第147話 その7

 護邸はそう言ったが、1分もたたないうちに自分も悶絶するはめになる。


 ひと切れ口にしてはワインを飲み干し、またひと切れ口にしてはワインを飲み干す。

 あと3枚、あと2枚、あと1枚しかないぃぃ、

2人は官能の世界から別れを惜しむように、最後の赤ワインを飲み干した。


 まるで事後の男女のように、恍惚の表情でぐったりとしている2人。テーブルの上をウェイターが片付けると、最後のデザートが並べられ、フィンガーボールも置かれる。


蜂蜜酒ミードとドライフルーツのミックスです」


「みーど?」


「蜂蜜でできた酒だよ」


「なんだか甘そうですね」


蜂蜜酒のグラスを同時にとると、自然にグラスの端同士をコツンと当てて乾杯の行為をした。


「甘~い」


「蜂蜜酒は辛口のもあるけど、これはかなり甘いな。なるほどこれはデザートだ」


ドライフルーツをつまみ、口に入れて蜂蜜酒を含む。ドライフルーツの酸味と蜂蜜酒の甘味が合う。


ミードグラスを指先で撫でながら、千秋はうっとりとする。


「デザートに口説かれているね」


あまり甘味が得意でない護邸は、千秋の様子を見て楽しそうに微笑んだ。




 最後のドライフルーツをつまみ、蜂蜜酒を飲み干すと、ナフキンで口もとを拭く。


 テーブルの上を片付けられ、クロスを取り替えられると、コーヒーカップのセットと保温機能付のサーバーを置かれ、スタッフ全員が部屋から出ていく。


「楽しんでもらえたかね」


「ええ、とても素晴らしい体験でした」


千秋は、コーヒーカップを取り上げると、護邸のと自分のものにコーヒーを注いだ。




「ところで、最初の話を覚えているかね」


「なんでしたかしら」


「ここの秘密は守られるかどうかだよ」


「ああ」


「ここの料理を2度と食べたくない、なんて思うかね」


「いいえ、正反対ですわ。なるほど、そういう訳ですか。お店の名前の意味もわかりました」


「そう、ミダスはミダス王の事だ。神に頼んで、触れるものすべてを金に換える能力を手にいれたミダス王」


「しかし、そのために食べ物も触れた途端、金に換わった為に、ひもじい思いをしたという逸話」


「ミダスの事を話せば、いくらか報酬を手に入るかも知れない、だが2度と食べられなくなる、そういう意味だ」


体験するまで、そんなバカなと思っていたが、こうなってはもう信じるしかない。

 千秋自身も、この店の事は喋らないだろう。と、同時に、ここに来るには護邸に連れて来てもらわなければならない、護邸に逆らえない理由ができてしまった事に気がついたのだった。

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