その手はないぜ!
おれの名はコヨーテ。上にも下にも何もつかない、ただコヨーテだ。
中には本名を教えろとしつこい輩もいる。街頭アンケートなんかに答えるときもそうだ。粗品につられてすべてを喋ってしまいそうになるときもあるが、おれは探偵。うっかり洩らすわけにはいかない秘密がごまんとある。
その日、おれは事務所の椅子に腰掛けて、空気を送り込むとピョンピョン跳ねる蛙のオモチャを弄んでいた。不意に、決して眠らない街東京が、窓の外でえらく静まり返っていることに気がついた。こいつは只事じゃない。おれの中の探偵の直観が脳髄にビリビリと訴えかけてきた。
神経を研ぎ澄ませると、おれは自分が耳栓をしていたことを発見した。おやつにワッフル二つを平らげたあと、昼寝のために付けたのがそのままになっていたのだ。耳栓を外すと街はいつもどおりの喧騒を取り戻した。わずかな油断が命取りになる街、東京。
ステファニーが入ってきて依頼人がお待ちかねだと告げる。ステフはやっとハタチを超えたばかりのキュートなブロンドだ。昨年、美容師がらみのカツラ事件で危ないところを助けてやって以来、おれのところに居ついてしまった。ときにはフラワーアレンジメントの資格を取ると息巻いて出ていく素振りを見せることもあるが、今のところおれのそばを離れられないらしい。
ステフは、さっきから呼んでるのに全然返事をしないと言ってひどく怒っていた。探偵には一人で思索する時間が必要なのだと教えてやるにはまだ早い。おれは怒った顔もかわいいよと言って宥めすかす。
そんなわけで二週間ぶりの依頼人だ。
女の名はキャロライン。一代で成り上がった佐倉クリエーションの社長令嬢にして、敏腕秘書。泣く子も黙るスケジュール管理能力の持ち主であり、かなりの美女だ。その格式ばったスーツの下には、上流階級の社交の場で身についた優雅さをもってしても隠し切れないほどのそそる身体が押し込まれている。
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