第143話 その3
音もなくウェイターがワゴンとともに部屋に入り、ワインの入ったワインクーラーとグラスを2つ持ってくる。
「白のワインが好みだったね。今日の料理は白ワインに合わせたコースにしてあるから、楽しんでくれたまえ」
護邸はにこやかに話す、千秋はこんな表情の護邸を見るのが初めてだったので、さらに困惑する。さすがにたまりかねて詰問するように訊く、
「常務、いったいどういうつもりなんです。本当の目的はなんなのです」
千秋の様子に、護邸は楽しそうにこたえる。
「少し芝居がかっていたかな、順を追って説明するよ。このミダスという店は秘密クラブでもあってね、会員以外は場所も存在も知られないようになっている。それ故あのようなかたちで来てもらった」
「秘密クラブですか」
「メンバーはどのような方がいるか、私も知らない。知っているのは、私をここに紹介してくれた方だけだ」
「何故そのようなところに私を」
「ここに連れてくるのは、その人を信用できる人だけでね。秘密を漏らしたり、この店の存在を話さないと信じられる人だけを連れてくるんだ。ちなみに君がそれを外部に漏らしたら、連座制で私と私を紹介してくれた方も退会させられる」
つまり、それくらい護邸は千秋を信用していると言いたいらしい。それはそれで千秋は困惑するのだが。
「しかし、言っては何ですが、それくらいでは秘密は守られないでしょう。何かの拍子についポロリと言ってはしまいませんか」
「それは料理を食べたらわかるよ」
護邸は合図すると、ウェイターによりカトラリーと皿がテーブルの上に並べられ、料理を運びこまれた。
「3種の野菜によるテリーヌでございます」
赤黄緑の三色がタイル状になっているテリーヌがそれぞれの皿に鎮座された。どうやらフレンチのコース料理のようだ。
ウェイターの後にソムリエが続き、ワインを抜栓して2人のワイングラスに注ぐ、淡い黄金色がグラスに満たされる。
護邸が自分のグラスをとると、続いて千秋も自分のをとる。
「とりあえず、コンペの成功に」
ぶつけずに、掲げるだけの乾杯をすると護邸はグラスを口につけた。護邸が飲んだのを見てから千秋も飲む。それを見た護邸はくすりと笑う。
「用心深いんだな」
「上司より先に飲まないだけです」
千秋はそう言ったが、本当はワインになにか入っていないかの用心だった。しかし、そんな疑いも吹っ飛んだ。
(なんて美味しいワインなのかしら、こんな美味しいのはじめて……)
千秋は自分の警戒心が綻びはじめるのを気づかないでいた。
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