名前のない、 脚注解説
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恒例の脚注解説
機体記号:
飛行機の名前。「レジ」または「レジ番」と呼ばれることが多いです。車のナンバーに当たるものだと思ってください。本文の説明の通り、この記号に国籍や所属情報が紐付けられており、同じ機体記号の飛行機は同時に存在しません。
これとは別に二つ名としてシップネームがつけられる飛行機もあり、当該12号機もそのうちの1機で、日本の現役機だと天草エアラインの「みぞか号」が有名でしょうか?(この場合「JA01AM」が機体記号、「みぞか号」がシップネームです)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A9%9F%E4%BD%93%E8%A8%98%E5%8F%B7
昼とも知れず夜とも知れず:
787の開発プロジェクトのてんやわんやはボーイングの工場のみに限ったものではなく、下請け企業でも大規模な混乱が発生しました。三菱重工大江工場ではボーイング787の製造初期にプロジェクトのひどい遅れから苛烈なデスマーチが発生したらしいのですが、それが最高潮に達したのが当該ボーイング787-8型12号機主翼の製造時期だったといいます。工場は24時間稼働になり従業員は帰ることもできず、ある人は主翼内燃料タンクスペースに潜り込んで仮眠をとりました。多くの人が心身を壊し自殺者も出たという一連のデスマーチ、しかしそうやってめちゃくちゃに急いで作ったその子がどうなったかというと…というのが今回の本題。
飛行機が生まれる時必ずしも人が死ぬわけではない:
言いづらいことながら、航空黎明期の開発の事故・故障率の高さとはまた全然違った理由で、主に航空機のハイテク化に伴う過重労働から、現代機の開発では死人やメンタルをやられる人が出るのがわりとよくあるレベルらしい(少なくともボンバルディアCシリーズやエンブラエルE-Jetでもそういった話を当時の関係者より伺っています。MRJ/SpaceJetは死人こそ出なかったらしいものの、強いストレス環境ではあった様子)。
でもまあ少なくとも、それは開発段階の話です。量産機生産に入ってもまだ人が死ぬレベルのデスマが起きてるのって相当……というか、実際のところ「量産機」ということにはなっているがまだ仕様が機種として完成されておらず、実質的にはまだ開発段階が続いていたとも言えるかも知れません(実際、ボーイングが当初目標のカタログスペックを達成したのは90号機になってからです)。
12号機はてんやわんやのデスマまっただなかで生まれたので、デスマが普通だと思いこんでしまったようです。しかたないね。
「787」の機種名と中国市場の関係:
787は計画段階では「7E7」と呼ばれていたのは前の話にも書いたとおりです。実際のところ、同社が21世紀に入って初めて開発する機種であったことや、予定されていた革新性から、あえて従来のナンバリングから外れた「7E7」のままでもいいんじゃない?みたいな声は社内でも少なからずあったそうなのですが、これが「787」に本決まりしたのには中国市場が関係しています。
2004年に計50機の確定発注で7E7の開発を決定づけたローンチカスタマーはANAですが、ボーイングは翌2005年に中国の航空会社6社から計60機の発注を受けました。この発注は2008年の北京オリンピックに向けた機材拡充であり、このとき同時に機種名が「787」となることが正式に決定しました。中国語の「八」は「豊かになる」や「商売繁盛」といった感じの意味をもつ「発」と発音が一緒のため縁起のいい数字と言われており、ボーイングは中国から機種名を「787」に正式に変更するように強く求められていたのです。まあ北京オリンピックに間に合わなかったんだけどね!!!!
ちなみにそれとは全然関係ないもう少し経って生産に入ってからのお話、日本では炭素繊維生産大手の東レが787生産の下請け各社に対して大変な横暴をきかせ、各社がヒーヒーいう羽目になりました。その時の怨恨あって「787の8はT800S(東レの炭素繊維の型番)の8」と冗談めかして語る人も…いるとかいないとか…(よそみ)。
海南航空:
海南省海口空港を拠点とする中国の大手エアラインの一社で、航空サービスリサーチ会社スカイトラックスの格付けで5つ星エアラインにも選ばれた高い安全性を誇ります。しかし近年の事業拡大に新型コロナの影響があいまって2020年2月に航空会社として経営破綻、2021年1月には親会社の海航集団も経営破綻しました。行政管理下に入りましたが、規模が規模なので経営再建の方向で進み、運航は続けられ死なずに済んでいます。
https://www.afpbb.com/articles/-/3330876
選択式のエンジン:
ボーイング787のエンジンは異なるメーカーの2種からどちらかを選択することができます。ANAはロールスロイスのTrent1000エンジンを選択し、当該12号機もその例にもれずTrent1000を積む仕様で発注がかかることになりましたが…。
なお運用開始後、ANAはTrent1000エンジンの不具合で大規模な飛行停止の影響を被ることになり、最終的に懲りたのか、リスク分散のため2020年の追加発注ではもう一方のゼネラル・エレクトリックのGEnxエンジンを選択しました。なおJALは最初から全部GEnxだったので、少なくともこの影響は受けずに済みました(GEnxにはGEnxで、初期は氷を吸い込むと推力が落ちる問題があったが、比較的すぐに解消した)。
https://www.aviationwire.jp/archives/98012
https://www.aviationwire.jp/archives/190928
https://www.aviationwire.jp/archives/196917
製造と同時進行で改修を進めて:
お話のもう少しあとでも出てきますが、これは前作「誰かの願いが叶うころ」解説でも触れた胴体後部構造材剥離問題の解決(安全性の向上)に加え、最大離陸重量を増やす改修を指します。機体重そのものが重すぎるせいで積める荷物の量も後続生産分に比べて少ないテリブルティーンズを少しでもエアライン運用に適した機体とするべく、おそらくは機体の足腰部分の頑丈にしてもっと多くの荷物を積めるような改修を行った機体があるようなのですが(ANAが受領した7~9号機、及び20号機以降が少なくともその様子です。テリブルティーンズ全てがこの改修を受けたかはわかりませんでした)、頑丈にした分また機体が重くなっています。どうころんでも燃費が悪い。
このせいでANAに受領された鯖ことJA801Aらさえ初受領式典でも「パフォーマンス不足だから長距離国内線には回せない、羽田岡山便みたいな国内近距離路線で飛ばすしかないかも」と同社執行役員から言われていたんですが、受領が進むにつれ同社でとりまわす787の機数が増えてきたら国際線も結構飛ぶようになりました。余裕ができたのかなあ。
余談ですが、「初期製造の機体は重量超過で航続距離等のスペックが追いつかず、さらなる重量増を承知で最大離陸重量を増やし、ある程度は積めるようにした」という設計変更は、787の前のゲームチェンジャーであり世界を変えた旅客機、ボーイング747もそうだったりします。そこは先輩を踏襲しなくてもよかったかな~。
https://web.archive.org/web/20130510145414/http://www.flightglobal.com/blogs/flightblogger/2011/10/excess-weight-keeps-anas-early.html
https://web.archive.org/web/20130531115326/http://www.aspireaviation.com/2011/10/03/challenges-remain-as-boeing-787-becomes-reality/
大きな錘をパイロンにぶら下げられ:
ジェットエンジンは航空機の中でも特に高額かつ繊細であり、また超重量級パーツです。ANAを始めとした発注会社の受領拒否決定時点で既に年単位の受領の遅れが見込まれたため、ボーイングはこの機体群…テリブルティーンズ…を、受領が決まってからエンジンを付けることに決めたようでした。早々とエンジンを積んでも定期整備が必要になるし、いざ本当に受領されてから長期保管に起因する不具合が出ては困ります。
いっぽう、ジェット旅客機はエンジンありきのつくりのため、ジェットエンジンを付けないまま屋外に置いておくと強風などで不安定になってしまいます。テリブルティーンズはこのかわりに、エンジン相当の重さの巨大な錘を両翼に付けなければいけませんでした。
https://jp.wsj.com/articles/SB10001424052970204091304580126652114812096
後続生産分よりあとの順番になってもいいから受領してもらえないかと掛け合っている:
そういう話自体は実際あった様子で、このお話の当該12号機も、JA805Aのレジ番にならないことが決まった後にやっぱり「JA821A」になるかも…という話もあったようなのですが、結局そちらのレジ番は塗装されることはなく、そのまま受領はキャンセルとなったようです。
ANAさんやエア・モロッコさん達:
性能不足でエアラインから非受領を食らった787-8型初期製造群、通称「テリブルティーンズ」、受領予定だったのはANAのほかにロイヤル・エア・モロッコ、アメリカのノースウエスト航空、チリのLATAM航空グループです。ただしこのうちノースウエスト航空については、発注は同社ですが納入が始まった時期には既に合併してデルタ航空となっており、合併後のデルタ航空が受領を拒否した形です。デルタ航空はその後、結局787型機の導入自体を撤回しました。
ZA002:
飛行試験2号機。ANA塗装を纏っており、来日して羽田空港で受領前訓練に使われたほか、有名なところだとANAのCM「きたえた翼は、強い」に登場した787型機がこの機体ですが、量産機にもまして性能に大きな問題があり、実は完成前に非受領が決まっていました。現在はアメリカのアリゾナの砂漠のド真ん中、空軍のボーンヤード(飛行機の墓場)の隣にあるピマ航空博物館で、往年の名機たちと並び、毎日青空を見上げています。
https://newswitch.jp/p/336
参考文献:
「BOEING787 ドリームライナーのすべて」
月刊エアライン
FlightBlogger Archive 2007-2012 - The Air Current
https://theaircurrent.com/flightblogger-archive-2007-2012/
その他開発当時のニュース記事等
2010年11月、長期ストレージ状態の12号機
https://www.flickr.com/photos/38619847@N05/5182471109/
2014年2月、組み立て中の31号機
https://www.flickr.com/photos/flightblogger/5455460332/
2011年12月、完成した31号機
https://www.flickr.com/photos/simpilot459/6573862941/
夢のあとかた 或る名前 サキノ @sakino_haka
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