9話 結婚制度、など

榎本直人くん:巻き込まれ主人公。

榎本美奈子ちゃん:直人くんのお母さん……を10歳くらい若くした感じのショートカットで目つきの鋭い先生。

ローズマリー・ジャーヴィスちゃん:きんぱつでボディラインを隠しきれない、おっとりして明るい先生。

須川ひなたちゃん:小……中学生にしか見えないくりくりしたおめめで髪の毛が長い子。

野乃早咲ちゃん:男装している?女?の子。背は男子の平均な直人くんと同じくらい、髪の毛は肩に掛かるくらい。顔つきは中性的で穏やかな子。


ほぼ説明回ですので流し読みで充分です。序盤に説明が多くなってしまうのはおはなしの都合上避けられませんので。いちばん下に要約するのでそちらだけでも問題ありません。






「……さて。 では少しばかり長引いたホームルームは終了だ……が、事情が事情だ、しばらくは私がすべての教科を預かることにした。 安心してくれ、普通教科はよく頼まれて引き受けているし、体育などは……そうだな、教室で教科書を、という形にでもしようと思っている。 体なら放課後に動かしてくれ。 ……さ、5分の休憩ののちに1時限目を……と、立たせっぱなしで申し訳ない。 直人はそちらに用意してある席へ頼む。 みんなも、気持ちは分かるが彼をあまりじろじろと見てくれるなよ」


「「「は、………………………………はいっ!」」」

「……………………………………………………はい」


先生……母さん似の、の号令でここまで高い声しか聞こえないのは、やっぱり女子しかいないからなんだな……とか考えつつ、俺はようやくに腰を下ろすことができた。


もっとも、教室を……いちばん奥の席、窓際という席まで移動するあいだ、もちろんに知らない女子たちからの視線をこれでもかと浴びていたけど。


………………………………男女を逆にして考えたら、無理もないか。


いや、そうじゃなくともある日突然にこんな警備がつくことになれば当然だし、俺の世界でも転校生なら同じ目に遭うはずだもんな。


それに、この席……ヘタに前の方の席で、1日中視線が刺さるようなのに比べたら……と思えば、アニメとかでよくあるような特等席がいろいろと都合のいい場所だっていうことに気が付いて、同時に美奈子さんの気づかいも分かる。


ちらちらと振り返る女子はいるけど、ずっと見られるわけじゃない。


ずっと来るのは教卓からは美奈子さん……先生と兵士さんたち、俺のすぐ後ろとドアの手前からも兵士さんたちからの視線だけ。


…………俺の立場的には、これ以上安心できるものはないものな。





授業が始まる……と美奈子さんは言っていたけど、実際には雑談に近いものだ。


教科書を開かせて黒板に書いたりはするけど、肝心の中身のことは話していないみたいだし。


周りの生徒たちも……この世界の生徒たちも、女子たちも、机に手を載せたままだしな。


……だから俺に、鞄どころかノートやペンも要らないからとにかく着いてこいって言ったわけか。


たぶん俺への一般常識の説明ついでなんだろう、時事ネタや歴史やら、他の生徒に変に思われない程度にしていって、ときどき俺の「特殊な転校生」という設定をちらっと口にする。


それだけで、俺以外の生徒……女子たちの意識は美奈子さんだけに向かっている。


さすがは先生だな。


………………………………。


……母さんも、こんな感じで教えていたんだろうか。


………………………………………………………………。


だけど。


いくら俺のためとは言っても、俺のすぐ後ろで身動きひとつせずに立ち続けて銃を構えている兵士さんの圧というものを感じるのには、どうしても慣れないな。


これが今日だけならともかく、昨日の話がほんとうなら……これからずっと、なんだろうから。


いや。


………………………………学校を卒業しても、どれだけ経っても。


俺が、元の世界に戻れなきゃ、ずっと、このまま……こうしているしかないだろうから。





「………………………………けっ、結婚って。 俺が? まだ16ですよ!? いくら男が少ないからって、いくら何でも早すぎますって! 男は18からで女子は16からって習って、……………………あ」


雑談混じりの授業、休み時間も話す相手はみんなよそよそしいというか話しかけてこず、誰ひとりとして……ほぼ知り合いはいない。


そんな時間を過ごしていたら、ぼーっとして意識が適当なところへ行くのは当然だ。


だから俺の意識は……俺が「このクラスに通って早く何人かと結婚した方がいい」と勧められた場面へと戻って来ていた。


「そうなんですかぁ、直人くんのいた世界じゃあ男の子の歳の方が上じゃないとなんですねぇ。 変なのー」


「いえ、ひなたちゃん。 たしかこちらでも、……ええと、男性が生まれなくなってきてもしばらくはそうだったはずですよ? 出生率が激減してきてから一気に法律がいろいろと変わったと歴史の授業で聞いた覚えがあります」


「あれー?」


「………………………………今年も勉強、がんばりましょうね、ひなたちゃん。 まぁ、今のは試験には出ないでしょうけれど、今授業でやっていることは……ね?」

「あう――……早咲ちゃーん……」


涙ぐみながら早咲さんの胸に頭ごと包まれに行っているのは、やっぱりどう見ても数歳年下にしか見えないひなたさんだ。


もっとも、早咲さんもひなたさんほどじゃないけど胸は貧……と、いくらなんでも失礼だな。


でも、わざわざ男装しているんだ、実はそこまでのことじゃないのかもしれない。


胸だって、無いように見えるし。


まあ、上を着ているからかもしれないけど。


………………………………。


それにしても、この世界の常識手特に男女のそれについては早く教えてもらわないとなぁ。


事あるごとにこうして驚かされていたんじゃ、俺の身が持たない。


……まずはこの、俺がすぐに結婚とかいう大問題だけど。


「……と言いつつも、私も詳しい年号まではもう忘れてしまいましたけれど。 でも、昭和の半ばまで……あ、年号とかは」


そう。


これだけいろいろと変わっていても、そういうところは。


「……同じ、だったな。 変わる年まで……とりあえずで明治からずっと」


「世界が違えども、こんなに違ってもこういうところは同じなんですか。 ……何だか不思議ですね? 直人さん」


早咲さんは、……どう見ても俺の世界……だったところにも滅多にいないような、お淑やかな雰囲気を醸し出しつつもひなたさんを撫で続け、ぐずっていた彼女をたちまちにごきげんにしていた。


……だから余計に優男っぽく見えるんだよなぁ。


「……すんっ」

「いい機会だ、須川。 中学のときの歴史の授業を思い出してみて、かんたんに……むしろこの方が彼にとってもいいだろう、教えてやってくれ。 こちらの今というものを」


「うぇ、せんせー!? はっ、はいっ。 ……えっと、こっちでは、ですね。 最近の法律では、結婚年齢を昔の……えっと、元服っていうのに合わせて、いえ、戻してですねっ。 男の子は13くらいの……その、は、恥ずかしいですけど……せっ、生殖可能年齢?になったら、ふたりがいいって思ったら結婚できるようになっていますっ。 ……ですっ?」


生殖、という言葉とともに顔を真っ赤にするこの子は、やっぱり、どう見たって中学生にしか……。


いや、俺だって女子にこんな話題を話せと言われたらそうなるだろうけど。


「……で、ですねっ。 あの、それで、男の子なんですけどっ! ほとんどはちっちゃいときから許嫁っていう子が何人も当てられていて、まずはその子たちからお嫁さんになっていくっていう仕組みですっ。 ………………………………残念だけど……いえ、私はそのおかげでよかったのかもしれないんですけど、……あ。 わ、忘れてください今のっ! ……とにかく私や早咲ちゃんには許嫁さんがいなかったから、こうして結婚しないで学校に来ているんですけどっ」


「はーい、お疲れさまです、ひなたさん。 ……で、直人さん。 この世界の男性は、あなたに取ってみれば「まだ」中学生になるころにはもう、よっぽど嫌では限りには何人もの女子を娶って、お嫁さんにして。 ほとんど強制的に結婚をして、させられて……その、大体は1年以内に誰かしらのお父さんになります。 ……恥ずかしいでしょうけれど、辛抱してくださいね? これを知っておかないと、あなたがなぜ、急いで……美奈子先生の仰ったように結婚をしなければならないのかが分かりませんから」


そう言う早咲さんは、まだ顔を真っ赤にしながらあわあわ言っているひなたさんとは対照的に、とても落ち着き払って、淡々と……静かながらもよく透き通る声で教えてくれる。


「まあ、女性同士でもこどもはできるのですけれどね」

「…………………………………………………………え?」


ついでのように、とんでもない事実も。


「女……同士、で?」


「くすっ、やっぱり。 ……私、SF小説は好きなので、「もし世界から男性が一気に生まれなくならなかったら?」というような趣のものも読んでいますので、直人さんの驚きようも半ば予想はしていたのですけれど……くすくす。 そんなに驚くことでしょうか? そちらにも、似たような技術は存在すると言っていたでしょう?」


「え………………………………っと、そう、だな。 少なくとも俺のいたところでは、そういうのはまだ完全には実用化……いえ、技術はある、とは……いや、もしかしたら俺がニュースを見ていなかっただけで、実は始まったりしていたのかも……だけど」


「倫理的……いえ、なによりも需要がとても低いから普及していないのでしょうね。 話を聞く限り、そちらは少しばかり技術が進んでいるようですし。 電化製品とか……。 ですがこちらは逆に、しなければ人類の滅亡が……核戦争よりも明らかなそれが目に見えていたので、倫理的ないろいろは私たちが生まれる前にはとっくにクリアされていたのでしょうね。 でも、ですね? ――いくらそうだとしても、たったの3世代前。 ほんの100年にも満たない過去までは、男性と女性は、直人さんの知っているような「普通」のやり方で結ばれていたんです。 なので、それに対する憧れは……とっても、強いんです。 だからこそ男性の取り合いになって………………………………ですよね? 美奈子先生」


「そうだな、いつもどおりに大変優秀で結構だ、野乃。 だが、私たち教師と同じように説明が長くなりがちな欠点には気をつけた方がいいぞ? 助かるが、な」

「………………………………ご忠告、痛み入ります、先生」


静かに下げていた頭を、長い前髪と一緒に持ち上げる早咲さんと、まだ彼女にひっついているひなたさん。


そして、ふたりの説明が終わるのを待っていたらしい美奈子……さんは、改めて俺に向き直り、続きを口にする。


「……直人くん、まだ頭は着いて行けているか? 別に、この場でまとめて話す必要もないし、なんなら」

「………………………………いえ。 大丈夫、です。 まだ、今だからこそ逆に頭に入ってくる気がします、から」


「そうか。 強いな、君は……なら続けよう。 たった今野乃が言ったとおりだが、君の危機感を煽るために先に言っておこう。 ほんの30年前……私が産まれるほんの少し前までは、男性が襲われる事件は数え切れないほどだった。 もちろん、性的に、だ。 ――何せ、人工授精ではなく本物の男性と結ばれるというのは、この世界でのステータスでもあり、そのためならいくらでも金を出す輩がいたからな。 だからこそ、男性は1カ所に隔離されるようにして……守られて、生きていた」


「…………………………………………………………………………………………」


男だけが、守られるためだけに。


それじゃまるで、絶滅危惧――――――――――種、だったな。


「脅した形になって悪いが、今はそんなことはないよ。 警備はつくものの、普通に家族と暮らし……その家族という定義こそ変わりはしているけどね……外出もできる。 好きなところへ、な。 だが、それでも男だというだけで……平均よりも嫁やこどもの数が少ないと言うだけで、幾つになってもしつこく狙われるのは……最早この世界の宿命と言ってもいいだろう。 こうして口にしてみるととんでもなくねじ曲がった世界だが、これがこの世界というものなんだよ」


美奈子さんは……やっぱり俺の母さんによく似ている。


俺が不安じゃないかと……話し方ははきはきしたものに優しさが混じっているけど、目はとても心配しているって言っているようなもので。


それは、俺が小さいころ、よく叱りながら俺に向けていたような目つきで。


「……だから、直人君。 よほどの事情がない限りには、成年の男子……君も、この世界ではそう数えられるんだ……嫁は、最低で数人。 さらに、30、40くらいまでは内縁という形でさらに10人以上の女性が………………………………言い方は悪いが、要は男性の気分転換のための順番待ちという具合で待っているのが、私たちの世界での当たり前、なんだよ」






要約:直人くんの入った教室は、しばらく直人くんのためだけのカリキュラムになり、この世界では男の子は13歳くらいから女の子に囲まれてたくさんのこどもを産ませる生活を送るようになると伝えられ、あとは女の子同士でもこどもができたりするということまで教えられました。


面倒くさいことを除けば男の子の夢のような世界。しかし、実際に放り込まれるとそれどころではありません。だって、直人くんは「常識的な普通の男子高校生」なのですから。

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