第10話 その2

 ふう、とため息をつくと常務は立ち上がり、手元にあったファイルを千秋に見せた。そこには領収書の束があり、1回あたりかなりの金額が使われていた。そして利用者の名前は、佐野千秋と書かれていた。


「ちょ、ちょっと待ってください。なんですかこれは、こんなの身に覚えが無いです」


「これだけじゃない、使途不明金がかなり企画3課で使われている」


「私じゃ無いです、配属されてたかだか半年で、こんなことできるわけ無いし、する理由がありません」


 護邸常務は千秋をじっと見る。千秋も負けじとにらみ返す。しばらく後、


「まあそうだろうな、だが、君じゃない証拠は無く、君だという証拠がある」


手渡されたファイルをあらためて見ると、自分が配属される前の日付の領収書もあった。明らかに改ざんされた物だ。

 だが、いちゃもんつけようと思えば、いくらでもつけれる。ましてや千秋を追い出そうとする奴等なら、ゴリ押ししてでも証拠にするだろう。


誰がこんなことを……


企画3課の者しかできない、課の誰が?

私以外の全員? そんな仲がよかっただろうか。

一色くん? 塚本さん? ありえない。

こんなことをすれば、一色くんはアメリカ行きがフイになる。塚本さんは退社だ。

何より、接待なんて塚本さんには出来ない。


結局のところは分からないけど、間違いなく断言できるのは、課長が関わっているという事だ。


頭に血が上った。怒りで身体がわなわなと震えた。


「落ち着け、感情的になったら相手の思うツボだぞ」


護邸常務が諭すように言う。何故こんなことを言うのだろう、この人だって私を追い出したい筈なのに。


「常務は、私をクビにしたいのではないのですか」


「君は辞めたいのかね」


「辞めたくありません、正直、こんな事をする奴等に関わりたくないです、けど、やられっぱなしなんて性に合わない、せめて一矢報いたいです」


千秋は叫ぶように、常務に答えた。


「ならばどうする? どう一矢報いる」


「横領の濡れ衣を晴らし、コンペを成功させます」


護邸常務は、黙って目を閉じ考える。しばらくたって目を開けると、もとの自分の席に戻った。


「コンペは来週の月曜だったね、ウチの定例会議も月曜だ。横領の件は、経理部からの話で、それは定例会議で議題として提出される」


護邸は、千秋に命令するように言う。


「来週の月曜の朝までに、横領の濡れ衣を晴らして、コンペを勝ち取る。やれるな」


「はい」


「出来なければ君だけでなく、企画3課全員がクビとなる、失敗出来ないぞ」


「わかりました」


千秋は、一礼すると、文字通り部屋を飛び出していった。

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