第3話

 給料日が来た。しかも今日は金曜日。自然と気持ちが浮き足立ち、身に入らない仕事が輪をかけて身に入らない。定時が近づくと、リストラ候補の二人がにやけ顔でやってきた。

「今日、行くか」

「おう。酒と女、どっちだ」

「両方にきまってるでしょ」

 二人のにやけ顔が伝染する。「了解」

 定時になると、俺たちはそそくさと仕事を切り上げ、ATMへ位って軍資金を降ろし、近くの居酒屋へ向かう。軽く飯と酒を飲み、ここでもそそくさと切り上げて外に出た。三人の足は当然の如く風俗街へ向かっていく。

「さて、今日はどこへ行こうか」

 いつの間に仕入れてきたのか、高村が風俗系の雑誌を開いている。

「手堅くデリヘルで行こうか、それとも激安ソープで運試ししてみるか」

 高村の口から決して〈高級〉という言葉が出てこないのが、安心すると同時に哀しくなる。

 あれこれ議論した末、手堅いところで前回行ったソープに決まった。浮き浮きしながら歩いて行く。

 ドキドキ、ドッドッドッ、ドドドド。

 思わず立ち止り、胸に手をやる。

「どうした」

 高村と大崎が、不思議そうな顔をして振り返る。

 ドドドド、ドッドッドッドド。

「悪い……。ちょっと電話をかける用を思い出した。後から行くから先に行っててくれよ」

「了解」

 高村と大崎は、少々不審そうな顔をしながらも、歩き出した。

――おいっ、一体どういうつもりなんだ。人の楽しみに水を差すんじゃねえよ――

 ドドドドド、ド。

――だからさ、何が言いたいんだって――

 ドッ、ドッ……。

 一瞬めまいがして、思わずよろけそうになる。

――馬鹿野郎。お前、止っただろ。俺を殺す気か――

 ドッドッドッドッ。

――俺に何をしろって言うのさ――

 訳がわからないので、一旦元来た道を戻ることにした。不整脈が止った。どうやら正解らしい。

 交差点へ差し掛かった時だ。

 ドッドッドドドド。

――なんだよ。ここで曲がれって言うのか――

 ドドドドド。

 左へ体を向ける。

 ドドッ、ドドドド。

 右へ向ける。

 ……。

 右へ曲がれということか。歩き出す。

 コンビニの前を通り過ぎようとしたときだ。

 ドキンッ。

 一瞬大きく鼓動する。

 ここに入るのか?

 ドッ、ドッ、ドッ。

 規則正しく鼓動するのが同意の合図だとわかってきた。俺はコンビニへ入った。喉が渇いていたので、とりあえず飲み物の入っている棚へ行く。

 ドドッ、ドッドッドッ。

――なんだよ。違うのか――

 パンのある棚へ行く。

 ドッ、ドド、ドッドッ。

 これも不正解。

 弁当の棚。

 ドンッ、ドドドドッ、ド。

 これもだめ。

 文房具。

 ドッドド、ドッ。

 コーヒー。

 ドッ、ドッ、ドドドド。

「俺に何をさせたいって言うんだよ」

 いらついて、思わず声に出してしまった。店内にいた人たちが、奇妙な目で俺を見た。恥ずかしくて視線を逸らす。

――なあ、俺は早くソープに行きたいんだからさあ、用があるならチャッチャッと済ませてくれよ――

 ドッドッ、ドドドドドドドドドドドド。

――怒るなよ。俺だって努力しているじゃねえか――

 視線の先に雑誌の棚があった。

 ドッ、ドッ、ドッ、ドッ。

 やれやれ、これかよ。俺は棚から雑誌を手に取る。

 自動車系。

 ドド、ドッ、ドド。

 マンガ。

 ドッ、ド、ドドド。

 アイドル。

 ドッ、ドドドッ、ド。

「ったく。何とかしろよ」

 思わず呟き、また他人の視線を気にしてしまう。

 週刊誌を手に取った。

 ドッ、ドッ、ドッ。

――これか――

 ドッ、ドドド。

――同じ週刊誌でも違う雑誌か――

 ドッドッドッ。

 隣のライバル紙をてにとってみる。

 ドッ、ドッ、ドッ。

 これが正解か。パラパラとページをめくってみる。

 ドキン。

 手を止め、ページを戻す。

 ドッ、ドッ。

 行き過ぎか。一枚ずつ戻っていく。

 ドキン。

 手を止めた。見出しを見て唖然とする。

〈スクープ! 俳優仲川亮一郎(享年五十歳)。死因は腹上死だった〉

――お前……。俺がこんな風になるのを心配していたのか――

 ドキンッ。

――そんなの起きるわけないだろ。心配しすぎだぞ――

 ドンドンッ。

――もちろん百パーセントないとは言えないよ。だけど、気にするほどの大きい確率じゃないぜ――

ドンッ、ドドドッ。

――だいたいお前さ、なんでこんな記事を知っているんだ――

 ……。

――無視かよっ――

「ったくよ……」

 雑誌を棚に戻し、コンビニを後にした。既に気持ちは萎えている。高村に電話をして、急に用ができて帰ると告げた。

 ドキン。ドキン。ドキン。

 満足したのか、ゆったりした鼓動が響く。

「野郎……」

 腹立ち紛れに拳で思い切り胸を叩いた。

 「うっ」

 一瞬息ができなくなり、しゃがみ込んだ。胸に痛みが広がる。

 ドッドッドッドッ。

 クソ……。また笑ってやがる。

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