第5話

 水曜日、千秋は出社早々、外回り名目でさっさと出かけた。どうせ昨日はどうしたと、課長が絡んでくるだけだし、そんなことで半日無駄にするなら、帰宅間近の時間を無駄にした方がましだと思ったからだ。


 会社から離れたとあるカフェに入り、昨日の会話を思い出していた。

昨日の午後は、仕入先メーカーに行きあらためて話し合ってみたが、やはり全ての条件はギリギリだった。


「千秋の担当だっていうから頑張ったんだぜ、本当にこれ以上は無理だよ」


「わかってる、ゴメンね無理言って」


「しかし2割安くねぇ、そこのメーカーは知っているよ。贔屓目無しで言うと、うちが仕入れたメーカーとそう変わらない筈だぜ、儲けが無いどころか下手すりゃアシが出るはずだがなぁ」


「やっぱり有り得ない数字なんだ、どういうつもりなんだろ」


「儲け無視で取引をもぎ取って、後から利益回収するつもりか、それとも別の狙いがあるかだな」


「別の狙い?」


「そこまでは分からないよ。うちが言えるのは、これ以上条件は変えられない。それだけだ」


「うん、わかった。ありがとう、別のアプローチ考えてみるわ」


「勝ち取るのを願っているよ、お互いの利益のためにな」




 注文したアイスコーヒーが届き、ガムシロップを2つ淹れてストローでかき混ぜる。ひと口飲んだところで、また思考に入りこんだ。



 昨日の一色君の質問は鋭かったな、核心をついてる、まえから思っていたけどあのコはできるコだ。けどなにか秘密というか隠し事がありそうな感じだな。


 塚本さんは始業10分前に来て、終業時間ちょうどに帰る、一見仕事に無気力な感じけど無遅刻無欠勤で仕事もミスはほぼ無い、他に難を言えばコミュニケーションが出来ないことか。


 そこまで考えたあと、アイスコーヒーを半分程飲み、また思考に入り込む。


 本社の派閥争いに巻き込まれて、本当はクビになるところを、日本支社にとばされて降格した。ということでこっちに来て半年。とりあえず大人しくしていたけど、今回の無茶振りの件は、おそらくというかたぶん間違いなく、あいつらの仕業だな。そうまで私をクビにしたいのかと呆れたし、さすがに腹が立った。やられっ放しじゃ面白くない、なにがなんでもこの仕事、成功させてやる。


 アイスコーヒーはほとんど飲んで、グラスには氷水だけになっている。


 おそらくこの無茶振りは、あいつらと繋がりのある上層部からだろう。護邸常務ではないかと思う。護邸は企画部担当だからだ。

 企画部の3つの課のうち機能しているのは2つ。3課はほとんど仕事が無い、だから昨日は半日もネチネチ言われたのだ。となると課長も仕事を成功させる気はない、むしろ失敗させる気か。


「どうやって成功させるのよ~」


 千秋はため息をついた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る