19話 早咲の、くだらない本性

榎本直人くん:巻き込まれ主人公。


野乃早咲ちゃん:「男装」している「女の子」。背は男子の平均な直人くんと同じくらい、髪の毛は肩に掛かるくらい。顔つきは中性的で穏やかな子。――または、野乃早咲「くん」


引き続き……いえ、とんでもない会話です。呆れながらお読みください。







でん、という風にイスの上で腕組みをしながら早咲が、馬鹿馬鹿しいことを言い続ける。


早咲の……奴の口は止まることがない。


いや、むしろ加速しているまでもありそうだ。


「…………幼い容姿や、スレンダーから見苦しくない程度の体つきがいいんじゃないですかぁ。 女性の美とはそういうものですよ? なにが悲しくて……そうですね、走るのが辛そうなほどまでに胸とおしりが発達してしまった方々を好きにならなければならないんですか。 まぁ、気分を変えて……と言うのであればアリではありますけど、性格が魅力的であればそんなものや年齢はどうでもいいですけど、でも、それはあくまで」


「おいおい、早咲はヘンなこと言うよな? 女性の胸はお乳をあげるため、腰は安産型って言って、昔っから重要視されていたものじゃないか。 つまり女性はふくよかな方がいいっていうことで、歴史の授業でも習っただろ? つい最近までは胸のない女性は人気がなかったって」


俺も負けじと……何故かは分からないけど、無性に腹が立って力を込めて言い返す。


「えー? ほんとうにそうですかー?? それは衣食住と安全、そして医療が不足していて多産多死な時代のことですよねー? 特に食べものは大きいですし。 ですからその言い分は通用しませんー、単に君の好みってだけですー、理論武装は無駄ですー。 しかもこの世界はおっぱいだらけですので君の主張はダメダメですー」


「はぁ? なんで女性の魅力についての話なのにそっちに行くんだよ。 いいか? 俺たちの元いた世界、多少違っても男が群がるのは大抵が肉付きがいい人で、スレンダーだったり幼い感じだったりするとちょっと……っていう感じでな!?」


……気がついたら早咲とケンカ……ケンカ?をしている俺がいた。


俺も早咲の勢いに乗せられているのか、ベッドで立ち上がって……ベッドとイスの微妙な高さの差のおかげで目線がぴったり合って、腕組みして立ったままの早咲と対峙する形で、俺も同じ姿勢をしてみる。


………………………………いやほんと、どうしてこうなってるんだ。


なんか、気がついたら早咲の……こいつのペースだったんだけど?


「……………………あー、分かりましたー。 直人の目が腐っている理由」

「あぁ!? 腐っているだと!?」


ほら、こうしていちいち煽ってくるから……頭では分かっていても、口は止まらないんだ。


……主席っていうのは伊達じゃないらしい。


ホンモノの頭の良さって言うのは、いろんなところで分かるらしいからな。


今はほんっとうにバカな話しかしていないけど。


「それはですねー、……君、彼女さんとかいたことないでしょう? つまりは、ど・う・て」

「お前一応女だろ!? 変なこと言うんじゃない!」


「いいじゃないのー、もともとは男だって言ったのにー。 あー、でも当たりですかー、いやー、なるほどですねぇ。 実際にですね? ……女性の柔肌をこの手で触ってみると、分かるんですよ。 余計な脂肪がなくて無駄のないプロポーションだと、美しいんだって。 骨格と筋肉の筋に沿った微妙な起伏が、影が、それが素晴らしいんだって。 それに感度も良いですし、ね? そんなことも知らないだなんて……ああ、可愛そうですねぇ。 灰色の学生生活だったんですねぇ……うう、不憫」


「さっきっから……お前、なんでケンカ売ってくるんだよ?」

「嫌ですよ、男の声で凄んできたりしちゃあ……こわいじゃないですか、童貞さん?」


「こんのっ!? いくら俺たちは同じだって言っても、言って良いことと悪いことがっ!」


とっさに腕が上がりそうになって……その拍子に、ふと、俺たちはなんて馬鹿げたことで言い合い、そう、喧嘩にすらなっていない馬鹿話をしているのかっていうのに思い至った。


そうして腕を下ろし、……すっきりしている俺自身に気がつく。


「――――――――――――ふふっ。 やっと元気、出ましたね。 気分、切り替えられたようでなによりですっ。 そうして立ち上がって、大声出せるようになるくらいには。 そしてその表情。 なら、こうして、…………………………ほら」


とん、とイスから俺の方へ……いきなり飛び込んできた早咲は、てっきり俺に倒れかかってくるかと思って身構えたのに綺麗にバランスを取って立ち……俺の肩だけに軽く体重を乗せて止まる。


……危ないな、早咲がもう少し勢いよく飛んできたり、あるいは俺が完全に気を抜いていたらふたりとも転んでいたぞ?


まあ、ベッドだからケガとかの心配はない、けど。


………………………………。


ん?


こいつ……じゃない、早咲の手が肩に乗っていても。


「ええ、少なくとも僕が触っても大丈夫な程度には良くなっていますね。 カウンセリング、成功ですっ」

「………………………………………………………………え?」


「あ、さっき言ったのはこのための演技とかではなくて僕の本心ですよ? 僕はスレンダーが好みなんです。 もちろん女性の魅力は顔や体だけではないのでそうでなくとも好きにはなったりもします。 ……ですけど」


また、とん、と飛び上がって……とんとん、と床の絨毯に着地する早咲。


……ああ、スポーツも抜群だって言っていたような。


そんな、男子の制服を着て……髪の毛は後ろの下で縛って、見ようと思えば男にも見える格好をしたそいつは、俺の方を振り返り。


「ですが、人って単純なんですよ。 どれだけこわい目に遭ったりして悲しい思いをしても……まあ、あくまで今回は未遂でしたし、僕たちの世界の価値観的にはたとえ襲われていてもそこまでではなかったでしょうが。 本能的な欲求には逆らえないんですっ」


「………………………………ええと?」


早咲が何を言おうとしているのか、俺にはさっぱり分からない。


俺が過呼吸になっていたのと、今の馬鹿話の関係?


なんだそれ?


「ですから僕たちが同じような境遇で……心の性別が同じだっていう安心を求める本能と、ちょっとした高校生らしい猥談って言う性的な欲求と、そういういろいろを煽って闘争本能をくすぐったんです。 実際、今まで忘れていたでしょう? さっきまでの恐怖っていうものを」


「………………………………たしかに、そう、だけど。 ……だから早咲、お前は」


「まあ、これはあくまで一時しのぎですから。 男であっても悪意で性的に襲われそうになって、お先真っ暗な未来を見そうになっていた直人です、きちんとしたケアを受けないとですし、その記憶がなくなるわけでもありません。 けれど、少しは気が楽になったはずですよ? あのまま震えてふさぎ込んでいるよりはずっといいかと」


「………………………………そう、か」

「うん、そうです。 そのための、です」


生涯の秘密っていうものを話してくれたり、いきなり変なこと……俺は今みたいな……その、猥談みたいなのはあんまり好きじゃないから、あっちの世界に少ないながらもいた、俺とおんなじような性格の友だちとかとしたこともないそういう話とかをしてきたのは、ぜんぶ。


………………………………。


俺も、ゆっくりとベッドから降りて……俺よりも少しばかり背の低い、だけど女子にしては背の高い方な早咲を見て、目が合って。


「ごめんな、大声出して。 それに、思わずで」

「いいですって、わざとって言ったでしょう?」


「それでも、だよ。 俺だって男が怒鳴る声って苦手だから……悪かった。 そんで、ありがとう、助かったよ、早咲」


「そう言ってもらえると、ヒミツをバラした甲斐がありましたね。 あ、もちろんヒミツをのままにしてくださいよ? これはこの世界のすべての人に対して、です」


「当たり前だろ? 俺のために言ってくれたんだし。 ……それにしても早咲、お前、さっきみたいな話題平気なんだな? というか好きなんだな……。 ………………………………。 俺、この世界でもこういうのは初めてで、……少し恥ずかしかったしイラッともしたけど、でもなんだか懐かしい気持ちになれた。 たぶん、ここに来てから初めてだ」


「そうですか。 よかったですねぇ」


「ああ! さっきの……現実の女性がどうとかいうのも、ただ……、とと。 ……あれはただ、俺を煽るためだったんだろう? 怒りの感情でって、さっき」

「あ、あれ、言ったのはすべてほんとうのことですよ?」


「……………………………………………………………………へ?」

「え、言ったじゃないですか、さっきのはみんなほんとうだって」


「いや、でも」


気がつけば早咲は……俺じゃなく、窓の外……でもなく、どこかうつろな感じで、ここじゃない別のところを見上げていた。


「だって、僕。 前世のこととか男だったこととかを自覚したの、小さいころだったんですよ? 具体的には幼稚園のころですね」

「は?」


「で、つい出来心で幼なじみのかわいい子に手を出しちゃったんです」

「は?」


「それで、上手く行ったので次々と。 ……ああ、保母さんたちもよかったですねぇ」

「は?」


「あ、保母さんたち以外はもちろん同い年くらいの子たちですよ? だって、かわいかったし……僕自身もこども、しかも女だったので、つまりは合法ですよね? 同意も得てからでしたし? ………………………………ま、僕の中身は十数歳で向こうは数歳でしたけど。 なあに、歳を取ったら10歳差程度はフツーです、フツー。 そういう意味では保母さんたちとも合法ですねぇ」

「は?」


なんだかうっとりとした表情になっているけど……話に着いていくのが精いっぱいで、どう反応していいのか分からない。


「んーと、ですねぇ……途中から数えるの止めちゃったので、正確な数とかは分からないんですけども………………………………ええと、たぶん……ん、そうですっ」


がばっとこっちへ向けてきた顔は……目は、やけにきらきらしている。


早咲の、こんな話をしている元男の、その内容がこんなもんじゃなければ惚れるかもしれないっていうくらいに、いい笑顔をしていて。


「こっちではもう400……500人くらい、ですかねぇ? した相手の子たち」

「は? よ、ごひゃく」


「いえ。 1回限りとかのお相手を入れてしまうと………………………………んー。 とりあえずは1000は超えてますかねぇ。 すみません、細かくは覚えていなくって。 いちいち記録に着けるっていうシュミもありませんし、適当に流れで、行きずりの人とホテルで数時間とかもよくあることですので」


「……………………………………………………………………………………」


あんまりにも信じられない数だけど……早咲の目は、これ以上なく輝いていて、ものすごい満開の笑顔だ。


「………………………………なら、それもほんとうのこと、なのか?」


「ほんとうですよ? これについても嘘なんかつきません。 むしろ自慢ですし。 前世もまあ………………………………そうですね、それなりに? こっちよりももっと多くの子としたので、それ含めちゃうともう分かりませんけど」


……そうか、たしか前世の記憶があるんだって言ってたもんな。


前世からこういう性格だったとしたら、自分が幼くなったとしたら、そりゃあ周りに手を出さないはずがない……のか?


「でもですねー、やっぱりこっちですと、ほら、この通り体は女じゃないですか。 あちらでは男として妊娠の危険ばっかり考えていましたけど、こっちじゃむしろそれを望まれているのに肝心なものが着いていなくて。 それだけが残念ですかねぇ――……。 こっちじゃどれだけ孕ませても喜ばれますのに。 お相手のお家からのお金と国家からの補助金とでがっぽがっぽでしたのに。 ああ、世界はまったくこれほどに理不尽です」


気がつけば……またうっとりとした表情になっている。


艶やかっていうのはこういうのなんだろうな、っていう感じの。


肝心の内容で台なしだけどな。


「でも、せっかくなんです、女として産まれてしまったからには女の子たちを食べちゃおうって一念発起して」

「一念発起」


「はいっ! なので前世の分も……あ、死んだ先の人生でってことですよ? ……その子たちの分も食べなきゃって思って、たくさん食べちゃいました。 ……あ、今も続けていますけどね、もちろん。 だって高校ですよ高校! 前世風に言うとJKたちの花園! 男子はほとんど出て来もしませんし、なによりフリーな子がとにかく多いんですっ! いいでしょうここ、ねぇ!? あと、各国からのお偉いさんたちの娘さんたち、つまりはお嬢さまばっかりなんですよ!? 滾るじゃないですか!!! ねぇ!!!!」


ねぇ……と、言われてもなぁ。


「………………………………言いたい表現が思いつかないけどさ。 とりあえず、お前……早咲、すごいやつだな。 ほんとうに。 尊敬はするよ。 男としてな」


同時に軽蔑もするけどな。


「男冥利に尽きますねぇ、そう言われると。 あちらではいつもクズ男ー、とか、近寄るだけで孕まされるー、とか言われていましたし、こちらでも女を喰う女ってステータスになっちゃいましたけど。 でもそこはほら、今世は学業とスポーツで印象を稼いでいますし、性格も優等生っぽく修正していますし? あと、手を出さないお相手には紳士的に対応していますから、大丈夫ですっ」


何が大丈夫なのかは全く以て、これっぽっちも分からないけど……ただ、ひとつ。


早咲、……野乃早咲という前世では男だったし、今世でも女になったっていうのにめげずに女性と遊び続けているっていう、女の敵みたいな存在。


こいつは、根っこから、魂から女好きの男なんだろうな、って。


こう、暇があれば女と戯れていないと気が済まないようなチャラ男みたいなやつなんだって、な。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る