12話 順応と諦観
榎本直人くん:巻き込まれ主人公。
榎本美奈子ちゃん:直人くんのお母さん……を10歳くらい若くした感じのショートカットで目つきの鋭い先生。
ローズマリー・ジャーヴィスちゃん:きんぱつでボディラインを隠しきれない、おっとりして明るい先生。
須川ひなたちゃん:小……中学生にしか見えないくりくりしたおめめで髪の毛が長い子。
野乃早咲ちゃん:男装している?女?の子。背は男子の平均な直人くんと同じくらい、髪の毛は肩に掛かるくらい。顔つきは中性的で穏やかな子。
綾小路晴代ちゃん ザ・和服美人(普段は制服ですが)でお淑やか。 髪の毛がものすごく長い子。ひとつひとつの動作がていねい。 早咲ちゃんがおっとり系女子なら晴代ちゃんは清楚系女子。
御園沙映ちゃん 活発……過ぎる女の子。いい子なのですが、仲のいいお兄さんがいることもあって遠慮無くぐいぐい来ます。 ある意味気兼ねなく、前の世界のようにおはなしできる子。肩までのふわふわな髪の毛。
「……あ。 あとー、なんか言っておいてって言われてなかったっけ? 晴代ちゃん。 先生から。 なんだっけ?」
「……そうでしたね。 ありがとうございます、沙映さん」
食事こそおいしかったものの、俺が知っている女子っていう生きものの食べる量じゃなく……沙映さんは俺よりも多い皿を食べ切り、ついでのように俺を見上げる。
一方の晴代さんは俺と同じくらいの量。
………………………………とりあえず、俺のことをそこまで意識しているとかじゃなさそうで安心する。
そんな人たちだから、俺にとっては安全なんだろうな。
晴代さんは……どう見ても襲ってくるような人じゃないし、ああいや、怒ったら長刀とかで迫ってきそうな雰囲気はするけど、沙映さんはひなたさんほどじゃないけど精神的にまだまだお子さまって感じだし、せいぜいがほっぺを膨らませる程度だろうって印象だ。
……ふたりとも、悪い意味じゃなく、無害っていう意味で。
「直人は別のとこから来たんでしょー? だったら着いて行くの大変だし、男の子で高校の勉強してるって言うのってすごいもんねぇ。 だからここについての知識とか勉強とか教えなさいってことなんだっけ? 外からはだいぶ進んだことしてるしねー、追いつくの大変そー」
「そうですねぇ、特にうちを含めた数クラスは来年には大学の内容に入りますし。 ……ああ、後日榎本先生や野乃さんに分からないところを教えていただきませんと」
お茶をすすりながらしずしずと口にされたその言葉は、高1になって間もない俺にとっては聞き逃せないものだったけど……今は置いておこう。
なにせ、まず慣れることだもんな。
美奈子さんにもそう言われてるし。
と言うか、大学?
……俺、高校受験終わったばっかりで楽しい春休み終えたばかりなんだけど?
「休み時間とか放課後とかっ。 あ、おやすみの日もそうだろうねー、家族の時間ってことでちょっと広めの個室使えるようになるから、護衛さん以外の人たち気にしないで教えられるもんねっ」
「……あ、もちろん直人様がよろしければ、ですよ? 護衛の方にお願いをして、人目を遠ざけたならどこでだっておはなしはできますし。 別にお勉強は求められませんから、もっぱらこちらの環境に慣れていただくためのものです」
「………………………………いや。 大丈夫だ、ありがとう、晴代さん、沙映さん。 俺、聞いてのとおり……その、いろいろあって。 何にも分かんないからさ」
「だから私は沙映って呼んでって!」
「…………………………ああ、沙映」
「……ふふっ。 私はお好きな形で結構ですわ」
こうしていると、ここが似ているようでぜんぜん違う世界なんかじゃなく、元の世界の、俺の学校の……「学園」とかに地味に変わってしまっている高校で知り合った女子たちみたいな感覚だな。
………………………………そうじゃないのは、視界のあちこちにいる直立不動の兵士さんたちだけど。
だからこそ、良くない。
許嫁、結婚目前の間柄、家族……っていう設定で通すって美奈子さんに言われているからか、ふたりとも最初のとき以外はかなり距離が近い……いや、沙映さ、沙映は初めから近かったか……とにかくふたりとも距離が、心理的にも物理的にも近いんだ。
そういう設定だから怪しまれるのは当然の上で、それでも演技をしなきゃいけないって言うのは分かっているんだけど。
でも。
……俺が話したことのある女子たちとは比べものにならないくらいに顔を近づけてくるし、俺と話をするたびにどきっとするような笑顔を返してくる。
休み時間に他の女子から声をかけられたりしていたときに、さりげなくどっちかは俺に体をくっつけるようにして牽制していたし。
……肩がくっつくだけで、髪の毛の匂いが漂ってきて……それだけで俺はキツかった。
その上に両腕で軽くでも抱きつかれてきたら………………………………まぁ、その。
柔らかい感触が嫌でも分かるんだ。
つまり、だな。
女っ気の無い小中高生活……高校は1年目でこれだけど……を送って来た俺にとって、これはかなりクる。
ふたりからそれぞれ別々の匂い……香水でも使っているんだろうか……が漂ってくるし、それだけで今どっちが俺の側にいるのか分かるようになったくらいだし。
………………………………あと、ふたりとも、背はともかく……でかいから。
なにがとは言えないけど。
………………………………………………………………………………………………。
常識が違えど、男女の価値観が逆であろうと、こういうところは変わらないのか。
あいかわらずに、俺の世界の俺の高校だったらまず間違いなくどの学年の男子も知っているレベルだろう美しさと……かわいさ、あとはでかさを揃えたふたりが話し合っているのをぼうっと眺めて俺は思う。
………………………………俺、持つんだろうか。
彼女いない歴イコールな人生を送って来た、どこにでもいる男……だった、俺が……こんな子たちに囲まれて。
…………………………………………………………………………………………あ。
そうか。
この世界の……貴重な男っていう伴侶を得られない99%の女子、女性にとって……俺は、そういう気分にさせられるもので……そういう存在なんだ。
たとえ顔も体つきも頭も平凡であっても、男という、ただ、それだけで。
誰もいない密室にでも入ったら、理性が負けて襲ってしまいたくなるくらいの存在なんだ。
○
「……直人様? 今晩は何に致しましょうか。 この前お好きだとおっしゃっていましたイタリアンに致しましょうか?」
放課後になって、……あれから少しが経ち、勇気があって、かつふたりと護衛さんたちのアイコンタクトで俺に近づくのを許された女子たちとの会話が途切れた瞬間を狙って、やっぱり制服を着ていても着物を着ているような印象の晴代さんが近づいてきた。
「あ! 私はなんでもいいよ! でね、昨日寝る前……うわっとと、えと、夜更かしして起こさないようにーって別の部屋行って映画観てたんだけどねっ! ……ふー、それ超おもしろかったんだー、きっと直人もおもしろいって思ったから、今夜3人で観ないかなーって思って!」
……こっちの方は完全に、何も考えずに突撃してきて、俺のうなじに柔らかいものを押し付けつつ上からのぞき込んでくる沙映さん……、沙映。
………………………………この子、婚約者って立場にならなくてもなんやかんやでゼロ距離な気がする。
誰に対しても……俺が男とかそんなのは関係なく、わざとじゃなく、あくまでも普通のこととして。
……ああ、仲のいい兄さんがいるとか言っていたし、そのせいだろうな。
だけど、これ、念のためにだけど…………わざとじゃないよな?
…………………………………………………………………………。
いや、さすがにそれだと護衛の人たちに怒られるからしないか。
しないよな?
……それに、こんな裏の無さそうな子が腹黒いだなんて、思いたくもないし。
そんな、牽制だろう嘘の会話をしているふたりを見て、女子たちが少しずつ離れて行く。
………………………………。
カバンに荷物を……ノートとプリントだけだけど、を詰めているあいだに聞こえてくる、姦しい女子たちの声。
前の方では晴代さんを中心に、おとなしめ、上品な感じの女子たちが料理の話題でクスクスって感じに盛り上がっていて。
後ろの方では、そもそも俺に興味が無いような女子も含めて、……体育会系?な感じの女子たちが、あーでもないこーでもないって感じの話を繰り返し、とにかくに笑っていて。
それは、俺の知っている放課後の居室とは雰囲気がまるで違うもので。
「……皆様、申し訳ありませんが、そろそろ私たちはお暇致します。 さあ、直人様」
「そだねー、部屋に戻ったらまずおやつだもんねー。 今日はなんだろねー、直人っ」
カバンを閉じると共にふたりから同時にかかってくる声で、今日の学校……いや、学園になっていたか、での放課後はおしまいとなり、俺は教室を後にするっていうスケジュールになっていた。
部屋……もちろん俺の個室、いや、やたらと広いアパートって感じだけど、そこじゃなくて、「家族」な男女に与えられるダイニングみたいな、応接室みたいなところへ向かうことになるそうだ。
そして夕飯までを3人で一緒に過ごしたら個室の前まで送ってもらい、そこでお別れ。
そういう流れを、これからずっと続けて行くんだそうだ。
………………………………………………………………………………………………。
もしかして俺、もう死んでいて…………………………ここは天国なんじゃないか?
この都合の良い、良すぎる状況を正当化するための小難しい状況設定は、俺にそれを気づかせないためのものであって。
あるいは、走馬灯の代わりに都合の良い妄想を見ているだけだったりするのかもな。
……死因はさっぱりだけど、そんなものは今となってはどうだっていい。
だって、女子ともお近づきってものになったことさえないこの俺が……一人称だって、高校に入ったからついでで「僕」から「俺」になんとか変えるっていうしょうもない見栄を張るくらいしかできなかったこの俺が、学校中の綺麗どころを集めたようなクラスに男としてひとりで入ることになって、特に綺麗な女子ふたりに起きているあいだじゅう構ってもらえて。
女子が好きそうな話も知らなくて、できなくて、話しかけることすらできなかったから連絡を取る女子もいなかったのに、ここではとにかくにモテて。
何をしても好意的に受け取ってもらえて、笑顔を向けてもらえ……甲斐甲斐しく世話を焼いてもらえて。
ほとんどの女子が俺に好意を寄せてくるし、それを隠そうともしないし。
なんて答えたらいいか分からないから曖昧にごまかしても怒られたりはしないし、機嫌が悪くなるっていうこともない。
気の利いたセリフを思いつけなくても、何も言わなくても、ごきげん取りさえしなくても……凡人の俺が、ここまで無条件にモテて。
オマケに俺が望むのなら、いつでもハーレムいいぞって太鼓判押されていて。
冗談半分で美奈子さんに聞いたら、クラスどころか学校の8割以上はフリーだとかとんでもな状況らしくて。
元の世界の、……本物の母さんや知り合いと会えないのは寂しいし、あっちは今ごろどうなっているんだろうとかも思うけど。
でも、本物の母さんを若くしたような美奈子さんもいるし、家族扱いしてくれているし、本物の母さんよりもぜんぜん優しいし。
フロア……俺の個室は男用の特別なところだったらしい……は違うけど、建物自体は同じところで寝泊まりしているから、母さん、それに他の先生たち……ローズ先生とも、俺が頼めばいつでも顔を合わせられる。
下手をすれば、残業とか部活の顧問で家にいないことが多かった母さんとよりも、一緒にいることが多いくらいになりそうだ。
……部屋を汚くするほどに私物が無いっていうのもあるけど、きっと散らかしっぱなしでも誰からも怒られることなんてなくって、寝る時間も起きる時間もある程度好きにしていい始末。
聞くところによると、勉強すらする必要もないらしい。
なんなら授業を受ける義務もないんだとか。
「男」は。
それでもって、映画もゲームもマンガも本も望めば好きなだけ、すぐに用意されるっていう、正に天国な環境だ。
やっぱここ、天国なんじゃないか?
天国だろうな、きっと。
だって、ここは夢みたいな世界。
何不自由ないどころか身に余るほどのものを、知り合うすべての人から与えられるんだから。
そう思うと、思わずで顔がにやける。
きっとだらしない顔、俺、しているんだろうな。
そう、思う。
………………………………………………………………………………………………。
けど。
んなわけは……ないんだろうなぁ……。
いきなり生えた「婚約者」な女の子ふたりとクラスの女の子たちに囲まれて、外から見たら喜んでいるように映る直人くん。 ですが彼は、普通のメンタルを持っている男の子です。
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