11話 協力者(婚約者)
榎本直人くん:巻き込まれ主人公。
榎本美奈子ちゃん:直人くんのお母さん……を10歳くらい若くした感じのショートカットで目つきの鋭い先生。
ローズマリー・ジャーヴィスちゃん:きんぱつでボディラインを隠しきれない、おっとりして明るい先生。
須川ひなたちゃん:小……中学生にしか見えないくりくりしたおめめで髪の毛が長い子。
野乃早咲ちゃん:男装している?女?の子。背は男子の平均な直人くんと同じくらい、髪の毛は肩に掛かるくらい。顔つきは中性的で穏やかな子。
new!
綾小路晴代ちゃん ザ・和服美人(普段は制服ですが)でお淑やか。 髪の毛がものすごく長い子。ひとつひとつの動作がていねい。 早咲ちゃんがおっとり系女子なら晴代ちゃんは清楚系女子。
御園沙映ちゃん 活発……過ぎる女の子。いい子なのですが、仲のいいお兄さんがいることもあって遠慮無くぐいぐい来ます。 ある意味気兼ねなく、前の世界のようにおはなしできる子。肩までのふわふわな髪の毛。
「直人様。 ごきげん麗しゅう。 私は綾小路晴代と申します。 ……ええと、私も今朝お母さまから聞かされたばかりですので、詳しくは存じないのですが……その、榎本様の内密の婚約者だった、ということになったそうで……」
腫れもの扱いの午前を腫れものゆえに静かに過ごせた俺は、今朝プロフィール写真を見たばかりの女子ふたりと昼を共にすることになっていた。
護衛の人たちが囲んでいたおかげで、近くの生徒たちからすら話しかけられなかったくらい。
……まあ、これも母さん、美奈子さんなりの気づかいなんだろう。
で、このふたり。
もちろんクラスメイトなふたりだ。
もっとも、午前中は教室にいるだけでいっぱいだったから、ふたりの顔すら見ていなかったわけだけど。
それで、今の場所は個室の……学食が出てくるレストランというなんとも不思議な空間の1室。
なんだか落ち着かないけど、周りからじろじろ見られないからほっとする。
こういうところがある、っていうことからもこの学校……学園か、がものすごく特殊な場所なんだっていうのが分かるな。
さらに嬉しいことに、さっきまでの教室での30人の生徒たちと兵士さんたちの視線が、たったのふたりになったんだからな。
……いや、まあ、護衛の人は俺の周りに3人ほど、もちろん外にもたくさんいるんだけど、それはもう気にしないことにした。
慣れろって言っていたしな。
兵士さんたちは俺に対して好奇心の籠もった目つきをしてこないから、意外と楽だってことも分かってきたし。
……ということで、まずはテーブルの反対側、左手に座っているのが最初に声をかけてきてくれた綾小路さんだ。
なんというか、いかにもな和風美人という感じで……着物を着るととても似合いそうだな、あの写真みたいに。
学級委員……いいや、生徒会長とかそんな印象だ。
というか、ここへ案内されるときから思っていたけど、動作も姿勢も綺麗すぎるからふだんからあの写真みたいに和服を着ているんだろうな。
なんとかの家元とか、そんな雰囲気で。
しずしずというか……歩いているときにも体がブレないというか、そんな印象の、俺が会ったことがないタイプ……いや、階級の人って感じ。
だって、今でも背筋とかすっごくまっすぐだし。
俺までそうしなきゃならないって気にもなるくらいだ。
「でえでえっ! 私が御園沙映って言うの! 直人って言うんだっけ? よろしくねっ!! けど、本物の男の子だー、外じゃ初めて見たかもー」
綾小路さんが続きを話そうとしていたところに体ごと乗り出してきたのは御園さんだ。
とりあえずで声が大きい。
でも、俺が嫌いなタイプのでかさってヤツじゃなくって、クラスで誰とでもずっと話しているタイプの体育会系……ギャル系?いや、違うか……な、でかさなんだけど……いや、やっぱでかいな。
これまでに会ってきた人たちが控えめだった分、余計に。
そのせいか、一瞬後ろで護衛の人が身構える音がしたし。
……………………………………大丈夫な人、なんだよな?
華道とかやっていそうで距離を初めから取っていた綾小路さんとは違って、会ったばかりのときからそわそわしていたし、こうして今もテーブルに手をついてぐいっと顔を近づけてきているし。
好奇心ですってばかりの顔と目が、俺を食い入るように見ている。
「ほら御園さん、榎本様が驚かれてしまっています。 初対面の男性に対するときにはどうすると教わってきましたか?」
「え? 私、ぜんぜん話したことないしキョーミ持ったこともなかったから分かんない。 お家ではお兄ちゃんにはいつも抱っこしてもらってるし。 なのになんで駄目なの? ね、なんで?」
「………………………………………………………………………………………………」
「………………………………………………………………………………………………」
思わずで綾小路さんと目が合う。
……たぶん同じことを考えているんだろうな。
少なくともこの人とは上手くやっていけそうな気がする。
御園さんは……元気を増し増しにしたひなたさんみたいなものだって思えばいいのかもな。
体のサイズはぜんぜん違うけど。
あと胸も……いやいや、だから失礼だって。
「……ええと、榎本様。 私たちの名字で……と、失礼しました。 ご事情がお有りでしたね。 私たちはこちらの学園国家の所在しております日本国の綾小路家と御園家という家の末娘です。 なので……一応は名家と呼ばれる立場ですけれど、この歳でも結婚も出産もしていませんわ。 この先も……まだ保留ですし、予定もございません。 こういうわけですので、お気軽に接してくださいね? ……あと、御園さんが苦手なようでしたら、先生におっしゃってくださいな。 きっと別の方に」
「いつも思ってたけど、綾小路さんってカタッ苦しい話し方するよねー? ねー、お嬢さまってそういうものなのー?」
「……御園さんも私と同じような家の方だったと記憶していますが……、と言いますか、これまで何度もパーティーなどでご一緒しましたよね……?」
「え? だってうちはお母さんが好きなようにしていいって言うから好きなようにしてるんだよ? お姉ちゃんたちもお兄ちゃんも綾小路さんみたいな話し方してるけど、私は別に怒られないし。 あ、パーティーっていつもおいしいごはん出るから大好きっ! あー、タッパーダメなのが毎回もったいないなーって思ってるのっ」
「………………………………………………………………………………………………」
「………………………………………………………………………………………………」
「あり?」
綾小路さんともっかい目が合って、無言で軽くうなずき合って、納得した。
と同時に短い沈黙が降りたことで、俺がまだほとんど話していないっていうのに気がつく。
「……あの。 ええと、綾小路さんと御園さん」
「私は沙映! さえでいいからね! 友だちはみんなそう呼んでくるしっ。 さえちゃんでもさえぴょんでもいいよ?」
「……私は綾小路で構いません。 もちろん晴代と呼んでいただいた方が……その、婚約者という立場上、何より直人様のご事情的には良いのですけれど、無理はされなくとも結構ですよ。 だって、たった今、こうして軽くおはなししている仲なのですから」
中腰のままで疲れないのか分からないけど、御園……沙映さんは、ずっと俺のことをぴょんぴょんとしながら興味深げにのぞき込んでいて、テーブルの上の食器がかたかたと音を立てる。
綾小路さんは、さっきまではそれを止めようとしていたけど……俺が落ち着いているからか手を引っ込めて、背筋を伸ばして俺を控えめに見てきている。
「………………………………じゃあ、とりあえずで沙映、と、晴代……って、外では呼ばせてもらってもいいか? なるべくそうした方が良いって、美奈子さんからも言われたし」
「もちろんだよっ、直人っ!」
「ええ、直人様」
………………………………。
……今朝まではあまりにいろんなことがあったから、気にならなかったけど……女子に下の名前で呼ばれたのなんて、中学生活でも限られたくらいだったからものすごくむず痒い。
大体は「榎本君」……まあ、親しくもない相手だしな、それに他の男子からもそんな具合だったし。
……悲しくなんか無い。
それもこれも、俺に積極性がなくって距離を置いていたせいなんだからな。
と、こんな考えが浮かんでくる程度には、彼女たちと顔を、目を合わせているだけで手汗が出てくるほどには緊張しているんだけど、それは相手、この世界の女子、女性たちも同じらしい……っていうのは、教室を出るときに早咲さんに言われたばかりだ。
なんでも、お嫁さん……ないしは愛人、もしくは気まぐれの相手として選ばれなかった女性は、幼いころからほとんど男を直接に見ることすらないとか言うからな。
……あの人、ほんとうに頼りになる人だな。
いつかお礼したいところだけど……まずは俺が、慣れなきゃな。
けど、さっきお兄さんと言っていたし、綾小路……晴代さんはともかく、御園……沙映さんは。
「それで、御園さん? 御園さんご自身のご紹介、まだされていないのでは?」
「え、そだっけ? してなかった? ……あ、してなかったねぇ。 んじゃね、沙映、実はちょっと前まで海外ふらふらしてたの。 だっておんなじとこにいても退屈じゃん? ってことでー、1年おきくらいにいろんな国の学校行っててー、けどさすがにそろそろ戻ってこないと日本語忘れちゃうし勉強追いつけないよー、いいとこ入れないよー、ってお兄ちゃんにすっごく心配されたから戻って来たの! あ、うちのお兄ちゃんって他の子のお兄ちゃんとかお父さんとは違ってすっごくフレンドリーなの! だからねっ、そんな感じ! よろしくね!! で、直人はどーして今まで」
「はーい、そこまでです。 ……御園さん、先生から念を押されたばかりですよね……?」
「あー、そだっけ? ………………………………。 ……ん――……………………あ、そだった、直人のことはあんま聞いちゃいけないんだよね、りょーかいですっ。 ゲンコツやだしー」
………………………………。
なるほど、このふたりの関係は早咲さんとひなたさん……よりも、なんかこう、クセが強いもんだって思っておけばいいのか。
ついでに言えば、沙映さんはふたりで抑えておかないと、うっかりで俺のことを外で話しかねないっていうのも。
………………………………ほんとうに大丈夫なんだろうか? 協力者が、この子で。
晴代さんは、美奈子さんとか早咲さんくらいには頼りになりそうだけど。
ひなたさん……よりも、なんだか危うっかしい感じだし。
「……その辺りは追々話し合いましょう。 私の方でも、御園さんとはなるべく時間を取って打ち合わせをしておきますから。 今は顔合わせですものね」
「……よろしくお願いします、晴代さん。 俺も、あんまり慣れていなくって」
と、こっそりと話しかけてきてくれる晴代さんに、小さく返事をする。
……うん。
こういう人は落ち着くな。
「あ、そだ」
「……まだなにかあるんですか? えっと、沙映、さん」
「だからさえでいいってー。 それよりそれより、私たち婚約者ってことにしてるんでしょー? 直人のための演技でー。 なら、綾小路……呼びにくいから晴代ちゃんね、はるよちゃん。 晴代ちゃんははるよちゃんってキャラだからいいとしてー、直人ってどー見ても女の子が大っ嫌いー、な男の子じゃないでしょ? うちのお兄ちゃんくらい……えーっと、自然? な感じでしょ? なら、他の人にはともかく私たちに対して丁寧な話し方っておかしくない? 他の人からしてみたらさ?」
「……………………………………………………確かに」
「………………………………それは、そう、ですね……」
……もしかして、頭は良い……のか?
いや、勉強も運動も平均を行ったり来たりな俺が言っていいセリフじゃないけど。
いや、でも、その。
会って早々からの話し方が……なぁ。
○
「……では、今後はそのように。 私たちは「事情」があって内密、しかし幼いころから顔見知りではあったという程度の婚約者であって。 呼び方も、下のお名前で。 榎も……直人様も、できる限りふらんくに話しかけてこられるということで、よろしいですか?」
「いいと思いまーすっ……この定食おいしいねー」
「はい……じゃない、いい、と、思うよ」
方針が決まってからというもの、綾小路さん……いや、晴代さんか。
晴代さんがいろいろと決めてくれたおかげで俺自身は特に言うこともなく、すんなりとこれからについてが大体分かった。
ちなみに途中から沙映さんは食事に夢中だ。
晴代さんと俺のプレートから「もらうね?」って言いながら、ちょいちょい取っていく有様。
………………………………お子さまか。
「それは良かったですわ。 直人さん、もし今日決めていなかったことについて聞かれたり、対応が必要であれば私……いえ、恐らく沙映……さんでも大丈夫でしょう。 そのまま私たちに連絡をして、問題を投げてください。 そうしたら、私たちのどちらかが対処致します。 ……基本的におひとりになることはないと聞いていますけれど、同じ部屋で住んでいる訳でもありませんし、どうしても私たちがすぐに駆けつけられないこともあるでしょう。 もちろん榎本……あ、ええと、美奈子先生とジャーヴィス先生もご承知のことと伺っておりますので、そちらでも問題ありませんわ」
「あ、でも、SP……ガードの人がいつも一緒なんじゃないの? ほら、今みたく。 ……あー、おトイレとかおふろは別かなー。 なら、スマホずっと持ち歩いておいてすぐにおはなしできるようにしておいてー、ものすごーく困ったら思いっきり硬いものに叩きつけたらブザーなるようになってるんじゃなかったんだっけ? 男の人のって。 だからそうしたらいいと思うよー?」
「そうですね。 なら問題ないのですね」
………………………………。
スマホが防犯ブザー代わり?
……ひょっとして、ここって男にとって……美奈子さんが言っていたよりもずっと物騒な世界なんじゃ……?
いや。
………………………………分かっていたこと、だったな。
ここが、俺みたいな男にとって、生きづらいことこの上ない世界だって。
このふたりが直人くんのヒロインたちです。 ふたりとも、とてもいい子たち……なのですが。
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