タコス・タコス・タコス
萩原さんのアパートに着いてみると、ちょうど借りてきたトラックを唐谷の誘導で駐車しているところだった。
萩原さんはバイト先の同僚で、おれたちは引っ越しの手伝いに駆り出されたのだ。念願の都営住宅を当てた妻子持ちの萩原さんは、来月から調布でタコス屋をはじめるのだという。なぜタコス屋なのか、それは知らない。
おれは運転席の萩原さんに手を上げて挨拶し、唐谷に「早いな」と声をかける。
「ちょうどすぐ近くにおれの女がいてな」
唐谷は言う。こいつは一流大学を卒業して公認会計士の資格まで持っているくせに、普段はヒモのような生活をしていた。頼る女がいないときだけバイトをしていて、おれたちはあるアイドルグループの握手会の警備の仕事で知り合ったのだ。
「昨日は大変だったぜ。おれがその女の部屋にいたら、どっかのバカが急に押しかけてきやがったんだ」
「むしろそいつの方が正式な恋人なんだろ?」
「そういう見方もある」
「それでどうなった」
「銅像のふりをしてうまいことごまかしてやった」
「バカ言え」
「窓から逃げ出したのさ」
「何階だった?」
「三階」
「ジャッキー・チェンなら見せ場を一つ作れるな」
「ジェイソン・ステイサムと言えよ。表に停まってた車のボンネットへの見事なジャンプを見せてやりたかったぜ」
こいつはいつもこうやって減らず口を叩くのだ。
「で、そんなことがあったってのに、今朝はその女の部屋で目覚めたのか」
「同じベッドでな」唐谷はにやりとした。「その男は何か土産を渡したかっただけなんだ。キモいだろ」
「彼女がそう言っただけじゃないのか? 本当は一発くらいやったかもしれないぞ」
「いや、おれも自分でよく確かめてみた」
「どうやって?」
「聞くなよ。そういうわけだから代わりにおれがしてやらなきゃならなかったんだ、彼女がしてほしがっていたことをな。まったくへとへとだぜ。目覚め際にもせがまれたからな。朝六時からだぞ。まったく社会人ってのは早起きだよ」
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