7話 「無人島」

投稿時間は早くなることもあれば遅くなることもあります。プラスマイナス1時間程度、ご容赦くださいませ。


榎本直人くん:巻き込まれ主人公。

榎本美奈子ちゃん:直人くんのお母さん……を10歳くらい若くした感じのショートカットで目つきの鋭い先生。

ローズマリー・ジャーヴィスちゃん:きんぱつでボディラインを隠しきれない、おっとりして明るい先生。

須川ひなたちゃん:小……中学生にしか見えないくりくりしたおめめで髪の毛が長い子。

野乃早咲ちゃん:男装している?女?の子。背は男子の平均な直人くんと同じくらい、髪の毛は肩に掛かるくらい。顔つきは中性的で穏やかな子。






ちっこいの……失礼だけど、でも小さいよりもちっこいっていう表現の方がしっくりくるから仕方ないよな……ちっこいひなたさんがすぐ目の前に来た。


でも、ちっこいとは言ってもソファに座っている俺よりは目線が高いからか、少しだけ腰を落として俺に話しかけて来る。


………………………………髪の毛、長いなぁ……。


でもこれで、同い年なんだよなぁ……。


いつもくっつくようにしている早咲さんと……背の高い早咲さんとの差で、余計にちっこく見えるんだよなぁ……。


「おはよっ、直人くんっ」

「あ、うん。 おはよう」


「……ああ、済みません、ご挨拶もせずにおはなしを遮ってしまいまして。 榎本さん……よりは、直人さんの方がいいのでしょうか。 昨日はとりあえずで下の名前で呼んでしまいましたけれど……あ、私も。 おはようございます」


「ああ、うん、下の名前でいいよ……で、早咲さんも、おはよう」


ちょっとしか視線を下げなくていいひなたさんとは違って早咲さんの方は背が高いから、かなりのぞき込んでくるようになって来て、髪の毛がふわりとなって……俺の中までをのぞき込んで来ているかのような目が、俺を見てくる。


「……………………………………………………………………………………」

「……………………………………………………………………………………」


………………………………?


妙な沈黙が。


「あのっ、話っ、おはなし戻しますけどっ、榎本先生のおはなしはいつも分かりやすいですっ。 で、あの、私にとっては、授業で難しいことしてるときみたいなので何とかついてつける感じなのでいいんですけどっ、でもっ。 まだなにも、この、あう、えと、私たちの世界?について知らない直人くんにとっては、ちょっといっぱいいっぱいになっちゃうかもですっ」


「……そう、だな。 つい熱が入ってしまって」

「先生が生徒想いなのはみんな知ってますっ!」


「それが美奈子のいいところなのねー」

「はい、まさに熱血先生という感じですね」


「あ、で、ですねっ? もっと時間をかけて、ゆっくりとっ。 ……私だって、理科とか古文とか、授業だけじゃよくわかんなくて、いつも早咲ちゃんに授業のあとに聞いて。 それでも宿題とかしようとすると、またよくわかんなくなっちゃってもう1回聞くから……んで、あの。 だから、そんな私みたいに、ですね……んと」


「……落ち着いて、ひなた。 大丈夫ですから。 ゆっくりと、ね?」


「……ふぅ、ありがと、早咲ちゃん。 ……あ、で。 その、たぶん、直人さんがとりあえず知らなきゃいけないことからちょっとずつ教えていってもらって。 で、直人さんが大丈夫だからもっと知りたいって言ったなら、そのときに他のこととかを教えてあげて。 そんな感じにしたら、まだなんにも知らなくて、なんにも分からなくて。 …………、なにも、だれも、ほんとの意味では信用できていないはずの直人くんにとって、いいと思いますっ。 あの、精神的に、とか」


………………………………。


ああ。


昨日も、なんとなくで思っていたけど……この人たちは、いい人たちだ。


俺になにも説明せずにいれば楽なはずなのに、わざわざ教えてくれて。


こうして、みんな、方向性はちがっても、俺のことを気にかけてくれて。


昨日会ったばかりで他人でしかない……そして、説明が真実だとしたら、じゃない、説明通りなら厄介者でしかない俺に対して、ここまでしてくれているんだから。


「ごめんな、直人。 つい、いつもの癖で……ああそうだ、須川にも忠告されたように、私はきちんと教えようとすればするほどに手と口が速くなってしまってね……。 須川の言うとおり、君の身を案じてのことだとは言っても、先走りすぎた。 ……黒板がないから、さらに早く説明してしまっていたな……反省だ」


「い、いえ、大丈夫です。 話にはついていけていました……から」


「んー、気持ちの方はだいじょぶなの? 直人くん」

「うん、平気……だと思う。 ありがとう、ひなたさん」


「……けれど、精神的な負担というものは、得てして自覚が薄く、あとでまとめて来るものです。 ご自愛くださいね、直人さん」

「あ、ああ……早咲さんも、ありがとう。 いや、野乃さんって呼んだ方が」


「私も下の名前でお願いできますか? ……ひとりだけ仲間はずれはイヤですもの。 ひなたちゃんと一緒がいいですっ」

「あ、なら私もお願いしまーす直人さーん、ローズ、ローズマリー、ですーっ」


「あ、え、えっと、はい」


男が少ないって言うから、てっきり……悲しいことに、女子校……あ、こっちじゃなくてあっち、俺がいた世界の……っていう夢の場所だと、なにがどうしてか、女子が男子化するって、ぼんやりと聞いたことがあるけど。


少なくともここではちがうようだ。


なんとなく……えっと、姦しい、って言うんだったか?


そんな雰囲気が、漂っているから。


長い金色の髪の毛をかきあげたジャーヴィス先生が……俺はローズマリーさん、と呼ぶことで決まったらしい……ソファから立ち上がって、その大きい胸を張りながら言う。


「それじゃー、私は失礼しますねー。 これからねつぞ……じゃないですねー、かいざ……んでもないですねー。 んー。 あ、そうです、直人さんの個人情報というものを、プレス、外向けに、政府向けにですけどもー。 話題にはなっても適当なところで静かになってー、ずーっと引っ張りだこにはならない軽度に作ってきますっ。 楽しみにしていてくださいねー、ではまたですよー、直人さんっ」


「……はい、ありがとうございます」

「問題ありませんのでー」


そう言い残して……あと、いい香水の香りを残して、ジャーヴィ……ローズマリー先生が出て行った。





「……あうー、私から言い出しておいてーなんだけど。 常識、世界が違うっていう直人くんに対して、私たちのここの当たり前っていうの、分かりやすく教えてあげるっていうのってとっても大変だよね………………………………うー、早咲ちゃーん、どうしよ――……これじゃあ美奈子先生も困っちゃうよぅ」


……さっきは、小さいけど頼りがいがあるかも……って、一瞬だけ考えたんだけど、やっぱりひなたさんは見た目どおりの性格らしい。


俺を見ながら考えていたかと思ったら急にべそをかきはじめ、早咲さんにすがりついている。


そういう様子を……抱きつかれているのをなだめている早咲さんを見ていると、なんだか、なぜだか……あ、やっぱり男なのかな、って感じる瞬間はある。


いや、でも、なぁ。


名前とか、話し方とか、顔とか……一人称とかは女、なんだよなぁ。


……頭が混乱しそうだ、後回しにしよう。


それに、男だったなら……そう、俺の気が休まるからとかで絶対に言ってくるはずだもんな、自分が男だから安心しろって。


でも、そんな気配はない。


だから、早咲さんは男装してはいるけど女子で。


そうだ、何も言ってきていない以上、男装している女子なんだろう、うん。


「よしよし、大丈夫ですからね、ひなた。 ……うーん、そうですねぇ。 分かりやすく……分かりやすく、ですか。 ………………………………。 ……あ、直人さん」

「なんだ……ですか、早咲……さん?」


「あは、同学年なんですからふつうに話していただいて構いませんよ? 私のは……癖、ですし。 あ、で、話を戻しますが、そちらの世界、直人さんのいらっしゃった世界の娯楽についてなのですけども。 小説、戯画……ああ、コミックとかマンガとかで通じるでしょうか? …………よかったです、あとは映画など、そういうものがある……のですよね、きっと。 それで、その題材などでですね、無人島や荒廃した世界で生き延びる……といったものは存在しますか?」


「うん、あるな。 読んだことも観たこともある、…………けど」

「それなら話は早いですね。 ……落ちついて聞いてくださいね」


と、さっきまでローズマリー……先生、が座っていた席に腰を下ろした早咲さんは、俺を見据えるようにして、真剣な表情のままで言う。


「その……無人島でいいですね。 絶海の……地形まで同じ地球というものでしたら、太平洋や大西洋の外れも外れ、まさに孤島。 そこへ、例えば男性ひとりと女性10人とが漂着したとします。 救助は恐らく来ない、他の島へでさえもたどり着くことは不可能、しかし生きていくだけの物資や設備があって、動物や病気の脅威というものはない。 そして食料などは、数世代分が……どうにかして、あります。 そのような状況で、ですね? いちばんに問題になることというのは何だと思いますか? ああ、とりあえずで誰がリーダーかとか、権力を持つかとか、病気だとかそう言った面倒くさいことは抜きにして。 ドラマチックな人間関係とかもなく、みなさんが仲良しだとして、です」


「……………………………………………………………………………………」


無人島。


男ひとりと女10人……これは、俺に合わせてくれたんだろう……そして、ずっと生きていくだけの環境は整っていて、全員の仲は良好で、平等。


そんな環境、だったなら。


……やっぱり、さっき考えたみたく。


「……早咲さんが言いたいことは分かるよ。 子孫を残していくことが最優先、だろう? 助けは来ない、求める手段がない。 だとしたら」


「はい、そうです。 直人さんにとっては……恐らく、こちらのように男女比が偏っていないのであれば、昔のように……まだまだ結婚などはずっと後でしょうから、このような話は酷、だとは理解していますが。 ……ええ。 生きていく、生き延びていく以上には、どうしてもこどもというものが必要です。 それも、なるべく早くに妊娠と出産とを繰り返して、ひとりでも多くのこどもが。 ……なら、その11人はどのようにしたらいいか? …………と、そのような感じです」


「………………………………、うん」


「はー、早咲ちゃんすごいねー、さっすが万年学年主席さんだねっ」

「いえ、それほどでも。 直人さんにもご理解いただけたようですもの」


「よくそんなに、すらすらーっと先生みたいに口が動くねぇ。 ……いつもどおりにぃ――……むぅ」

「はいはいひなたちゃん、今は置いておいてくださいな」


「むぅぅぅ――……あ、えっと、それで、早咲ちゃんが言ったみたいな感じ……かな? でね、えっと、ここではその無人島がものすごーく大きくなって地球になってっ。 つまりは世界規模で、世界中どこを見てもほとんど女の人でっ。 ……だから、女の人の社会っていうのにずいぶん前になって、ね? ………………………………男の人の価値……やな言い方だけど、それが、とっても高いの」


「価値……」


「ええ、価値、です。 戦略的に……人類としての、種の価値として、ですね。 ですから、男性と結婚して子を授かることができる、それも自然な形で……というのは、ひとにぎりの特権階級の方たち。 それと、男性自身が気に入った……せいぜいが数えられる程度ですけれども。 でも、多くて妻の数は10人から50人程度、それ以上は年に数回会えたら良い程度の薄い関係でして。 ……お分かりでしょうが、女余りというものが社会問題なんです。 人類自体の問題なんです。 女だらけ、なんですね。 世界規模の孤島なんです」


………………………………。


これで、まだ抑えているって言うことは、まだまだあるってことだよな。


知らなきゃいけなくて、しかも、俺のショックを考えてくれて抑えめにしてこれって。


……これ以上、この……どう考えても滅びそうな世界に、まだなにがあるっていうんだ。

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