第142話 その2
千秋が中に入ると、そこには護邸がいた。
「時間どおりだね、ようこそ」
コートを別のタキシード男に脱がしてもらいながら護邸は千秋に話しかける。
あまり詳しくない千秋でもひと目で上等だとわかる生地で、ダークグレーのスリーピースのスーツが似合っていた。
千秋にはタキシード姿の女性が近寄り、コートをお預かりしますと言われつつ脱がしてもらう。すみれ色のロングドレス、胸元が大きくあき、腰までスリットが入っている。土曜の時と違うのは腰にゴールドカラーのチェーンが巻かれているところだ。
「ふうん、それが例のドレスか。たしかにステキだな」
得たいの知れない状態で言われても嬉しくともなんともない。千秋は能面の様な顔のまんまで、軽く頭を下げた。
「常務、いったいどういう事なんでしょうか」
千秋の質問に答えず、ウェイターに案内され隣室へ進む護邸を追いかける千秋。
隣の部屋は豪華な洋風の造りで、中央に白のクロスをかけられたテーブルに、対面する形で椅子が置かれていた。
その片方の壁には大きな窓があり、外の景色が見える。夜景が綺麗だ。
もう片方の壁は何もないが、壁の手前に水槽が腰まである台の上に置かれていた。
護邸は奥の椅子に座るように千秋に言うが、遠慮されたので自分が座り、千秋も対面の椅子に座る。
ウェイターがテーブル前まで来ると、半透明の袋を2つテーブルの上に置く。
護邸が自分のスマホを取り出すと、ウェイターに渡す。
「君も出しなさい」
千秋もポシェットから取り出すと、ウェイターに渡す。
ウェイターは半透明の袋に1つずつ入れて口を閉めると、それを部屋の中にある水槽に入れた。
千秋は慌てたが、袋は沈まずにまるで魚のように水中を漂いはじめた。
ウェイターはちゃんと防水出来ているのを確かめると、2人に正対して会釈をして退室していった。
部屋に2人きりになると、護邸は口をひらいた。
「ようこそミダスへ」
「ミダス?」
「この会員制レストランの名前だよ。会員になるには厳しい審査と条件がある、その代り絶対秘密を守られる」
「これからどなたかみえられるのですか」
「いや、君と私だけだ。ああ、そうか、すまない、1つ訂正だ」
「何をです」
「君がもてなす、ではなく、君をもてなすのが今夜の趣旨だ」
「私をもてなす、ですか?」
「それ以外は言ったとおりだ、食事と会話だけだよ」
「いったい……」
護邸の意図がわからず、千秋は困惑していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます