第34話 決断

 アンバーさんたちを見送り、俺は今後の身の振り方を真剣に考えてみた。


 そもそも、なぜ俺はこの村を離れることに抵抗を感じるのだろうか?


 村長にはあんな風に騙され、危うく農奴にされるところだったのだ。


 今は村長から取り返したお金があるおかげで裕福ではあるが、また俺が無知であることに付け込まれればすべてを失いかねない。


 ならば、どう考えたってアンバーさんと一緒に行ったほうがいいはずだ。


 じゃあ、俺はジェシカちゃんを女性として好きで、彼女と離れたくないからこの村に留まろうとしているのだろうか?


 ……いや、違う。これについては間違いなくノーだ。


 ジェシカちゃんが他の女の子たちと違っていい娘なのは間違いない。


 それに俺はジェシカちゃんのことを可愛いと思っている。


 だがジェシカちゃんの年齢を考えると、結婚して男女の関係になるというのはやはり考えられない。


 だとすると……ああ、そうか。


 俺は、怖かったんだ。


 ブラック企業でこき使われていたときの習性なのかもしれないが、今のこの小さな安定が失われることが怖くて仕方がないのだ。


 新しい町に行って、うまくいかなかったらどうしよう?


 村長はあんなだったがアンバーさんは、それにヒースダイクという町は、クオリア王国はまともなんだろうか?


 よく分からない場所に行くくらいなら、このままこうしてひっそりと暮らし、村中の人たちから頼りにされていたほうが……。


 きっとそういうことなんだろう。


 だが、俺はもう自分で考えると決めたのだ。


 こんなことでうじうじと悩んでいるなんておかしい。


 俺にはこのSCOのシステムがあり、村人最強時代なのだ。


 だから大抵のことはこのシステムがあればきっとどうにかできる!


 それにもしクオリア王国がおかしな国だったとしても、ヒースダイクがおかしな町だったとしても、いきなり俺や高校生たちを異世界から無理やり拉致してくるような連中よりもおかしいということはないだろう。


 アンバーさんだって俺に取引を持ちかけてきた人だ。いくら俺に利用価値があるからといっても、村長のように騙して農奴にしようなどと考えるような人ではない。


 取引をしようとしてくるのは俺を対等な相手だと認めているということでもあるだから、どちらが信用できるかなど火を見るよりも明らかだ。


 ……そうだよな。


 本当は答えなんて最初から分かっていたんだ。


 よし!


 俺は村を出る。


 ジェシカちゃんにもちゃんと説明して、出ていくということを伝えるんだ。


 そのためには……そうだな。まずは今日の夕食を狩ってこよう。


 それに村のみんなにもお世話になったのだ。


 だからこの村を出ていくその日まで、しっかりと村のみんなが肉を食べられるようにしてやろう。


 立つ鳥跡を濁さず、だ。


 ここは日本人らしく、ちゃんと村のみんなには恩返しをしようではないか。


 そう考えた俺は弓を持ち、森へと向かうのだった。


◆◇◆


 森の中を歩いているとミニマップにイノシシのマーカーが表示され、それと同時に▼のマーカーも視界に表示された。


 おっ! 獲物だ。イノシシとはありがたい。


 俺は気付かれないように風下からそっとイノシシに近づく。


 それからそっと矢を番えた次の瞬間、何本もの矢が飛んできてイノシシに次々と突き刺さったのだ!


 え? 他の狩人? いや、だがこの量は一体?


 一瞬固まってしまったが、面倒なことになるのは嫌なのですぐに茂みに身を隠す。


 そうしてしばらく待っていると、五人の男が現れた。


 明らかに手入れをされていないぼさぼさの髪と伸び放題の髭、粗末な身なりに思い思いの武器を携えており明らかに普通ではない雰囲気を漂わせている。


 あれは、盗賊か? もしそうであれば、見つかったら殺されてしまうかもしれない。


 そう考えた俺は息をひそめ、見つからないように身を縮める。


「ようし。とりあえず肉は確保だな」

「ボス、さすがっす。仕事前の腹ごしらえになるっす」

「ったりめぇよ。イノシシごとき、俺の手にかかれば簡単よ」

「さすがっす」


 ボスと呼ばれている男だけが頭にバンダナのようなものを巻いており、かなり体格もいい。身長は百九十センチくらいはあるかもしれない。


「んじゃ、アジトに戻るぞ。偵察の連中も帰ってきてんだろうかんな」

「うっす!」


 ボスの号令で男たちは村とは反対の方向に歩きだす。イノシシを担ぐのはもちろん子分たちだ。


 どうでもいいが、きちんと血抜き処理をしていないので早く食べなければ臭くて食えたものではなくなるだろう。


 そんなことを思いつつも、俺はアジトとやらを確認するために距離を取ってこっそりと後をつけていく。


 もし盗賊であるならば今のうちにアジトを特定しておきたいし、人数も確認しておきたい。


 いくら村を離れると決めているとはいえ、村にはジェシカちゃんやアニーちゃん、それにロドニーやブレンダさんを始めとするお世話になった人たちがいるのだ。


 村長はどうでもいいが、彼らが理不尽に襲撃されるのを見て見ぬふりなどできるはずがない!


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次回更新は 2022/07/06 (水) 12:00 を予定しております。

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