13話 葛藤

榎本直人くん:巻き込まれ主人公。


榎本美奈子ちゃん:直人くんのお母さん……を10歳くらい若くした感じのショートカットで目つきの鋭い先生。


ローズマリー・ジャーヴィスちゃん:きんぱつでボディラインを隠しきれない、おっとりして明るい先生。


須川ひなたちゃん:小……中学生にしか見えないくりくりしたおめめで髪の毛が長い子。


野乃早咲ちゃん:男装している?女?の子。背は男子の平均な直人くんと同じくらい、髪の毛は肩に掛かるくらい。顔つきは中性的で穏やかな子。


綾小路晴代ちゃん ザ・和服美人(普段は制服ですが)でお淑やか。 髪の毛がものすごく長い子。ひとつひとつの動作がていねい。 早咲ちゃんがおっとり系女子なら晴代ちゃんは清楚系女子。


御園沙映ちゃん 活発……過ぎる女の子。いい子なのですが、仲のいいお兄さんがいることもあって遠慮無くぐいぐい来ます。 ある意味気兼ねなく、前の世界のようにおはなしできる子。肩までのふわふわな髪の毛。






………………………………あれからしばらく考えてみた。


幸いに俺がひとりになりたいって言えば放課後は帰宅部ができたし、なんならダラダラ菓子を食べながら適当なドラマでも観てぼーっとする時間も充分にあった。


だから、こうしてだらしない格好でテレビを観ながら菓子を食ってごろごろしている俺だけど、頭の中じゃ理解しているんだ。


ここにいて、俺を好きだって気持ちを隠そうともしない女子たちは、みんなかわいくて、金持ち……名家、それもいろんな国からの、ってやつの子で、優しくて、俺が引かない程度に積極的で、誰かひとりを選ばなきゃならないどころかむしろ気に入ればどんどんハーレムしろってなっているし。


こうして挙げてみるとどんだけ都合がいいんだって思うけど、実際にそうなんだからしょうがないよな。


ああ、しょうがない。


……やはりここは天国。


男の俺にとっての楽園だ。


そのはずなんだ。


………………………………。


だけど。


なんとなく、分かるんだ。


俺はもう、あっちに戻ることはできない。


仮に戻るとしても、それはきっと……ここに来たときのように、気がつかない内に戻っていて。


戻ったらきっと、母さんにどこ行っていたって引っ叩かれる程度。


そうしてここでの全ては夢だったってことで終わって、遅れた勉強やらなんやらで終われる、これまでの日々が続くんだろう。


だから、それまではここを満喫するしかないし、周りのすべての人もそれを望んでいる。


……俺だって健全な男子高校生なんだ、だったらこの妄想みたいな世界、――――――ええと、世界の人口が10億人、その中で男はたったの500万人、そのうち小学生以下と枯れた年寄りを除けば……つまりは生殖可能年齢って部分だけなら、たったの100万だったか? ……多少は間違えて覚えているかもしれないけど、大体そんな感じなんだ。


さらにさらに、この国ではたしか2、3万人しかいないらしい「生殖可能な男」っていう、ただ生きているだけでもありがたがられる存在のうちの新しいひとりとして、夢としか思えない生活が待っているんだ。


そう、俺が望むなら、スマホで連絡を取って……あのふたりと、すぐにでも思い通りのことをさせてもらえるくらいの。


勢いで、あのクラスの8割の女子みんなをこの部屋に呼んで……好きなことをしても、怒られるどころか感謝されるくらいの。


………………………………………………………………………………………………。


最高じゃ、ないか。


だったらもう、ハーレム天国な世界、満喫するしかないじゃないか。


なぁ?


………………………………。


………………………………………………………………………………………………。


………………………………………………………………………………………………。


――――――――――――――――――――なんて思うだなんて、あり得ない。


そんなこと考えてすぐに順応できるヤツは、よっぽどに頭お花畑なヤツか、下半身の欲望に忠実過ぎるヤツか、なにからなにまでお膳立てされてかわいがられても嬉しく感じられるネジの吹っ飛んだヤツか、それとも何か、ヒモになって日がな一日遊ぶ人生でも平気なメンタルを持ったヤツか。


さもなくば、これのぜんぶを兼ね備えた究極のバカしかいない。


そんな完全なるバカじゃなきゃ、こんな状況……手放しに喜べるはずが無いんだ。


できれば俺もそんなバカでありたかった。


こういうときにだけムダに常識が邪魔するんだからな。


……だって、そうだろ?


気分が沈みそうになるときにはあえてさっきみたいに煩悩に頼ってはみるけど、それでもやっぱりキツい。


たぶん頼めば……というか酒が入った冷蔵庫が用意されている時点で、この世界の成人にはとっくになっているわけで、だとするとなんにも考えなくてもよくなるっていうアルコールに頼ることもできる。


そのアルコールの勢いっていうものに頼って、理性を飛ばして……ってことができるはず。


酒池肉林、酒を浴びながら何も考えず、うまい料理を毎日楽しみ、よりどりみどりの女子たちに囲まれて勉強も就職もせずに、俺の「この世界の男としての義務」という理想郷を楽しむことだってできるんだ。


………………………………だけど、それが解決になっていないっていうのにも気がつける程度には、俺は正気だ。


どっかで聞いたことがあるように、周りが女だらけっていう環境は……夢見がちだし実際にこの夢のような世界でもそうだろうけど、キツいらしい。


男の、精神的に。


幸いにして、ここではマイナスの感情に巻き込まれるどころかまぶしすぎるプラスの感情で困っているっていう、きっと贅沢な悩みではあるんだろうけど……それにしたって、周りがほぼ女で男は見かけないっていうのが当たり前な状況がずっと続くっていうのは、つらい。


ニュースで目にしたことがあるような共学になったばっかりの元女子校とかとは違って、ここには……先生ですら男はいない。


もちろん用務員さんたちも全員女。


数少ない男子生徒も、あくまで在籍しているだけという建前だという。


だから当然にして、できるだけ人目を避けるようにとはされているけど、それでも他のクラスの女子と廊下をすれ違ったりすることはあるし……品定めされるように、じっと、立ち止まられて見られるんだ。


それは、このクラスの女子たちも同じ。


控えめか大胆かっていう違いしか無い。


もちろん、俺が恋愛とかに積極的じゃない性格っていうのも、女性に慣れていないっていうのもあるんだろうけど、それにしたって……出会って数日の女子たちから痛いほどの恋愛感情でさえない憧れの気持ちや珍しさ……そして、自分の将来、結婚相手が男だっていうステータスと……こどもが欲しいっていう無言の視線を感じて、嬉しい気持ちになれるはずがないんだ。


俺は、それで喜べるバカじゃないからな。


そんて喜べる大バカだったらどんなによかったか……きっと、今ごろはもう何人も囲って、こうしてひとり寂しく過ごすんじゃなく、なんにも考えずに囲まれているんだろう。


酒池肉林をして。


けど、…………………………あの子たちが見ているのは、「俺自身」じゃないから。


俺っていう、特殊な事情でまだたったふたりのお嫁さん……それもまだ婚約者しかいないっていう男。


男性という生きものの、下半身だけなんだから。





分かってはいる。


何度も何度も考えたんだから。


この状況が正反対になって、男が多くて女が少なく、それで俺はその男の中のひとりで、さらに突然クラスに相手がふたりしかいない女子が入って来たら……俺だって、きっと、同じような視線を向けるだろうってことに。


だからしょうがないことなんだし、美奈子さんたちに守ってもらえているこの状況はずっといいものなんだっていうことにも。


……ああ、うだうだ考える俺自身が情けない。


けど、こういう性格じゃなきゃとっくに元の世界でもいくらかは女慣れしていたわけで。


………………………………品定めされる方っていうのはキツいんだな。


何がキツいって、視線がキツい。


晴代さんと沙映でさえ……美奈子さんが選んだだけあってそういうのはほとんどないけど、それでも俺のことは、きっと「男という生きもの」っていうカテゴリーの中の「相手がいないっていうものすごく珍しい生きもの」でしかないだろう。


ああ、いや、あの沙映はどうか知らないけど、でも、たぶん。


押しが強くない、それだけでもありがたいことではあるし、さりげなく守ってくれているからありがたく思わなきゃなんだろうけど。


……だけど、こういうのを感じて今日みたいに参っているときに癒しになるのが、視線が合う女子のみんながみんなそうだってわけじゃないってことだ。


それだけが、唯一の救いだろう。


――ひとりめは、俺を見つけてくれた恩人……変な輩とやらに連れて行かれる前に起こしてくれて美奈子さんたちを呼んでくれたひなたさん。


あのちびっ子、……いや、背が低いからこそ倒れている俺を見つけられたのかもしれないしな。


ああ、どうしてあの日、あの時間にあの校庭に出てきて俺を見つけられたのか、聞くのを忘れていたな。


とにかく、今でも変わらずに中学生……下手をしたら小学生にしか見えないけど、それが逆に俺を安心させてくれる。


基本的にひとりでいるところを見かけることはなくって、だいたいは早咲さんや他の女子たちと一緒……というか子守をされている感じだ。


で。


もちろん、ものすごくこどもっぽいっていうのもあるんだけど、それ以上に安心できる情報がある。


なんと……あの見た目と中身ですでにお相手がいるらしいって、軽いノリで聞かされたときには本気でびっくりしたし、この世界の常識が違うんだって改めて実感させられた。


ま、まあ、この世界で16にもなれば相手がいるならいる、いないなら恐らくずっと独り身、あるいはそうでなくても女性同士でくっつくっていう流れらしいしな。


女性同士でこどもが産まれる世界なんだ、当然の流れなんだろう。


女性ひとりで産んで育てるっていうのも多いそうだしな。


………………………………ひなたさん、どう見てもこどもなのにな。


っていうのは、俺の世界の価値観のせいなんだろうな。


だって、13とかでもう……その、するっていうのが当たり前の価値観なんだもんな。


それこそ、大昔にタイムスリップしたかのように。


俺にその気は無いけど、男の、俺の世界の男たちの価値観で考えてみると……肉食獣ばかりなところに明らかな子鹿がいれば、そりゃ気にはなるんだろうし、相手にもしたくなる。


だから、女子であってもひなたさんみたいな子は人気があるだろうな。


……こんな憶測はどうでもいいけど、おかげでひなたさんに限っては密室でも襲ってくる心配がゼロってのは何よりも大きい。


そういうわけで、ただでさえ安全だって思えるひなたさんはさらに安全になって……必然として、俺から話しかけられる数少ない人のひとりになっている。


――続いてはひなたさんとセットな早咲さん。


いつも視線はひなたさんに向いているし、それなのに初対面のときからなにかと俺のことを気にかけてくれるいい人だ。


こっちの常識とかはだいたい早咲さんがすりあわせしてくれるし……晴代さんや沙映とは違って、ずれているって気がついてから教えてくれるんじゃなく、ひょっとしたらこれも違っていたりする?って感じで、まるで別の世界を知っているかのように、異文化を察知するって感じなんだろうな、つまりは気配りがものすごく上手な人。


きっと沙映みたいにいろんな国で暮らしたことがあるんだろう。


……なぜか初めから男装、というか男子の制服を着ていたりして最初は驚いたけど、聞けばこっちではよくするものらしい。


…………男女が逆転しているんなら女装って印象なのかと聞いてもみたけど、そうでもないとか……そこのところは説明を上手く飲み込めなくって、正直よく分からなかった。


初めのころ、男子がいると思ったら女子だったとかっていうのがあってどういうことなんだってもやもやしていたのはこれが原因らしい。


俺が勝手に思い込んで、勝手に落ち込んでいただけなんだけどな。


早咲さんと言えど、その辺りは完全に常識が違うから気づけなかったんだろうなぁ……。


学年主席とかスポーツ万能とかとんでもない噂ばかりだけど。


あ、あと、大切なことがひとつ。


……失礼なんだけど、早咲さん、ひなたさんほどじゃないけど胸が控えめだから無意識に目が行かない、男装……男子の制服を着ている姿しか見たことがないから肌や体のラインの露出っていうのがまったくないから……静かな雰囲気も合わさって、他の女子たちに比べると「女」っていう意識が薄くって、女子のクラスメイトっていうよりは女子に囲まれている中性系美男子な距離感なのは、すごく大きい。


大きくないっていうのが、すごく大きいんだ。


………………………………いくらこの世界でも胸の大きさは女性の命だ、さすがに怒られそうだな。


絶対に口にしないでおこう。






 直人くんがナイーブなわけではありません。いきなり似ているのにぜんぜん違う世界に放り出されて、自分が都合のいい話の主人公みたいな環境におかれ、ただひたすらにもてはやされる……それに戸惑い苦しんでいるだけです。

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