第33話 食卓にて

 大変お待たせしました。本日より更新を再開いたします。


2022/06/29 誤字を修正しました

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 自宅に戻ると、そのまま何もせずベッドで横になった。だが先ほどのことがどうしても頭に浮かび、悶々としてしまう。


 そうしてずっと自問自答をしていると、音を立てて扉が開かれた。


「おい、ユート。いるか?」


 ロドニーの声が聞こえてくる。だが、ロドニーにだってどんな顔で話をすればいいんだろうか?


 どうにも踏ん切りがつかず、返事をせずにいるとコツコツと足音が近づいてきた。


「おい、いるんだろう?」


 居留守も使えないだなんて、こんなときばかりはノックもせず勝手に他人の家へ上がりこむ習慣が憎い。


「……ああ」


 かなりこちらに近づいてきたので、俺は仕方なしに返事をする。


「何やってんだ。もう夕食の時間だぞ。お前が狩ってきたウサギ肉のシチューができたぞ?」

「……いや、今日は――」

「ああ、もう! ジェシカと何があったか知らねぇがな! お前が狩ってきた肉なのにお前がいなきゃ食えねぇだろうが! さっさと起きてこい!」


 そう怒鳴り声を上げたロドニーが俺の掛け布団を突然はがした。


「うわっ」

「なんだか知らねぇが、さっさと来い! 喧嘩したなら話し合え! 男のくせにうじうじしてんじゃねぇ!」


 そう言って俺の腕を掴むと力づくで起こしてきた。


「お、おい! ロドニー! 何するんだ!」


 無理矢理上体を起こされた俺は慌てて抗議するが、ロドニーはどこ吹く風だ。


「起きたな。ほら、さっさと来い!」

「ちょっと、引っ張るなよ」

「そうしねぇとまたいじけて寝るだろうが!」

「う……」


 こうしてベッドから起こされた俺はロドニーに連れられ、ジェシカちゃんのいる家へと連行されるのだった。


◆◇◆


「あ、ユートさん……」


 ロドニーたちの家のリビングに入ると、俺を見つけたジェシカちゃんが気まずそうに顔を伏せた。俺も気まずくて、つい視線をそらしてしまう。


「ユートさん、いつもお肉をありがとうございます。今日はシチューにしましたから、召し上がってくださいね」

「ブレンダさん……」

「さ、どうぞ」

「はい」


 ブレンダさんに促されて俺はテーブルの端の席に着席する。いつも座っている席ではないが、ジェシカちゃんのいつもの席からは一番距離がある。


「あらあら。本当にもう」


 ブレンダさんは仕方ない人だと言わんばかりに呆れたような、それでいてどことなく困ったような表情を浮かべた。


「それじゃあ、みんなも席に着きなさい。いただきますよ」

「はーい!」


 唯一状況をあまり理解していないらしいアニーちゃんが元気な声で返事をしてくれる。


 それとは対照的にぎこちない表情のジェシカちゃんと微妙な表情のブレンダさん、そしてやや怒っているロドニーも着席して食事が始まった。


「なぁ」


 少し食べ進めたところで、ロドニーが重い口を開いた。


「二人とも、一体何があったんだ? ユート、お前ジェシカに何をしたんだ?」

「っ!」


 ロドニーがそう切り出すとジェシカちゃんは息をのみ、すがるような目でロドニーのことを見ている。


「仲良くロックハート商会の露店を見に行ったかと思ったらジェシカが一人で帰ってきた。しかもそれからずっと様子がおかしい。それにユート、お前だっていつもならあの時間はずっと働いていたじゃねぇか。それなのに今日は何かをしている様子もねぇ」

「それは……」


 たしかに不審に思われても仕方がない行動かもしれないが、俺にはもうあそこまでの奴隷労働をする必要などない。


 とはいえ、今後のことを考えるとどうにも打ち明けづらい。


「ユート、お前あの商会長と一緒に村長様のところに行ったそうじゃないか。それからジェシカと一緒に露店を回っている間に喧嘩をしたって聞いたぞ?」


 さすが狭い村だ。誰が何をしていたかなんていうことはあっという間に広まってしまう。


「け、喧嘩なんて……」


 ジェシカちゃんがか細い声でそう呟いた。だがロドニーはそれを一顧だにせず、険しい表情で俺を見ている。


「おい、ユート。どうなんだ?」


 ……これはやはり素直に話してしまうしかないか。


 アニーちゃんもあまりの雰囲気に食事の手が止まってしまっている。


「わかった。全部話すよ」


 そう答えた俺にロドニーはまっすぐ視線を向け続けている。ブレンダさんもロドニー同様、真剣な表情で俺を見ている。


 一方のジェシカちゃんは今にも泣きだしそうな表情でロドニーと俺の間で視線を泳がせている。


「実はさ。ロックハート商会の人に来ないかって勧誘されたんだ」

「は?」

「え!?」


 ロドニーとブレンダさんが同時に驚きの声を上げた。


「お、おい、ユート? お前、でも税金を払わないと農奴にされるんじゃなかったか?」

「それは、村長がでまかせを言っていっただけだったんだ。本当は千デールしか払う必要がなかったらしくてな」

「は⁉ 村長様がそんなことを⁉」

「そうなんだ。だからこのままこの村にいるべきなのか、それとも移住するべきかで悩んでいたんだ」

「えっ⁉ ユート、いなくなっちゃうの?」


 それまで黙っていたアニーちゃんが不安そうな表情でそう聞いてきた。


「あ、いや、どうしようかなって」

「やだ! やだ! ユートはずっとここにいるの!」


 そう大声を上げたアニーちゃんは目に涙をめている。


「ねえ! ずっといるよね? ねえ! ねえ!」

「それは……」

「やだー!」

「ほら、アニー」


 持っていたフォークを落として泣き叫んだアニーちゃんをブレンダさんが抱き上げた。背中に手を当て、優しくあやしている。


「やだ! やだ! やだー!」

「ほら、アニー」


 そのまま泣き叫ぶアニーちゃんを抱えたブレンダさんはリビングから出ていき、沈黙がリビングを支配する。


 それから何分経っただろうか?


 重苦しい雰囲気に耐えきれず、そしてジェシカちゃんまでもが泣いてしまうのを見るのが嫌で俺は思わず取ってつけたような言葉を並べ立ててしまった。


「その、ほら。やっぱり村長にはどうしても不信感があるけど、ただ村の人たちは嫌いじゃないし……。だから、さ。その、もうちょっとじっくり考えて決めたいんだ」


 それを聞いたジェシカちゃんは目に涙を溜め、震える声で聞いてきた。


「ユートさんは……こんな小さな村でいいんですか? ユートさんならロックハート商会でだってきっと、きっと……」

「お、おい。ジェシカ……」


 ロドニーは遠慮がちにそうジェシカちゃんに声をかけるが、そのまま押し黙ってしまった。


「……ごめん。ただ、もう少しだけ悩もうと思うんだ。決めたら、ちゃんと話すから」

「はい……」


 ジェシカちゃんは震える声で小さくそう言ったのだった。


◆◇◆


 翌日、俺はアンバーさんに会うためロックハート商会の露店へとやってきた。


「おはようございます」

「おはよう、ユート。決まったんか?」

「はい。昨日色々と考えたんですけど、まだ決めかねています。もうちょっと悩みたいんですけど、いつまでに返事をすればいいですか」

「せやな。ウチら明日には出発やねんけど、来月くらいにまた来るさかい、そんときまでに決めといてくれればええで」

「わかりました」

「せやけど、ウチと一緒に来たほうがあのカワイイ女の子、解放してやれるんはようなるで?」


 アンバーさんはいたずらっ子のような笑みを浮かべ、腕組みをした。たわわな頂がぎゅっと寄せられ、なんとも悩ましい


「は、はい」


 目をそらしながらもなんとか答えた俺にアンバーさんはさらにその笑みを深める。


「なんや? ウチにも手ぇ出したいんか? ウチは高いでぇ?」

「そ、そんなことないですから」

「あはははは。ユートはウブなやっちゃなぁ」

「からかわないでくださいよ」

「ははは、せやな。ユートはあんなカワイイ女の子にも手ぇ出せないヘタレやもんな。ウチに手ぇ出せるわけあらへん」


 アンバーさんはそう言って楽しそうに笑った。


 ぐぬぬ。たしかに俺はモテないし経験もないわけだが……。


「ほな、来月はよろしゅうな」

「は、はい」

「あのカワイイ娘を助けてやりたいんなら、覚悟を決めるんやで? 男やろ? ヘタレるんやないで?」

「はい……って、ちょっと!」

「ははは。冗談や」


 こうして俺は散々アンバーさんにからかわれたものの、返答の猶予をもらったのだった。

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