8話 転入

榎本直人くん:巻き込まれ主人公。

榎本美奈子ちゃん:直人くんのお母さん……を10歳くらい若くした感じのショートカットで目つきの鋭い先生。

ローズマリー・ジャーヴィスちゃん:きんぱつでボディラインを隠しきれない、おっとりして明るい先生。

須川ひなたちゃん:小……中学生にしか見えないくりくりしたおめめで髪の毛が長い子。

野乃早咲ちゃん:男装している?女?の子。背は男子の平均な直人くんと同じくらい、髪の毛は肩に掛かるくらい。顔つきは中性的で穏やかな子。






「いいだろうか、直人」

「あ、はい、母さん」


「あー、たしかに直人くん、美奈子先生に似てるかもー」

「はーい、ひなたー? 今からは静かにですからねー?」


「……野乃、助かる。 須川はもう少しおしゃべりの癖をだな……と、それで、だ、直人。 先ほどの発言は彼女たちから聞いたような私たちの世界の常識の元にしたものなんだ」

「はい、今は理解しているので大丈夫です」


「そうか、それはよかった……の、だが。 ここでもうひとつ、君の存在がローズの工作が済む前に……いや、済んでもだな。 君がここにいるとごくわずかの人間にでも露見することになれば、少なくとも数年、長ければそれ以上の期間。 世界に対して公になる前に、先ほども出てきていた特権階級層の女性で、出産までたどり着けなかった方たち……強引に押し通す権力があって、出産限界に近い年齢の60、70代の女性のところから、有無を言わさずに連れて行かれることになると予想される」


「……は? な、70!? それって!?」


せっかく分かりやすい例えを持ち出してくれて、雰囲気も落ち着いてきたから気持ちも楽になってきたと思ったのに、とんでもない数字が出て来てそれどころじゃなくなってきた。


いや……聞き違いであってほしい。


70?


70だぁ?


60でも充分な婆さん……ああいや、確かに最近の年寄り……お年寄り?は、テレビとかに出ている人たちはもっと若く見えるけど、それにしたって。


………………………………いや、待て。


確か、保健で習ったとおりだとすると。


「待ってください、70と言ったら、いえ、60でも、その……とっくにこどもなんて」

「ふむ、そちらではまだ……いや、必要がないからか、遺伝子を操作しての妊娠環境の維持は行われていないのだな。 肉体への副作用は大きいのだが、こういうのは得てして地位が高く、しかも30代までに子を持てなかった女性ほど受けるものなのだが……しかし、な」


頭がぐるぐるする。


だけど、母さんに似たダレカの話は止まらない。


さっきまでよりもずっとゆっくりと話してくれているのに、いるから、理解できてしまう。


無人島だなんて、生やさしい例えだったんだって。


「こちらの世界ではな、直人。 最近では80代でも、子を産むことはできるようになっているんだ。 男性は元からだが、女性ですら……健康な子孫を、な。 まあ、ここまで来ると資金と権力と、なによりも精神力がなければ不可能だが……けれども、可能ではあるんだ。 そして、それなりに普及しているんだよ。 だから、直人、よく聞いてほしい。 君の、男子、青年としての……これまでは自由な恋愛の価値観の元で育ってきたという君には残酷だろうが、だからこそ、君の自由意志を尊重して言わなければならないんだ。 ……いいか?」


「………………………………………………………………、はい」


このヒトは、少なくとも俺に対して悪意はなくて、俺のことを想って言ってくれているんだ。


だから、しっかり聞かないといけない。


「なら、……そうなる前に。 君が明らかに顔を青くするような、そのような女性を相手にしたくないのであれば、だ。 ただ子を成すという目的にだけ囲われて何人も、何十人ものそれらの相手をさせられる時間を過ごしたくないのであれば。 最低でも……そうだな、数人は必要だろう。 数人の嫁を、妻を、その前に得ておき……可能であれば、産まれていなくとも子ができていることが望ましい。 そこまで行っていれば、その相手の家族が盾となり矛となり、君を守るだろうからね」


「……………………………………………………………………………………」


「……これで最後だ、何とか気を張ってくれ、直人。 この学園は、幸いにして特殊な事情ゆえに各国の権力者の娘で、まだ相手のいない生徒が大勢いる。 だから、それらを嫁にしてしまうんだ。 ひとりでもいい、ふたりでもいい。 もちろん多いほどにいいが…………そうすれば、君は……見た目でも性格でもなんでもいい、ある程度は好きで、ある程度は好みで、ある程度は自由に、年が近くて好いた女子と結ばれることができる。 そうして、この学園の関係者ならまず間違いなく君をそういう輩から遠ざけておけるだろう。 だから直人。 ローズの工作が済み次第、君には私の受け持つクラスに通ってもらう。 そこで気に入る者がいたなら、早い内に結ばれるといい。 いや、結ばれなければならない。 なるべく早く、遅くとも……そうだな、1、2ヶ月以内には」


「なぜなら、君には――――極めて健康な男子で、しかも嫁がゼロという君は、世界中の女性たちが、なにをしてでも手に入れて囲い、閉じ込めてしまいたい存在なのだから……ね。 分かってくれ、直人」





こういうのは、とにかく早い方がいい。


考えるのはローズ……先生たち大人に任せろと。


そう、母さ……美奈子さん、に言われた。


それに、すでに俺という男がいたと知られている可能性もあるとか。


あの夜に俺が校庭で寝ていたのとか、起きて大声を出したりしたのとか……校内を歩いていたのとか、それをあのとき俺のそばにいた人たち以外の誰に見られているから分からないから、らしい。


ローズ先生が監視カメラとかの情報を何とかしてくれているらしいけど、そのときに映像を観ていた人が俺を見たのか、そしてすでに誰かに連絡を取ったのかは調べている段階だそうで。


それに、いちおう先生たちのできる範囲で俺を守ってくれるとは言っても、いずれは漏れる。


俺という、学校どころか国へも登録されていない男という存在がいるという情報は、必ず。


そもそも男の数が極端に少ないんだ、だからこそ近くにいる、住んでいる男の顔なんてその周りの人たちはみんな知っているわけで、さらにここは学校。


男子生徒なんて10人を超えている年があるだけで奇跡だと言うくらい。


だから………………………………「というわけ」、なんだそうだ。


目の前には女子校としか思えない教室……の生徒たちの全員が俺を見ている光景。


もっとも、こうして俺が壇上に立たされ……目に映るクラス全員が女子というとんでもない事実に圧倒されて、ただぼーっと突っ立っているしかなかったわけだけど……美奈子さんたち、あのときにいた人たちの前で聞かされたものとは結構に違う説明を横から聞き流していた……というわけだ。


これが、「というわけ」。


何やらを隠すには森の中、というわけだと。


……物事って、隠せば隠すほどにヤバそうに感じるもんだな。


少なくとも、当分はこれで通すらしい意味深な説明を聞いていた俺は思う。


ことごとく主語を省き、有無を言わさない調子で淡々と説明し、理解が追いつく前にさっさと終えてしまうという魔法のような言い回しを。


………………………………素直に「起きたら俺にとっての異世界の校庭で寝ていました」の方がよっぽどに簡潔なんだろうって思える。


もちろん、こんなの誰も信じないわけだけど。


信じられないわけだけど。


「……で、だ。 今の話を聞いたお前たち、私のクラスの生徒なら察せられるだろう」


突っ立って30人以上の女子の視線を受け止めなきゃならない俺としては、ただそれをぼんやりと受け流すしかない。


だから無意識に考えないようにしていたんだろう。


頭の中がぐちゃぐちゃした状態から、少しずつ正気に返りつつある感じがする。


だって、……このクラスの生徒、ほぼ女子であって……残りは、在籍はしているけど出席はしていない、机すら使われたことの無さそうな綺麗な空席がふたつ。


そのふたつのためのふたり以外はみんながみんな女子であって……驚くほどに顔が整っているんだからな。


今日のために顔が綺麗な人たちを急いで揃えたって言われても不思議には思わないくらいだ。


ただでさえ女に免疫がなくって、しかも昨日の説明がまだ頭の中でぐるくるしている。


だから、教室の造りにでも興味のありそうな顔をしつつ、30対もの視線を受け流さなきゃならなかったんだ。


もっとも、美奈子さん曰くこのクラスは「この世界でも飛び抜けてマシ」なんだそうだが。


……訳アリの転校生を見るみたいな視線が来るだけというでもありがたいんだと。


「彼、直人君については……この学園の教師陣の判断次第でいかようにもできる。 いずれはと考えているものの、男性を保護する国内外の条約の中で最も有利なものを、とな。 けれども、それには少々の時間が掛かるのは義務教育でさんざんに聞かされただろう」


と、肩に手の置かれる感覚がして、俺はようやくにクラスの全員からの視線を美奈子さんだけに絞ることができるようになって、背中に冷や汗をかいていたのに気がつく。


………………………………………………………………、気持ち悪い。


「直人君……、直人は現在、身寄りがない形となっている。 だからこそ、彼の姓を「榎本」……私の家に縁のある者とする手続きが完了するまでのあいだ、このクラスで保護することとした。 このクラスの生徒である以上、お前たちは馬鹿な真似をしないという確証があるからな。 だからこその私の生徒、特別クラスなのだから」


この辺のことについてはまたあとで、と言われていたからよく分からないけど、とにかく今すぐに俺を取って食うような生徒でも、そんな輩がバックにいるわけでもないらしい。


いきなり襲ってきたりはもちろんしないし……する人が大半だって聞いたときにはドン引きしたけど……ノコノコと誘われて人目につかないところに行かない限りには、まず大丈夫な生徒が選抜されているんだと。


だけど、安心は……できない。


だって、ここは別の世界だ。


俺の常識に合わせたら、男女をもっかい逆にして……つまりは俺が男だらけの世界に飛ばされてきた女で、周りのほとんどは独身の男しかいなくて……とかいうトンデモな状況なんだ。


だったら、この世界の女にしてみれば、俺はそんな女……ああいや、男に見えてはいるはずで。


だから、安心はできない。


それは、あの場にいた人たちもおんなじだ。


………………………………後ろ盾も何も無い、そもそも説明を受けた内容がほんとうかどうかも分からないけど、いちど信じるって言った以上、思った以上には、あの人たちだけでも信じるしかないんだけどな。


最低でも、目の前の……とんでもなく若くした母さんに似た人、美奈子さんだけは信じたい。


じゃないと、どうにかなってしまいそうだから。


「で、だ。 先ほどの用紙は国際法上極めて重要な意味を持つというのは理解しているだろう? できるだけ……と言っても、数日で全校生徒が知ることとなるとは思うが、とにかくできるだけでいい、彼への過剰な接触と、彼についての情報漏洩には細心の注意を払って欲しいんだ。 ………………………………私だって、受け持ちの生徒傷つけたくは無い」


美奈子さんは、俺を見たままもう片手を挙げ……そうすると、教室の四隅と俺の後ろにいた数人の「兵士」さんたち、映画とかでしか観たことがなかった武装をした兵士の人たちが、カチャ、と銃を鳴らす。


……見慣れてきたとは言っても、やっぱりこわいものはこわいな。


「これからは、どこでも……直人のいる場ではどこでも、常時数名の護衛が付く。 はじめは緊張もするだろう。 しかし、いずれは慣れる。 彼だっていきなりこの場に連れ出されて恐怖に襲われているんだ、どうか君たちも耐えて欲しい」


いや。


いやいや。


……一応誰にも向けてはいないけど、あっちこっちに銃口をこれ見よがしに構えている兵士の人たちを見て、これからずっとこうだからと言われてびびらない女子はいないと思うんだけど。


ああいや、この世界の女子……女性のメンタリティってやつは男に近いんだっけ?


男女が逆転し切っているから。


「もし……もし、だ。 無いとは信じているが、直人に対して明らかに同意のない接触やそれ以上の行為を働いたり、または働こうとしたならば」


カチャ、と、いくつもの金属音が静かに響く。


「護衛には、各々の判断での発砲も許可してある。 やり過ぎだとは理解しているが、彼の立場を考えてみたらこれでも優しいくらいなんだ。 ……済まないな、みんな。 最初くらいは強く言っておかないと、なにかがあってからではみんなが不幸になる。 それに、余程のことをしない限りには撃たないようにも言い含めてある。 だが、生徒に銃口を突きつける生活を送らせてしまうのは……申し訳ない限りだ。 済まない、どうか彼のため、耐えてくれ」


そう言って、美奈子さんは俺の1歩前に出て………………………………生徒たちに向かって深く頭を下げた。


まるで、本物の「母さん」のように。






少しずつ大ごとになっていく直人くんの周り。 そうして少しずつ、直人くんのストレスも……。

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