第32話 葛藤

「や、安い……!」


 ロックハート商会の露店の品ぞろえと価格に衝撃を受けている。


 価格はどれもタークリーのものの半額くらいで、品質だってこの村で使うには必要十分なレベルだ。そのうえタークリーが持ってこない金属製品から専売品の砂糖に至るまで様々な商品が所狭しと並べられている。


 税金の件といい、この件といいこうして現実を突きつけられてようやく実感が湧いてきた。


 途中からなんとなく分かってはいたが、タークリーは俺やこの村の住民たちを食い物にしている。しかも村長と結託して!


 この村は今まで一体どれだけぼったくられていたのだろうか?


 そしてそんな村長やタークリーに良いようにやられていた俺はどれだけ馬鹿だったのだろうか?


 上から言われたルールを鵜呑みにして、唯々諾々と従っていたせいで危うく農奴に落とされるところだったのだ。


 そもそもよく考えればすぐに分かることだったのだ。


 相手は俺や高校生の彼らを無理矢理連れてきて勇者だと言うような輩だ。悪辣じゃないはずがない。


 いや、よく考えればじゃないな。


 ほんの少しでも自分の頭で考えればすぐに分かったはずのことだ。どうやらたった三年ほどブラック企業で社畜をしていただけだというのに、骨の髄まで社畜根性が叩き込まれてしまっていたようだ。


 どういうわけかは知らないが俺だけがなぜかSCOのメニューが使えているのだ。ならばこれをきちんと活かすことができれば、いくらでもやりようがあったんじゃないか?


 これからはちゃんと自分の頭でしっかり考えないと!


 俺は自慢ではないが頭が良いわけではない。


 だが、この社畜根性を治さなければきっと今後も似たようなことを繰り返してしまう。


「すごいですね。ユートさん。お砂糖まであります!」

「え? ああ。ジェシカちゃん」


 そんな風に反省しつつ、なんとなく商品を眺めているとジェシカちゃんが話しかけてきた。


 すごくキラキラした目で一つ一つ丁寧にずらりと並べられた商品を見ている。


 やはり、これだけ品揃えが良いと見ているだけでも楽しいのだろう。


 それは周りの村人たちも同じようで、斧やくわ、鎌などの農林業で使う道具と包丁や鍋などの料理器具が特に売れているようだ。


 これまでタークリーが運んでこなかったせいでこの村には金属製品が不足している。だが今後もロックハート商会が来てくれるなら、きっとそれも解消されていくことだろう。


 そんなことを考えていると、ジェシカちゃんが砂糖をじっと見ている。


「ジェシカちゃん。お砂糖、欲しいの? いつもお世話になってるし、買ってあげようか?」

「え? いいんですか? あ、でも……」


 一瞬目を輝かせたジェシカちゃんだったが、すぐに申し訳なさそうに視線を逸らした。きっと、その値段を見て悪いと思ったのだろう。10グラムで500デール、つまり銀貨1枚だ。


 日本の感覚では考えられないが、中世ヨーロッパでは金と胡椒が同じ値段だったなんていう話を聞いたことがある。本当にそうだったのかは知らないが、ここの砂糖はそれと似たようなレベルの高級品ということなのだろう。


「ユートさん、平民だから税金が大変なんですよね?」


 こちらを気遣うような、心配そうな表情で見つめてくる。そんなジェシカちゃんを少しでも安心させようと、明るい口調で伝える。


「あ、それは実はもう大丈夫になったんだ」

「え?」

「アンバーさんが、ロックハート商会のお嬢様がなんとかしてくれたからもう大丈夫。今年の税金は気にしなくて良くなったんだ」

「え? どうしてロックハート商会のすごい人がユートさんを?」

「なんか、タークリーに売った俺の商品がアンバーさんの目に留まったらしいんだ。それでわざわざ俺を探しに来たんだって」

「え? ユートさんを探しに?」

「うん。税金の話をしたらアンバーさんがそもそも俺は払う必要がないって村長に掛け合ってくれたんだ。なんかさ。俺、村長に騙されてたみたいなんだよね」

「ええ? それじゃあ……」


 そこまで話して初めてジェシカちゃんが泣きそうな表情をしているのに気付いた。


「ユートさん、出ていっちゃうんですか?」

「あ……」


 そうか。ここまで言えば、アンバーさんが俺をスカウトしに来たっていうことくらい分かってしまう。


 向き合う勇気がなくて、ずっと避けていたことを自分から意図せず暴露してしまった。


「それは……うん。でも、正直迷ってはいるんだ……」

「え?」

「この村での暮らしは、税金のことさえ無ければ気に入っていたんだよね。ジェシカちゃんたちもいるしさ。ただ、やっぱり村長への不信感はあるし……」

「……そう、ですか。そうですよね……」

「ジェシカちゃん……」

「ごめんなさい」

「あ……」


 ジェシカちゃんはそう言って走り去ってしまった。


 俺はその様子を呆然と見送る。


「そう、だよな。でも……」


 俺は、ジェシカちゃんのことを女性として本当に愛しているのだろうか?


 これからがんばってお金を貯め、ジェシカちゃんを平民にしてあげられたとしてもだ。


 それは俺がジェシカちゃんをお金で買ったということと変わらないんじゃないか?


 アンバーさんも身請けと言っていたし、要するに借金を肩代わりしてあげたという意味に近いのだと思う。


 もちろん、ジェシカちゃんだって農奴から解放されたいのだろうとは思う。好かれてもいると思う。


 だけど、それは本当に正しいことなのだろうか?


 単に、彼女の好意につけこんでいるだけなのではないだろうか?


 まだ日本で言えば中学生のジェシカちゃんに、打算の入り混じった決断をさせて良いのだろうか?


 それにアンバーさんのところでお世話になるんだとしたらこの村を、いやこの国を出ることになるだろう。


 まだまだ結婚するような年齢ではない彼女を両親と妹から引き離して、別の国にまで連れていって良いのか?


 日本に帰るなんてことも考えている俺に、果たして彼女の人生を背負う覚悟があるのか?


 ああ、そうか。そうだよな。


「周りが全然、見えてなかったもんなぁ」


 そうぼそりとつぶやくと、何も買わずにアンバーさんの露店を後にしたのだった。


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次回更新は 2022/06/29 を予定しております。

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