第92話 その3

「異動になった理由は何でしょう」


「分かりかねます。ですが仕事上の落ち度は無かったとは言えます」


「仕事上の落ち度は無かったのに、本社社長秘書から企画課主任に異動ですか」


「はい」


なにこれ、横領の事とは何にも関係無いじゃない、と千秋は思った。


 千秋が異動した理由は誰も知らない。ただ、アメリカ本社から半ば強引に受け入れるように言われたのだ。その事だけは皆知っているので、経歴の確認をかねて興味本位の質問となってしまっている。


「企画3課に異動してからの仕事は何でしたか」


「主に他の企画課のデータ整理をしていました」


「企画3課としては、つまり企画3課独自の仕事としては何をしていましたか」


「ほぼしていませんでしたが、今月、3月になってからはプレゼンをしています」


「していますという事は、今もですか」


「はい」


「他には何もしていない」


「企画3課独自としてはそうですが、他の企画課のデータ整理という業務はしていました」


この返答に、チッという表情をしたのが数人いたのを千秋は見逃さなかった。


あぶないあぶない、まずは軽いジャブといったところか。 この質問のおかげで、企画3課を全員リストラさせるという護邸常務の言葉が真実味をおびてきたなと千秋は思った。


「議長」


常務の一人が手をあげる。


「大鳥常務、どうぞ」


常務席の真ん中にいる大鳥常務が千秋に向かい質問をする。


「佐野主任、今日君がこの会議に喚ばれたのは、君が横領をしているからだと分かっているかね」


いきなり決めつけるように言う。


「いいえ、なぜなら私は横領をしていませんので」


「とぼけるんじゃない、君がやったという証拠は揃っているんだ」


「お言葉を返すようですが、私の業務では会社のお金を使う機会が無いのです。せいぜいコーヒー代か食事代くらいですが、それすらも自腹でやっていのです。ですから私はしていません」


千秋の反論に、大鳥常務の顔は真っ赤になりこめかみがピクピクしている。どうやら激昂しやすい人物らしい。

その様子を察したらしい諸星専務が声をかける。


「大鳥くん、落ち着きたまえ。いきなり決めつけるように言われたらムキになるのは当然だろう、ましてや女なんだから。君が大人になりたまえ」


「は」


一見、大鳥常務をたしなめたようだが、諸星専務もさりげなく軽視する発言をしている。千秋はそれを見逃さなかった。

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