第9話 濡れ衣なんか着られない

「大丈夫よ、任せておきなさい」


 ストレッチが終わり、千秋はシャワー室で汗を落として、蛍に挨拶して帰宅した。


 翌日木曜日


「時間よ、起きなさい」


 毎朝6時に、千秋は祖母に起こされる。寝ぼけ眼で食卓に着くと、祖母手作りの朝食を摂る。


「お母さんは?」


「会議があるって、もう出かけたわよ」


ふうん、と応えながら朝食をパクつく。今朝は、ご飯に豆腐とワカメの赤だし、それに練り物の煮付けに柴漬け、メインはハムエッグだった。

 食べ終わり、身支度を整え、自宅を出る。

尾張壱ノ宮駅までは健康の為、歩いていくのが日課だ。電車に揺られ、名古屋駅に着くと、ふたたび徒歩で会社に向かう。


 じつはいつもより早く出社した。なぜなら課長に捕まったらまた嫌味攻撃を受けて時間を無駄にするからだ。だから早めに出社して、外回りのサインを残してすぐ出かけるつもりだった。


「おはよう」


なのに課長はすでに出社していた。


 一色が出社し、塚本が定時に席に着くまで、すでに嫌味攻撃は30分続いていた。2人はいつも通り、他の課のデータ整理をはじめる。

 10時近くになったが、まだ続いている。聞きたくないのに聞こえてくるから、千秋だけでなく一色も塚本もうんざりしていた。


 すると、企画部フロアにひとりの女性が入ってきた。護邸常務の秘書である。


「失礼します、課長、護邸常務より佐野主任を連れてくるようにいわれました。お借りして宜しいでしょうか」


 課長は苦い顔をしたが、どうぞとこたえた。

 やれやれ地獄に仏とはこの事か、と千秋は思ったがよくよく考えれば、今度は常務が待っているのだった。鬼から閻魔様か、地獄には変わらないな。そう思いながら課長に一礼すると、秘書の方に向いた。


「常務より、領収書の件で話があるとの事です」


領収書? 千秋には心当たりは無かった。だが、まわりの空気は明らかに変わった。一色も塚本も課長も硬直したまま動かなくなったのだ。

 よくわからないまま、千秋は常務の部屋に向かった。


 秘書に案内され常務の部屋に入ると、護邸常務は、秘書に外で待っているように伝えた。

 セクハラ対策の為、男女2人だけで密室に入らないように、会社の決まりがあるのに変だなと千秋は感じた。


「佐野主任、こちらに配属されてどのくらいになる」


「そろそろ半年になると思います」


「その間に接待は何度やったんだ」


はあ? 接待? 千秋は常務が何を言っているか分からなかった。


「接待などというものは1度もしたこと在りません 」

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