4話 居心地の悪い空間と居心地の悪い空間


「ドッキリ……?」

「直人さん……」


「あぅぅ……かわいそう……」

「………………………………」


「……そうか、そこまで……」


………………………………。


……誰もが俺に、可哀想な人を見る目を投げかけてくる。


だから俺はまた、情けない声で情けないセリフを吐く。


「……ごめん母さん、何か俺、しちゃってたりするかな? そりゃあ成績だって……この前のは少し悪かったし、最近家事の手伝いも言われなきゃしなかったし、買い物だって渋ることも多かった。 母さんが怒る、夜更かしも多かった。 だけどさ。 だけど、………………………………もう、やめてくれよ。 もう、苦しいんだよ、俺のこと、息子じゃないとか母親に真顔で言われるのって。 そうやって、そんな目で見ながら言ってくるっていうのは。 後で情けないって笑いものになってもいいから、もうネタばらししてくれないか。 ……その。 その態度が、他人みたいなそれが、俺にはとってもキツいんだよ。 いつもの母さんに戻ってくれよ。 頼むよ。 ……俺が、知らない内になにかしていたんだったら、本気で謝るからさ」


ああ、人間って動揺すると小説とかアニメみたいなことを口走るんだな。


「…………………………………………………………………………………………」

「…………………………………………………………………………………………」


「…………………………………………………………………………………………」


「………………………………………………………………そう、ではない、んだ」


だけど。


やっぱり。


……帰って来たのは、4人分の絶句とも言える表情と、無音で。


………………………………さすがに人前では泣きたくない。


けど、どうしても体が震えて、そうなってしまいそうで。


母さん以外の人たち……女子たちと女性がいなければ、間違いなく泣いているだろう。


なんとかそれを、少しのところで踏ん張って、俺は、………………………………。


「……せ、先生たちっ、早咲ちゃんっ! あの、今日はもう遅いっていうか明日の方が近いっていうか……じゃなくて、あ、違くて、とにかくそうですしっ。 あと……直人、くん、にとって、この状況はぜんぜん知らないとこに投げ出された感じなんでしょ? こわいんでしょ? 頭ぐちゃぐちゃなんでしょっ!? ですから、だからぁ……ううぅ、ぐす」


「………………………………、そうですね、ひなた」


ぎゅ、と腰に温かい感触があったから見下ろしてみたら、ひなたさんの長い髪の毛が広がる頭が、俺の横にしがみついていて……その両肩には早咲さんの手が、優しく乗っていた。


恐る恐るで早咲さんを見ると、優しい目をしていて……こくり、とうなずいてくる。


と、ばっと起き上がって……泣き顔をぐしぐしと擦りながらひなたさんが言う。


「と、とりあえずでっ! ですっ! 今日はもう寝てもらって、明日にっ、じゃなくて朝にっ……ごはんいっぱい食べて、静かなとこで過ごしてもらって、それから続きじゃダメなんですか? 人って、いっぱいいっぱいになっちゃうと……えっと、大変なんですもんっ!? ほらっ、今の私みたいにっ」


「……そですねー、ひなたさん。 私たち、びっくりし過ぎて直人さんのこと、考えるの忘れてしまっていましたねー、これは直人さんのためなのにです。 ありがとございますっ、ひなたさんっ」


「い、いえっ。 ……せ、洗脳、とかだったりしても、先生ならもっと詳しく知っているんでしょうけど、あの、暗示とか、下手にするともっともっと深くなる?とか聞いたことありますしっ」


「………………………………たしかに須川の言うとおりだ。 ごめんな、少年……じゃないんだったな、直人くん。 ……いや、今は直人、と呼んだ方が良いのかな」


「…………………………………………………………、はい。 お願い、します」


母さんから、ようやくいつもの呼び方で呼ばれただけで……たとえ、俺のことを完全に忘れていたとしても、忘れたフリをしていたとしても……でも、やっぱりそれだけでほっとしている俺がいる。


体の震えも、それだけでぴたっと止まった感覚もある。


………………………………。


だって。


だって、俺の、母さん……だからな。


とても口にはできないけど……でも、なにかあったときに頼れるのは、母さんだ。


俺には父さん、もう、いないしな。


たったひとりの肉親だから。


だからこそ。


「ほう……、なら、そうしよう。 建前上も私の血縁ということにした方が、君、いや、直人くんにとっていいだろうな。 ともかく、このちっこい」

「先生? ひなたちゃん、気にしているんですよ?」


「……こほん、気配りのできる須川の言うとおりだ。 今夜はもう寝てもらい、また明日……充分に英気を養ったところで、精神的にも落ち着いたところで改めて話そうと思うんだけど、どうかな?」


「母さ、……はい、お願いします」


ドッキリ……で、あってほしいけどな。


今でなくたっていい。


明日の朝、そこの宿直室とかで寝ているところをいきなり起こされ、カメラが回っている状態でドッキリでした、って言ってくれたら。


そう、……どんなにいいか。


なあ、母さん。


「よし、それでは空いている男性用の部屋と警護を至急用意して……………………」

「おーらいっ、任せてくださいみなこさんっ! ……あ、もしもしー? 私ですー」


………………………………。


ん?


また俺の頭がおかしくなったのか?


警護?





「……そーりー、あ、ごめんなさいねー、こんな時間にコールをかけてしまいまして。 でもー、絶対に情報を漏らさなくて、それでもって万が一にも男性を襲わない、そのくらいなら……という方たちは、あなた方くらいですからー。 一般の方たちはムリですものねー?」


「いえ、問題ありませんジャーヴィス博士。 我々は24時間待機しております。 それに、研究所からの移動だけでしたので待機の隊員たちを叩き起こす程度で済みましたゆえ」

「部下さんたちはお大事にねー?」


「無論であります。 ……それでは、これからそちらの彼を警護致せばよろしいので?」

「はいー、よろしくお願いしまーす。 ……セキュリティは最高がいいですよー?」


「承知致しました、博士」


……………………そんな会話が響いているここは、俺の知っている校舎じゃない。


校門から一直線な校舎の入り口から続いて、渡り廊下で繋がっているふたつめの校舎とその横のグラウンド、その先の部室棟まではおんなじなんだろう。


けど……つい数日前には学校を囲むようにして俺の背丈ほどのフェンスがあって、園芸部とかの植物があった空き地になっているスペースがあったっていうのに、それがなくなっていて。


そして、さらにはその先の住宅地ってのもなくなっていて……バカでかくていかめしい、フェンスのがっちりしたのが2階……いや、3階くらいまでかな……っていうものがあって、周りの家がぜんぶなくなっていて。


……校舎の灯りだけだから確実じゃないけど、でも、多分合っているはずだ。


で、そんな場所にそびえるのは明らかに学校に合わない感じのコンクリートな建物だ。


しかも校舎からそこまで廊下作られていて、俺はそこを歩かされていて……その先にフル装備みたいな感じの、映画とかで出てくるような武装をした人たちがいたんだ。


端的に言うと戦場の兵士って感じの。


………………………………そして、ぱっと見て分かるとおり、みんながっちりした体とアーマーこそつけているものの、声も、体つきも……女性だ。


……あんなにでかい銃持っているの、こわいんだけど。


というか、あんなにごつくて長いのは銃って枠組みなのか?


「では、今の通りに。 各班状況開始だ。 警戒レベルは「4」……今のところな。 レベル5は許可が下りなかったらしいが……いずれ下りる。 そしてこれが当面は続くだろう。 また、不測の事態に備え、α隊とβ隊は敷地周辺、他は学園内に潜伏し、速やかに警戒態勢を整えよ。 なお、今作戦はできるだけ発覚が遅れるよう隠蔽を最優先とする。 緊急時には自己の判断で交戦も……」


隊長さん……と思しき人は、女の人なのに野太い声で、これもまた映画みたいな台詞を口にして……たぶん外を走っているんだろう、他の兵士の人たちにも小さなマイクみたいなもので命令し……何人かだけをここに残して、ジャーヴィス先生たちや俺に敬礼みたいなものをし、走って行った。


「どうですかー? これで少しは安心できましたかー? この学園の誇る精鋭のみなさんですよー?」

「………………………………え、ええ……」


むしろ怯えさせられただけな気がするけど、言わないでおこう。


「それはよかったですねー。 ……で、直人さん。 これで、よっぽとのことがあっても、あなたを安全な場所に逃すくらいの時間は稼げるはずですー。 安心して寝てくださいねー。 睡眠こそが全てですよー」


「そういうことだ、直人。 少なくとも数日は何も、起きることすらないはずだ。 安心して眠ってくれ」

「母さ、……えっと、榎本先生?」


「ああ、君の気持ちが休まるのなら、母さんで構わないよ。 話し方も自由でいい。 私も、できることなら君のような息子が欲しかったところだからね……と。 君は起き抜けだろうから実感が湧かないだろうけど、もう夜更けだ。 これから……浴びたければシャワーや風呂で疲れを取り、用意してある軽食でも口にしてぐっすりと寝るといい。 何、部屋に入れば分かるだろう」


俺から1メートルくらいは絶対に離れるっていう、ここに来てからの他の人たち……ああいや、須川ひなたさんと野乃早咲さんは別か?……と同様に、母さんとジャーヴィス先生は俺から距離を取ったままここへと案内してきて、さっきの会話をして……いかめしい建物の中をずっと歩き続け、エレベーターで上がった先にあるドアを指す。


「私たちが君を……いや、直人、を起こすことはない。 ローズ……ジャーヴィスが言うように睡眠は何よりも大事だからな……存分に寝坊してくれ。 何しろ、今日は大変だっただろうからな。 そうして明日……ああ、時間は指定しないよ、なんなら昼過ぎでもいい、起きてひと息ついて、外へ出られそうなら。 ………………………………あるいはなにかを思いだしてしまったら、部屋の中にあるモニターを操作して知らせてくれ。 それか、そこここにあるだろう赤いボタンを押すのでもいい。 私たちが入ることはないから説明はできないが……見たら分かると思う。 スマホやタッチパネルの操作、というものはできるかな?」


「え、ええ」


「それはよかった。 ではな、直人。 ゆっくり休んでくれ。 ……お休み」

「直人さん、おやすみなさいですよー」


促されるままに開けられていたドアからその部屋に入ると、後ろから声をかけられ、振り向いたときには扉が……これもまた、映画みたいに左右からのスライドなやつだ……閉まり、カチャンカチャンカチャンと鍵がいくつか掛かる音がした。


途端にしんという静けさで耳が痛くなる。


………………………………。


閉じ込められた、……とは、考えたくないな。


だけど、なぁ……。


室内を見渡すと、そこもやっぱり画面越しに見たことがあるような、スイートルームって感じのバカでかい空間。


高級マンション……あるいはホテルの、そういうものみたいな感じ。


さっきの物々しさから一転、素人目からしてもひとつひとつが高そうな設備が揃っている。


絨毯だってふかふか……あれ、これって靴は……脱ぐべきなんだろうか? ……だし、天井は高くて羽がくるくると回っているし、小さいけどクラシックがかかっているし、大理石か何かでできていそうなテーブルの上にはバイキングみたいにたくさんの食事と……酒まである。


いや、軽食だって言っていた気がするんだけど?


と言うか、俺、未成年だから酒なんて置いたらダメじゃ?


もちろん呑みやしないけどさ。


………………………………。


……結局靴を脱いで、柔らかすぎて歩きにくいくらいの絨毯を歩き回り、ここがリビングと寝室と風呂トイレ完備な、ひと晩何万とか行きそうな部屋って分かった。


いや、それ以上しそうな感じがするけど、金銭感覚が庶民だから分からない。


でも、ここにいるっていうだけで緊張しそうな……ソファひとつとっても新品で、腰掛けたら悪い気がしそうな家具とかを見たら、とても母さんとの旅行で行くようなランクのところじゃないっていうのだけは理解できるんだ。





俺は浴槽までバカでかい風呂を後にして、慣れない新品のパジャマを着たまま寝室へとさくさく歩いて行き……ベッドへ倒れ込もうとして、これもまた柔らかすぎるんじゃないかと手で押してみると、予想どおりだったことに、軽くため息が漏れる。


俺の部屋のベッドみたいな調子だったら気楽だったのにな。


「………………………………………………………………、はぁ――……」


何をするにもため息が出る。


………………………………早く、寝よう。


寝てしまおう。


俺はベッドの布団を……なんでホテルのとかって、足の辺りに邪魔なもんが横に敷いてあるんだろうな、どうせすぐに落ちるのに……はぎ取って、持ってきた制服を近くのハンガー掛けって言うのか? ……に掛けると、ふかふかすぎるベッドへと体を滑り込ませる。


と、灯りはどうしたら?


……ああ、枕元に謎の機械が。


感覚で操作して、灯りを足元だけ……これだけは消し方が分からなかったんだ……にして、ついでに音楽も止め。


ようやくに暗くて静かで、俺が寝る前だった環境になる。


………………………………………………………………………………………………。


ああ、静かだ。


……静か、だけど。


さっきの母さんの態度も、他の人の反応も。


話されたこととかも、聞かれたこととかも。


俺には、なんにも分からなかった。


理解できなかった。


……いや、うっすらとは理解しているけど、でも。


ああ、そういえば地面に寝ていたから背中が痛むのか、とか思いつつ寝返りを打つこと数回、少しずつ眠気が頭を支配してきた。


さっき、起きたばっかなのにな。


………………………………。


……俺の知っている、俺が通っている学校……いや、学園とか言っていたっけか……の生徒らしいふたり。


俺を助けてくれたひなたさんと早咲さんっていうふたりも、見たことすらない。


ジャーヴィス先生も廊下ですれ違った程度。


直接に知っているのは、母さんだけだ。


だけど、その母さんも。


…………………………………………………………………………………………。


………………………………………………………………これが夢、だったらなぁ。


これが、みんな、タチの悪い夢だったら嬉しかった。


けど。


夢にしては……この、ベッドの感覚も、知らない部屋の匂いっていうものも、なにもかもがリアルすぎるし、なぁ……。


そう、考えているうちに俺の意識は沈んで行った。


もういちど起きたら、いつものように母さんに叩き起こされますように。


そう祈るようにしながら。






何やら物騒な会話と、超高級ホテルみたいな部屋と。ようやくプロローグが終わりました。肝心のもうひとりな主人公のTSっ子が現れるまで12話ほどです。長いですが、必要な長さですのでご承知置きくださいませ。

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