第140話 その5

「あの頃から人懐っこいというか社交的だったよね、人種も性別も気にせずに色んな知り合いや仲間をつくってさ」


「その時の人脈と経験が、今の仕事に活きているのさ。千秋だってその1人なんだぜ」


「それはどうも」


「しかしまさか世界的企業のエクセリオンで働いているとはねぇ、連絡もらった時はビックリしたよ。どういう経緯でそうなったんだい」


「あなたと同じ。人の縁よ」


 千秋は、出されたインスタントのコーヒーを ひと口飲む。ステンレス製のマグカップに鴨の図案がある、キャンプ用の物だ。


「もう旅には出ないの」


「もういい歳だからね、ふらふらしているとまわりが煩いんだ」


「うちもそうだった」


「だから今は大人しく、国内キャンプにシフトしている」


千秋はそう言われて、目の前の男を見る。


 商用で出かける為か、来客の為かは知らないが、個人事業主らしいデザインのスーツ姿でいる。

しかし、男のオフィスはところ狭しとキャンプ道具が置かれている。今使っている机と椅子もキャンプ道具だし、室内にテントが設営されて、テントの中には寝袋まである。あそこで寝泊まりしているのだろうかと千秋は思った。


「そういや、あの頃仲良くしていたアメリカ人がいたじゃない。その後どうなったんだい」


「あー、いろいろあって、今は連絡とってないわ」


「別れたの」


「それ以前につきあってないわよ、まあ悪い人じゃなかったけど」


 ふたたびコーヒーを飲む千秋に、あまり触れてほしくない空気を感じ、男は話題をかえる。


「しかし、コンペがそんな事になっていたとはねぇ。例の課長さんも、そんな魂胆で顔を出したのか」


「推測だけどね、たぶん間違いないわ」


「だったら、オレもその手を使わせてもらおうかな」


「どういう意味」


「そのライバル社の商品、買い叩いて仕入れてやるんだ。で、それを千秋のところに売る」


「いいじゃないそれ、上手くいったらお互い利益が増えるし。やんなさいよ」


 千秋は男と最終的な打ち合わせをすませると、最寄りの地下鉄駅から金山総合駅に向かい、JRに乗り換えて自宅に直帰する。


「ただいまぁ」


誰もいない家に帰宅の挨拶が響いた。

 玄関内側脇にある予定表を見ると、祖母の今日の予定は料理教室と書いてある。


「そっか、今日はおばあちゃんがいない日だっけ」


 千秋は自分の予定を書き込むと、部屋に入り身支度をはじめる。整うと蛍のところに向かう。


「あ、千秋。用意できているわよ」


「ありがと」


 打ち合わせの帰りに、蛍に預けておいたドレスを今日また着ると連絡しておいたのだ。

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