10話 「ディストピア」

榎本直人くん:巻き込まれ主人公。

榎本美奈子ちゃん:直人くんのお母さん……を10歳くらい若くした感じのショートカットで目つきの鋭い先生。

ローズマリー・ジャーヴィスちゃん:きんぱつでボディラインを隠しきれない、おっとりして明るい先生。

須川ひなたちゃん:小……中学生にしか見えないくりくりしたおめめで髪の毛が長い子。

野乃早咲ちゃん:男装している?女?の子。背は男子の平均な直人くんと同じくらい、髪の毛は肩に掛かるくらい。顔つきは中性的で穏やかな子。






「………………………………。 ここがそういう世界、そう言う理屈な場所って言うもの自体の理解は追いついていますし、できています。 理屈も、もちろん……ただ、納得はまだ」

「当然だろうな。 直人君からしてみれば、夢物語を通り越した先のホラーな世界なのだからね」


「ホラ――……。 ……ええ、そうでしょうね。 男女の数が自然でした私たちの世界の過去、戦前から来たのと変わらないのですから」


「早咲ちゃーん、それって……えっと、でぃすとぴあ的な映画みたいな?」

「そうですねぇ。 そうかもしれませんね、ひなた」


男が、ある時点から激減して、だからこそ変わった歴史の先の世界……それが、俺が説明を受けた、俺が来てしまったここなんだもんな。


まさに、ひなたさんの言うようにディストピアだ。


その原因が疫病やらロボットやらAIやら戦争じゃなく、人類を襲った特殊な……前兆もなく、じりじりと毎年に生まれる男の数が減っていくって言う、種の繁栄そのものの危機っていうものであるだけで。


「だけど、です。 理解はしているんですけど、納得できるまでには時間がかかると思うんです。 だってここは、ひなたさんの言うように……俺にとっては、いきなり過ぎる映画とか……マンガとかみたいな世界なんですから」


そう。


俺に取っちゃ、メインターゲットな青少年な男子に人気な設定の世界。


そんなマンガの設定をみんなで語っているようにしか聞こえないんだ。


………………………………だけど。


それを、大のおとなまでが真剣に話し合っていて、……俺を騙す意味なんてなくて。


「……だから、考えたくないくらいなんです。 だってそうでしょう? 俺が、寝て起きたらそんな……すみません、ですけど、この世界、イセカイに来ていただなんて。 ……いえ、もちろんただの愚痴です。 みなさんの話し方から、それがきっと事実なんだって分かっています。 分かっているんです。 ですけど、ちょっとは時間の猶予があったって」


「だろうね。 そうだろうとは思っていたよ」

「か、……美奈子、さん?」


「……君にとっては、私は母親にそっくりな人間なのだろう? なら、別に好きに呼んでくれてもいいんだよ? ……と、まあ、君がひと晩眠って気持ちの整理が付いて、少しは話ができそうだからとあえてまとめて話させたんだ。 恨むならこの子たちではなく私を恨んでくれ」


「………………………………いえ。 俺の知っている……母さん、でも、こういう大切な話のときにこそ直球で、対等な人間として扱ってくるでしょうから、むしろその方が安心します」

「そうか。 ……私、この世界の私も、子に恵まれていたら、あるいは。 ………………………………すまない、直人」


……そういえば、美奈子さんの年齢のころには、俺の母さんは俺をとっくに産んでいたはずだ。


なのに、「子に恵まれていたら」……と。


………………………………。


……男が少ないって言うのは、やっぱり。


「……私が口を滑らせて変な空気にしてしまったね。 では、改めて、君の結婚の話に戻そう。 それが今、君が……来たときと同じように唐突に、数日の内に君の世界に帰ることができないのだとしたらまずしなければならないことだからね。 ………………………………大丈夫か?」

「………………………………はい。 お願いします」


「……早咲ちゃん、眠いよぉ――……」

「もう少し我慢ですよ、ひなたちゃん」


これまでの会話にふさわしくないような、甘えた感じの声がしてきて、俺は少しだけほっとする。


…………まさか、これを見越してこの子たちを連れてきたんだろうか。


だって、いくら昨夜俺を見つけてくれたひなたさんと早咲さんだとは言っても、話さないように注意して俺に関わらせないようにすることもできたはずなんだ。


先生たちや、あのときにいたお医者さんたち……あとは護衛の人たちだけで充分だったはずなんだから。


なのに美奈子さんは、わざわざこの子たちを俺の前に連れて来て、彼女たちにもこの世界について話させた。


……俺の、気を紛らわせるために。


そう思ったら、脚に力が入っていたのに今さらながら気がついて、この瞬間まで無意識に緊張していたんだなって、実感してきた。


「さて。 この世界の男子には結婚相手がいなければ我先にと後がない輩が見境無しにきてしまう。 だから急がなければならないのはいいね? ……だが、君には。 この世界の多くの男性のように、教育と環境のせいで……極端に人任せに生きるようになるか、あるいは人間不信になるか、それとも完全に考えることなく言いなりになるか。 そのように洗脳されて生きてきた男子たちとは違い、君は外から来た。 ……自由な世界、自由な価値観、自由な恋愛と結婚というものを常識としてきたんだ。 だから、いきなりというのは受け入れ難いだろう?」


「………………………………ええ」


「だから、だ。 その相手を、……ああ、もちろん気に入らなければ断ってもいいようにしてあるからね? ……私が選んでおいたんだよ。 いずれ打ち明けることになるかもしれないけれど、話さなくても話せない事情というものをくみ取ってくれ、その子たちの家自身も切羽詰まっていないゆえに君に強引に迫るよう指示をするようなこともしないと確信が持てて。 さらには直人が嫌だと言えば素直に手を引くと契約書を交わすことができそうで……今朝交わしてきた相手が。 事後承諾になって申し訳ないが、まずふたり、そういう相手を……君を守るために用意してあるんだ。 彼女たちには君の盾として、ひとまずの期間を守ってもらう」


すっ、と、美奈子さんが履歴書みたいな……履歴書なんだろうな、テーブルに伏せてあったクリアファイルの中にあったそれを、俺の方に差し出してくる。


「君に、これから転入先として通ってもらうことになる私の受け持ちのクラスで、君の、秘密の間柄だった許嫁………………………………だった、という設定を、今朝双方の家とも交わしてある。 もちろん彼女たちも承諾済みだよ。 これで、ひとまず君が知られることになっても、いきなり手を出してこようとする輩からは距離を置くことができるだろう。 ……ぜんぶがぜんぶ、今朝になってローズと出した結論ありきで動いたからな、今になってからで申し訳ない」


「くすっ。 先生? 謝ってばかりですよ?  直人さんにとっては、お母さまやお姉さまのような方に、そうもかしこまられては彼も困ってしまいます。 ね?」

「あ、………………………………はい、早咲さん。 じゃなくて、野乃さん……って呼んだ方がいいのか。 話し方も……、だって俺たち、会ってまだ間もないですし」


「早咲でいいですよ。 もちろんこちらのひなたちゃんも、ひなた、で。 私たち、クラスメイトということになるんですから」

「うゆー?」


……寝ていたのか、名前が出て来てから変な声で返事をしてくるひなたさん。


………………………………うん。


こういう子は、恋愛対象じゃなくても守ってやりたくなるな。


まあ、この世界ではこの子よりも俺の方がずっと危険なのは聞いたとおりなんだけど。


「……やはりお前たちに任せて正解だったね、野乃。 これからも、彼の手助けを頼めるか?」


「はい、もちろんです。 ……数奇な運命ですものね、私はひなたさんがいちばん大切ですけれど、直人さん、あなたも同時に守って差し上げますっ。 これでも学年主席、運動も抜群なんですよ? 文部両道、才色兼備というものですっ」


「……それを自身で自慢し、それでいながら文句のつけようがないところが困った奴なのだがな……」


実にあざとい仕草……この世界ではどうなんだろうか?……指をほっぺたに当ててウインクをしてくる早咲さん。


正直、俺にとっては会ったことすらない子よりも、このふたりに、形だけでも婚約者とやらになってもらった方が気が楽なんだろう。


けど、贅沢を言っちゃいけない。


事情を知る人が多くなるほどに秘密がバレやすくなるのは美奈子さんだって、朝まで一緒に相談してくれていたというジャーヴィ……ローズ先生だって分かっているはず。


なのに、あえてこのふたりじゃない人を選んだんだ。


なら、きっと相応の理由があるはずだもんな。


……好意に甘えているだけの俺が言っていい贅沢じゃないだろう。


それに、恋愛をすっ飛ばした結婚とかを抜きにして話ができる同世代っていうのも、この先きっと必要だしな。


「こほんっ。 で、そちらの方たちのプロフィールに目を通してくださいますか? 直人さん。 その方たちは、信頼できる名家のご令嬢の……3女と4女ですので、結婚にそこまで焦る理由がないというのがひとつ。 ご本人たちがそこまで結婚も出産も望んでいないというのもポイントです。 私が知る限りでも極めて常識的かつ理性的で、人柄もいいので間違いもないと信頼できる方たちというのがふたつ……です。 もちろん私個人も親しくしていただいています」


ぱら、とめくってみると……こっちに来てからというもの、誰も彼も。


いや、誰も彼女も……美奈子さんにローズ先生、早咲さんにひなたさん、その誰もが俺の世界にいたらまず学校中に名前が知れているだろう……、早い話が美しい、かわいい人たちなんだけど……この写真の子たちも、また。


クラスどころか学校に何人いるかいないかっていう感じで。


うん。


普段着かどうかは分からないけど、和服で早咲さんよりもお淑やかそうな子と、ジャージを着て泥だらけの子。


なんでこんな写真を……ああ、あえてどういう性格かを分かりやすくしているのか。


けど、………………………………うん。


ふたりとも美しい系とかわいい系で、……あと、胸が。


うん。


大きくて。


うん。


「……少なくとも写真越しでのお顔や雰囲気の方は好みではない、ということはなさそうですね?」

「え? ………………………………え、いや、その」


「いいんですよ、こちらでは私たち女子が男子の顔をえり好みするのですから。 その逆、と考えたら……と、今朝もう数名のプロフィールを渡されたときにこのふたり、と先生にアドバイスしておきましたのは、この私ですから」


「む――……」


「こーら、ひなたちゃん拗ねないの。 ……で、ですね? 私も先ほどお会いしまして、先生とご一緒にぼかした事情というものを伝えてありますから詳しいことは話さなくても大丈夫です。 もし話したほうがいいのか、とか、話したくない、とか……どう対処したら良いのか、とか。 そんな悩みが出てきましたら、彼女たちや先生方……もちろん私たちでもいいです。 頼ってくださいね? 直人さん」


そう言って、早咲さんは……俺に向けて、飛びきりの笑顔を送って来た。


あざといほどにかわいくて……この人が婚約者、だったなら、ってちょっと思ったくらいの笑顔を。






次回、直人くんのヒロインたちがお披露目です。ようやくハーレムへの第1歩ですね。

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