6話 なけなしの覚悟

なまじ言葉が通じ友好的だからこそ困惑している直人くん。常識的に考えたら何かの演技やドッキリでしかありませんが、その「常識」が根本から違っていたら。彼は、その違っている方を信じてみることにしたようです。






「………………………………俺。 あれから、考えた、んですけど」


放っておくと、……、母さん、がまだまだいろんな説明をしてきそうだったから、いちど俺の方からも話をしてみる。


ああ、そうだ。


話し始めると……特に教えるとき、叱るときにはいつまで経っても終わらないっていうのが母さんなんだからな。


しかも、聞くところによる友だちの母さんたちとは違って、理詰めでこんこんとって感じなのがまた困るし……口を挟むとどんどん延びるっていうタチの悪いものなんだ。


だからついつい、で聞いちゃっていたけど……って思って、口を開いてみた。


だけど、俺が声を出すと、……少し警戒……いや、怯えて? いや、そんなはずはないだろうな……よく分からない表情をして、ふたりが口を閉ざして俺を見てくる。


………………………………。


ものすごく注目されている。


いちいちこういう態度取られるとなんだか腫れもの扱いみたいで嫌なんだけどなぁ……。


だけど、でも。


聞いた話がほんとうのことだったなら、ムリもないのかもしれない。


「……ええと。 ……母さん、とジャーヴィス先生は、俺が記憶をどうとか、事件がどうとか言っていて……いますけど。 俺にとってはやっぱり、俺自身の記憶、俺が昨日まで持っていたそれっていうのは正しいもの……で、俺の知っている……世界。 そう、それが俺の世界で」


もちろんあれからまったくに考えていない。


考えるヒマなんて、なかったんだから。


部屋に入るまでは知らないことばかりを聞かされて調べられ、あれよあれよと押し込められ、それからはちょっとだけ食べて寝て、起きて軽く食べて相談するためにモニターを操作したら開けられたんだもんなぁ。


そうしてそのままここに連れて来られたんだ、そんな余裕なんて欠片もない。


………………………………。


あれ。


そういやあの扉、ドアノブも鍵もなかった気が。


あの扉ってもしかして内側からじゃ、なんもできない……?


つまり、監禁……じゃなくて、軟禁ってことか?


………………………………。


……いや、なんにもされなかったんだ、とりあえずではあるけど信用しないと。


少し考え込んだ感じにうつむいてみていたけど、ふたりは沈黙のままだ。


なら、まだ頭の中がぐちゃぐちゃしているけど、でも、なにかを言わないと、またあの部屋に閉じ込められるだけだ。


「……正直、俺の知っている母さん……よりは、けっこうに若くなってますけど、でも中身はおんなじ母さん。 あなたしか知っている人も、信頼できる人もいません。 あ、もちろん親身になってくれて……くださっているジャーヴィス先生も、疑っているわけじゃないですけど。 ……で、えっと、………………かといって、部屋にあった家具とか電化製品とか見ても、見た目はそっくりでも俺の知らないメーカーのロゴとか、椅子とかの形が俺の知らない感じになっていたりして。 えっと、機能は一昔前みたいな印象でしたけど……って、すみません。 とっ、とにかく……ここが、俺の知らない世界だと、信じるしかありません。 記憶が変わっているんじゃなく、世界が変わったんだって。 俺が、こっちへ来たんだって」


そうだ。


よく似てはいるんだけど、でも、ちがうんだ。


液晶とかの操作だって、なんだかもっさりしていたし、テレビも……えっと、アナログだっけ?な感じになっていたし。


画素数みたいなものが少ない印象だったしな。


詳しくないし、ちょっと見ただけだからあくまで印象だけど。


それに、家具……インテリアって言うんだっけ?……のデザインなんかは、おしゃれな感じに揃えたならこうなるのかもしれないってものだったけど、でも、学校に置いてあるっていうのが不自然なものばっかりだったしな。


「……だから俺、おふたりを含めて、みなさんのこと、信じてみます。 もちろん、母さん……にそっくりなあなたがいるからっていうのがいちばん大きいんですけど。 でも、みなさんを疑っているままじゃなんにもできませんから。 なにより、昨日聞いたことが本当なら、俺、寝ているあいだに……その。 襲われても、おかしくなかったんです……よね? 俺、その話が本当なら……俺の世界での女みたいなんですよね? ………………………………だからこその、あの警備だったんで」


物騒な武装の人たちがいっぱいいたしな。


この人たちが俺をどうにかしようとしていたら、もう、とっくにしているはずだ。


なにせ、中からは何もできなくて外からだけ開くんだから。


……こうして安心させておいて……だとか、絆してとか。


そんなことまで考えるのは、ただの高校生な俺にはとうてい無理だ。


だから、母さんを見て……母さんに似ている人を見て、信じてみるしかないんだ。


ここまで話してもまだ俺から距離を取ろうと、いつの間にか座っていたソファにめりこむようにして座っているふたりを見て少しだけ笑いもこみ上げてきたけど、その勢いで気が楽になったから一気に言ってみる。


ああ。


この世界じゃ、男と女の関係はそうなんだな……って。


稀少な男と、大多数の女。


その関係性を考えたら、男な俺は高級なガラス細工みたいなもの。


「ですから、とりあえずで申し訳ないですけど。 あの、俺、ここでみなさんのお世話になりたい……です。 対価とか、そういうものは無理ですけど……、でも。 もしほんとうに、この世界が……俺みたいな男、っていうのが貴重なものだったら。 きっと、外に出たって……まともな生活、できないと思いますし」


1対1000。


ああいや、1500だったか。


まあ、そこまで来たらもうどっちでも変わらないだろうな。


男ひとりに対して女1500人。


バカみたいなシナリオの……えっと、マンガとかで、その逆のシチュエーションを想像したら、俺にだって分かる。


………………………………まちがいなく、「種馬」だ。


人間としての尊厳なんかない……ただただ飼われるだけの、ヒト以下のモノ。


悲しいことに、いいなと思っていたそういうものが、いざ俺の身に降りかかってみた途端どうしようもない恐ろしさって言うものがこみあげてくる。


俺なんて、しょせんその程度の学生なんだからな。


人並み以上でも以下でもない、いや、対人関係は少し以下かもしれないけど……でも、人並みの範疇ではあるだろう、ただの高校生なんだ。


だからこそ、せめて……顔見知りくらいには感じる母さん似のこの人と、この人と仲がよさそうで物騒な人たちを指揮していたジャーヴィス先生に、頼るしかない。


じゃないと、きっと、そのうち……だから、な。





「……承知したよ。 直人く……直人。 君が現実を受け入れなかったり、この話を聞いて取り乱したり、そうしてあの部屋に引きこもってしまったり……そういう男子じゃなくて、冷静に、知的に……理性的に考えられる子でよかったと、心から思う。 私、……ここの私には息子などいないし、そういう縁もなかったんだが……世話をしてやりたいと思う程度には、私の好みの考えを持った男子だ。 ああ、もちろんここの、こちらの基準で、な。 ………………………………。 ああ。 もし君の言う世界に私が行ったのなら、君みたいな男子学生たちにも教導をしてやりたかったと思うくらいには」


なんども確認されて、俺が取り乱したりなんかしない……いやだって、少なくとも今のこの状態で俺の身を考えたなら、この人たちのお世話になるっていうのが最も安全なんだし、むしろダメだって言われたら何をしてでもお世話にならないといけなさそうだから、大丈夫ですを繰り返すこと数分。


ひとしきりの毎回長い母さん……似の人と、それに相づちを打つ感じのジャーヴィス先生の会話があって。


「……なら、どうしようかローズ」

「そうですねぇー、とりあえずー」


そんなわけで、母さんによく似た人は、これもまた母さんに似て……真剣に相談をしたときみたいに俺の意志をひとつひとつかみしめるように確認していって、それでようやく納得してくれたみたいで、隣で静かにしていたジャーヴィス先生に話しかける。


ちょっと考えたジャーヴィス先生は……ぱぁっ、と。


ああ、こりゃ金髪美人とかいう見た目じゃなくても男女関係なく人気出るよな、って感じの……人なつっこいような笑顔を俺に向けてきて。


「……おーらいですっ! それじゃあ早速ですねー、この学園の裏の権力をいただいている私がー」


………………………………ん?


裏?


権力?


「できる範囲の……あ、ほとんどぜんぶですねー、つまりは総動員というものをしましてー、トーカ、あ、10日ですね、かからないうちに直人さんについての情報というものをなんとかしまーすっ。 なのでー、ちょーっとだけ待っていてもらえたらー、んー、来週っ。 来週にはお外を自由に歩くことができるくらいにはしてあげますのでー、期待していてくださいねー?」


「は、…………はぁ。 ありがとうございます」


ジャーヴィス先生は自信満々みたいだけど……逆に言えば、なんだか特別らしいこの学校……学園、の力を持ってしても、このままの状態で外へ出入りするっていうのは難しいことだっていうのが分かる。


………………………………。


……ここは、ほんとうに、どんな世界なんだよ……。


「ああ、そうだ直人」

「あ、はい、なんでしょう母……さん」


「もし……仮に、仮にだけども、君が私たちの庇護の元で暮らしていく方針を変えないのだとしたら、今教えておいた方がいいだろう事項がある。 とても、大切な、ものだ。 衝撃的ではあるだろう。 だが、しかし」

「……今度はなんですか?」


母さんが若くなって、……まるで姉さんとでも言いたくなる感じな人は、最初の頃みたいに真剣な表情をしている。


……まだなにかあるのか……?


俺、正直このままあの部屋に戻って頭を休めたいところなんだけど。


「――――――――――この世界ではな? 直人。 原則として男性は……その。 君の話を聞く限りには、君の世界では男女はひとりずつ結ばれるのが一般的のようだが、こちらでは……。 ………………………………。 ……少なくて数人。 少なくなくて数十人、多くて数百人の……ああ、これはさすがに書類と肉体関係上だが……その数の女性と、結婚することになっている」


「………………………………………………………………、は?」


「これは、よほどの事情がない限りには強制のようなものでな」

「………………………………………………………………、え?」


数人ならともかく、10を超える……100人以上の女の人と?


そんなわけ、………………………………。


………………………………1対、1500。


それに比べたら、まだ温情な方だと思えてしまう数字だ。


そう、数字。


「いずれ……たとえローズの工作がすべて成功しても、必ずにあらゆるところからの女性たち……年齢、出身を問わずにアプローチがひっきりなしに来るはずだ。 それも、彼女たちの人生をかけた、熱ーいものが、な」


「……は、はぁ……」

「だからな、直人。 私は」


「……………………………………おはなしに夢中なところごめんなさい。 失礼しますね? 先生たち、直人さん。 ……それでですね? 榎本先生。 そんなに一気に知らなかったことを教えられても、教えられる側の生徒としては困ってしまいますよ?」


「む、……野乃か」


「はい、みなさんおはなしに夢中だったようでしたので、ノックはしたのですがお返事がなく……ロー、ジャーヴィス先生が鍵を開けてくれていましたので、勝手に入ってきてしまいました。 申し訳ありません」


その声がした方へ顔を上げると……入り口の扉が開いていて、気がつかない内にかいていた汗がひんやりとするくらいに涼しい風が入ってきていた。


そして、昨日会った……野乃……えっと、早咲、さん、だったか?


普段は覚えの悪い頭を何とか使って……数時間前にあったばかりの女子の名前を思いだす。


あいかわらずに男か女か分からない格好をして、優男とでもヅカ系?とでも見えるし声だってどっちとも聞こえる彼女が歩いてくる。


ああ、あと、その下の方にはちっこいのも。


ひなた……須川さん、だったか。


「彼が私たちを信じてくれる……ことになったんですよね? なら、私たちだけでも彼の言うことを信じて。 そして、彼のペースに合わせないといけないのではないでしょうか? ………………………………ね? 直人さん?」


………………………………。


母さん似の人からの情報の嵐から解放してくれた早咲さん。


……私とか言っているし、やっぱり女……なの、か?


……微妙なところで、雰囲気とか話し方とかで女だろうって分かってはいるんだけど、なんだか妙に気になってしょうがない。


なぜかは分からないけど……熱くなった母さんは止まらないから、それを抑えてくれるだけで助かる。


それを止めてくれた彼……みたいな彼女には、感謝しないとな。


だけど、何か。


何かが引っかかる気がするんだけどな、早咲さんという人は。

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