元傭兵シングルファーザーVS元傭兵シングルファーザー
「おはようございます」
アヤコ先生が子供たちを迎える笑顔は最高に愛らしい。送り迎えのこの一時がおれの癒しだ。一人娘のマナミをこの保育園に入れたのは大正解だった。
中東でのいつ終わるとも知れない戦闘に疲れ果て、日本に戻ってきたおれを待っていたのは思いもしないトラブルだった。突然女がやってきて、「あなたの子よ」と三歳の女の子を押しつけられたのだ。うっすらとだが見覚えのある女で、否定も肯定もできなかった。
いきなり父親にされたおれは、昨日まで銃撃戦の真っ只中にいたと思ったら、育児というまったく異質の戦場に放り込まれた。子供の要求は聖戦を唱える兵士並に妥協知らずで、親とはとっくの昔に縁が切れているおれは頼る者もなかった。
保育園にたまたま空きがあったのは幸運というしかなかった。子供を預けられなければ日銭を稼ぐこともできない。引退したらテッド・新井みたいに射撃インストラクターでもやりたかったが、近場で見つけた警備の求人で手を打つしかなかった。
「あの、よかったら今度――」
おれは沿線に新しくオープンした水族館のチケットを片手にアヤコ先生を誘おうとした。先週からずっと考えていたことだった。
「アヤコ先生に馴れ馴れしく話しかけるな」
危機回避本能に訴えかける聞き覚えのある声だった。思わず戦闘体勢になって振り返ると、いるはずのない男がそこにいた。
シャイ。それが大柄な体格に厚かましい性格のこの男に皮肉混じりにつけられたニックネームだ。傭兵時代のおれのライバル。おれがスタローンならやつはシュワルツェネッガー。おれがヴァン・ダムならやつはドルフ・ラングレン。そういう関係。
なぜこいつがここにという疑問は瞬く間に氷解した。傍らにマナミと同じくらいの小さな男の子がいたのだ。そして、アヤコ先生を見つめるシャイの腑抜けた眼差し。
状況は明らかだった。お互い敵には回したくないと思っていたが、今回ばかりはそうもいかないらしい。
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