20話 自覚(前)
榎本直人くん:巻き込まれ主人公。
野乃早咲ちゃん:「男装」している「女の子」。背は男子の平均な直人くんと同じくらい、髪の毛は肩に掛かるくらい。顔つきは中性的で穏やかな子。――または、野乃早咲「くん」
榎本美奈子ちゃん:直人くんのお母さん……を10歳くらい若くした感じのショートカットで目つきの鋭い先生。
ローズマリー・ジャーヴィスちゃん:きんぱつでボディラインを隠しきれない、おっとりして明るい先生。
須川ひなたちゃん:小……中学生にしか見えないくりくりしたおめめで髪の毛が長い子。
綾小路晴代ちゃん ザ・和服美人(普段は制服ですが)でお淑やか。 髪の毛がものすごく長い子。ひとつひとつの動作がていねい。 早咲ちゃんがおっとり系女子なら晴代ちゃんは清楚系女子。
御園沙映ちゃん 活発……過ぎる女の子。いい子なのですが、仲のいいお兄さんがいることもあって遠慮無くぐいぐい来ます。 ある意味気兼ねなく、前の世界のようにおはなしできる子。肩までのふわふわな髪の毛。
肉体的には男女……ですが、精神的には男の子。そんな早咲ちゃんと一緒に朝を迎えて、呆れながらも少し心が安らいでいるようですね。
「…………………………と、いうような事件が、たった数時間前に起きた。 皆の寝ているあいだにな」
「……………………………………………………………………………………」
「……………………………………………………………………………………」
朝。
榎本美奈子の指導する……直人の編入したクラスの生徒がみんな揃うな否や、黙って座れと一喝して昨夜起きたことを説明し出し……簡潔に、しかしもれなく事態を説明し終えた彼女。
それを聞いた生徒……女子たちは、反応できるはずもなく、絶句している。
貧血起こしている生徒までいるようで、机に突っ伏す様。
しかし保健室に行く許可も得られず、直人が来てからの日常となっていた、教室内の警護についている兵士たちの数人が毛布を取り出し、教室の後ろで寝かせて介抱するという異常事態だった。
教室のカーテンは全て締め切られ、普段は悟られないようにと教室の外はただドアを閉めきっているだけなのだが……今日、今朝のこの場面ばかりは10人を超える兵士たちが銃を手に取りつつ廊下を見張っている。
それも無理はなく……この、人口が異常な速さで減り続けている世界で男を狙うのは、人殺しよりも重い罪であり、数十年前ならともかく現代では余程のことがない限り起きない……表沙汰にはされないものだ。
それは、彼女たちこの世界の生徒たちがが生まれてから何十回と叩き込まれてきた「常識」であって――ゆえに、それがどれだけ大それたことなのかが理解できてしまう。
だからこそ、気付けにと渡された薬を全員の生徒が飲んでいる。
――それでもひとり、またひとりと毛布に寝かせられる生徒が出て来ているが。
さて、この世界。
男性に対しての危害を企てただけでも……直人のいた世界での放火や貨幣の偽造や殺人よりも……あるいは、国家を危機に晒すような犯罪よりもずっと重い罪になり、ただ手助けをしたり見過ごしたりしただけでも問答無用で何年か何十年かの牢屋行き。
そして主犯格は調べられ切ったあと、世界へ生中継の元、全員が処刑だ。
それは、直人が教われそうになったときの……欲を出したあのふたりの女たちも同様だ。
この事件はは速報として、数時間後、昼のニュースで……直人の情報自体は隠されてはいるものの全世界に発信され、この世界の大多数の人間が改めて知ることとなる。
この世界は、瀬戸際にいるのだと。
ゆえに、このような犯罪は絶対に許されないものなのだと。
――男性は、丁重に保護されるべき、絶滅危惧種なのだと。
「だから、これから当分のあいだは学園全体でも厳戒態勢に入ることになると決まったんだ。 ……そうだ、生徒にも教師にも業者にも直人を狙う連中が紛れ込んでいた以上、もはや事態は一刻を争うからな。 お前たちこのクラスの生徒にはいないと信じているが……それでも移動や通信の履歴は洗われるだろうし、場合によっては事情聴取もあるかもしれない。 ………………………………なに、関わりがなければ調べられるだけだ、そんな顔をするな。 その場には、必ず私がお前たちの隣にいてやるから、な」
自分に向いている顔のほとんどが青ざめていて、多くの生徒が机に伏せているのも、床で寝かせられているのも、事態の恐ろしさに気分が悪くなったからだと分かっている美奈子は……慰めるように声をかける。
「……さあ、授業を始めよう。 と言っても、今日は身が入らないだろうから軽めに、だな。 うむ、ただの雑談と行こう。 例えば私の友人の話や……彼、直人がどのような青年なのかもだな。 ああ、先にも言ったように彼はカウンセリングを受け、今は安静にしている。 また、そのために野乃も……あの野乃のことなら誰しもが分かるだろう、席を外している。 しばらくは彼女にも詳しいことは聞かないでくれ」
「………………………………直人様」
「直人………………………………」
ちらりと振り返り、席の周りに護衛さえいなくなって余計にいないのが強調されている彼の席を見ながら、彼の婚約者として最も近いところで世話をしてきた綾小路晴代と御園沙映は、ぽつりと彼の名前をつぶやいた。
○
「……って感じになっていると思いますよ。 なので直人の知っている子たちは……すぐにとは行かないでしょうけれど、直に落ち着くでしょう。 もちろん君はほとぼりが冷めるまではずっとここで缶詰ですね。 あ、トレーニングルームなどは護衛の方と一緒に行けますからね? ずっと動けないのも嫌でしょう?」
あれからひと眠り……はできず、うたた寝程度で朝を迎えた俺たちは、リビングで朝食を摂っている。
護衛の兵士さんたちは部屋の外……ドアの先と窓、ベランダの外でこっちを見ないようにして銃を構えたままっていう疲れそうな状態が続くらしい。
俺が完全に立ち直るまで……っていうのは、たぶんこの世界で生まれて俺よりもずっと耐性の無い……ああいう犯罪に遭いそうになった男、あるいは合った人たちに合わせた対応なんだろうな、そのあいだは基本的に俺と直接顔を合わせるのは限られた人たちだけだ。
美奈子さん、ローズ先生、ひなたさん……そして、目の前の早咲。
あの後に俺の前に来て……俺が平気だった相手だけだ。
……どうしても、いや、早咲のおかげで良くなる前までは顔なじみの兵士さんでさえ、近づかれただけで息が上がり始めていたからな。
………………………………どうも、これはトラウマというものらしい。
悪意を初めて受けたんだからしょうがないんだろうけど……やっぱり情けない気持ちでいっぱいだ。
だって、女性に近づかれただけで……って。
これじゃまるで、男性恐怖症の女性……。
………………………………。
ああ、そうか。
そういう人たちも、今の俺と同じ気持ちなんだ。
「ほんとうは、またなにかがあったりしたら……それこそ、まだ捕まっていないけれどヤケになった人たちが直接にーって可能性もありますから、セキュリティが「かなり高」なここではなく、もっと安全な場所がいいのかもしれませんが」
「いや、ここでいいよ。 今は警備、ものすごくなっているんだろう?」
「ええ。 外に出たら物々しくてびっくりするくらいには。 学園全体の上空もヘリやドローンで監視されていますし。 今ごろは他の生徒も……周りの人たちも、大騒ぎなんじゃないですかねぇ。 あ、学園の周りにはバリケードとか迫撃砲とか戦車とか揃っているらしいですよ? あとでテレビの中継で観ます?」
「……いや、いいよ。 けど、まるで……ちょっとした戦場だな」
「この世界での男性、しかも健康な少年……いえ、青年ですね、の扱いなんてこんなものですよ? だって、ひとりいるだけで人口の減りがものすごく変わるんですし」
「そういうものか」
「そういうものです。 だって、平均で千人は軽く超える……あ、ごはんのおかわりは?」
「……半分くらい頼むよ。 けど、あんまり食欲が」
「なら……適当にオムレツでもどうです?」
「…………ああ、軽くでいい、頼むよ」
「りょうかいっ」
席を立って台所に向かう、今となっては男にしか見えない早咲を見て思う。
……こいつが俺に手だししないって信用されているのは、ついでのように聞かされた女癖の悪さのせいなんだろうなっ、て。
だから、この空間に……貴重な男という俺とふたりきりっていうのを先生たちがかんたんに了承したんだろうから。
それは、俺にとっては……他の誰にも無理な、限りなく近い出身の男子と一緒にいるって言う、いちばんに安心できる相手だから。
「だけど、息が詰まる感じがするな。 外は物騒で、ここは俺たちだけだし。 ただでさえ体動かせないんだしな。 この部屋から出るのも物騒みたいだし……ゲームで、テレビの前で動くくらいしかないもんな」
「それもそうですねぇ。 ……では、台所からですけど、ヤな話の続きです。 どうせならおなかいっぱいで気分がそこそこいいときに言っときますね。 ……直人の誘拐には、末端まで含めますと数百人が動員されていました」
「……数百」
「はい。 学外を含めて……と言うよりも、外が黒幕さんですのでそちらが大半みたいです。 なので、すでに一部の人間には直人の存在も知られていることが分かりましたし、裏の世界の人たちにはとっくに……ほんと、どうやってかは分からないけど、知られている。 それが分かってローズ……先生はものすごく落ち込んでいましたねぇ……。 ……ですが、ここで下手に動いて……移動したりして、直人のことを直接に知らないでいた人たちにまで急に直人を知られるっていうのはリスクなんです。 ここを固めて迎え撃つのと、移動中に襲撃される可能性。 それを考えた結果、ここで様子見だと落ち着いたようですね。 ま、今日のお昼で直人って言う飛び入りの男子生徒がいて、襲われたっていう情報は流すみたいだけど」
「………………………………そっか」
「はい」
もそもそと……素材も最高級なはずで、昨日までは美味しすぎるって思っていた飯を咀嚼する。
今は、……まだ、そこまで美味しいとは感じられないな。
やっぱり、なんだかんだ言って、あれが相当にこわかったんだっていうのがこういうところからも分かる。
「あ。 あとですね、今日から僕もしばらく一緒です。 泊まりですね、当分」
「……早咲が?」
「はい。 その方が……独りにならない方が良いだろうとの判断だそうです。 実際に、ほんの数時間でしたけど、さっきも眠れましたよね? 僕がそばにいたのに」
「………………………………ああ、そうだな」
あの後。
休んだ方が良いと言われてベッドに横たわったものの、うとうととしては縛られていた場面を思い出して飛び起きるっていうのを繰り返した俺。
そこに早咲がもういちど来て、今度は近くのソファで寝始めて、……それから30分くらい前までは、たしかにぐっすり眠れたもんな。
あれを、撃退してくれた……中身は男、同じようなところの出身っていう安心感からか。
「やっぱり誰かがいるっていうのは安心できるもんだな。 ……そうだ、俺の……来る前の世界でも、ひとり部屋でこそあったけど、家には母さんもいたんだ、当たり前か」
「ましてや寝込みを襲われた恐怖というものがありますからねー。 ちょっとやそっとじゃなくなりませんよ。 人というのは過剰に恐れを覚えるものですから。 あ、はい、できました。 シンプルイズベストなオムレツ。 僕がよく家で……あ、前世はひとり暮らしだったので、作っていた手抜き料理だけど」
「いや、俺なんかカップ麺くらいしかできないし、ありがとな」
ささっとオムレツを……なんでも家事スキルはモテるためには必須なんだとか……作り、おかわりとして差し出してくる早咲。
おかわりだから知っているけど……不本意ながら、用意されていた朝食よりも美味しいんだよな。
男の手料理って、もっとおおざっぱな感じだった気がするのに。
その辺は前世……って言うのか?それからの蓄積なんだろうか。
それとも、女として生まれ変わったから味覚とかも変わっているんだろうか。
「ああ、なによりも男がいるっていうのが安心できるのかもな。 だから早咲も、男の格好したままなんだろう?」
「はい、これで正解でしたね。 もっとも、女の子と一緒のときにもだいたいこのような感じですけど。 モテますので」
「…………………………だから、男の格好している姿の方が多かったのか」
「はい♪ だって、この学園にはお相手がいなくて、しかも箱入りな子がたくさんいるからそりゃあもう入れ食いで」
「それ以上はいいよ、俺、そういう話題にはあんまり興味ないし」
「それは残念ですねぇ……せっかく同性の友人なんです、存分に自慢したかったのに」
「言ってろ。 俺とお前とじゃ、男同士……体も世界も同じだったとしても、たぶん生きる世界がもともと違うんだ」
「ま、そうですよねー。 死ぬ前だって、ほんの数人の仲間にしか理解されませんでしたし」
「………………………………いたのか、お前みたいな女好き」
「ええ♪ ナンパしていると、自然と知り合いになるんですよ。 ああ、彼らは今でもブイブイ言わせているんでしょうかねぇ? ……彼ら、もういくつになっているんでしょうかねぇ」
……こういう話になると、早咲は完全に男だ。
見た目は優男、中身はそれを超えたナニカ。
それが野乃早咲という……俺が、ゆいいつ安心できる女で、元・男なんだ。
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