えは遠ざけないと。
「直人が頼んでいるっていうことにしたら、美味しい料理もお菓子もジュースも、なんでもかんでも頼み放題ですし? いやー、直人様々ですねっ。 直人様って呼びましょうか?」
「……それ、晴代、……綾小路さんと被るから止めてくれないかな」
「あら、晴代ちゃん……あー、同級生にも様付けしますものね、彼女。 分かりました、直人のままにしておきます」
「そうしてくれ」
はあ、と、こっそりため息をつく。
……ただでさえ、一瞬でも変な感情が起きたんだ。
これ以上なにかがあったら……今度こそ、俺の心の平穏っていうものが、完全になくなってしまうもんな。
早咲は、男。
肉体上は違えども、俺と同じ男。
それで、いいんだから。
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