第6話 希望を打ち砕く現実


 ふと気になって、この状況でネットは繋がっているのかという疑問から、俺は胸ポケットに入れているスマホを取り出し、画面を起動した。

 横の電源ボタンを押すと、音もなくロック画面になる。夕焼け空のように黄昏に染まった宇宙を背景に、狼のタトゥーに似た絵柄が書かれたイラストが目に入った。我ながら中二病かよと思うイラストだが、意外とシックなデザインで俺好みなイラストなので気に入っている。


 いや、そんな事はどうでもいいんだ。素早く画面をタップし、パスワードを入力してロックを解除、画面右上にあるアンテナマークに目をやると――――


「マジか」


 なんと、驚くべき事にネットはまだ繋がっていたのである。画面のアンテナマークは圏外表示ではなく、四本線のうち二本が緑色になっている。


「こんな事になってもネットが繋がってるなんてな……さすがにWi-Fiは繋がらないけど、それでもネットを利用できるのはありがたいな。これなら、簡単に情報が入手できる」


 正直、ネットが繋がっている事に関して、俺は懐疑的だったりする。だって、あれだけの大災害で、都市がまるごと崩壊してるんだ。当然、電波塔も無事では無いだろう。考えれば考えるほど、疑問が浮かんでくるが……目の前のアンテナこれが真実だ。

 電波が繋がっているなら、後はアプリを起動するだけ。まあ、起動してもエラー表示になってたらどうしようもないけど。


「それでも良いさ。使えれば儲けもの程度に考えとけばいい」


 口ではそう言いながらも、俺は内心の期待感を抑えきれず、震える指で画面に表示された白い鳥のマークをタップした。

 アプリを開くと、まず最初に他のユーザーの呟きが羅列するホーム画面になった。  

 そこでは、未だにネットが繋がっている事への驚愕と、この状況への恐怖や怒り等が呟かれている。

 それ以外にも、家族や友人、恋人を心配する声や、無事な状況なのかを個人のチャットに連絡してくれるよう呼びかける呟きもある。


 そんな事よりも、俺が確認したかったのは現状の情報が乗った呟きだ。どんなに些細なものでも、それに僅かでも信憑性があるのなら、今後の行動は変わってくる。

 画面を操作して、他者の呟きを閲覧していくと、その大半が今の世界への正直な気持ちが呟かれているのが分かる。


『完全にインフラ崩壊してる。自衛隊は何してんの?』

『誰か助けて。わけわかんない化物が外をうろついてて動けない』

『ははは、終わりだ。世界の終わりだ!』

『何で私がこんな目に………誰でも良いから助けて』

『すげぇ………なんか映画みたい』

『もう楽しむしかないっしょ』


 呟きの中には明らかに現実逃避している者もいた。この危機的状況で楽観的になれる奴はいない。いたとしても、そいつは頭がイカレてるか精神的に病んでしまった奴くらいだ。

 ………一向に俺の望む情報は出てこない。無差別的に投下された大勢の呟きの中から、狙った情報を拾うのは難しい。だが、この状況ならネットで探すよりも、リアルタイムで情報が更新されるSNSの方が有効だ。

 多少、時間がかかってしまうのはしょうがない。それでも、タイムリミットがあるのも事実だ。このスマホのバッテリーが切れた瞬間、情報を得る機会は失われる。

 充電する手段に確信が持てない以上、慎重に動くべきなのは分かってる。


 分かってるけど…………何でもいい。とにかく、役立つ情報が欲しい。

 後になって思えば、この時の俺は正気とは言えなかった。必死に冷静ぶって、心の安定を図る為に安心材料が欲しくて、半ば縋りつくような想いでスマホの画面に齧りついてる。

 画面をスクロールしても、トレンド欄を閲覧しても、一向に俺の欲しい情報は出てこない。即ち――――この異常事態がという事と、現状を見たままを映した人たちの考察についてだ。


 闇雲に探してみても、そこにあるのは現状に対する人々の素直な感情のみ。短い時間で閲覧してみたが、これを見る限り他のアプリも同じような状況だろうな。


「だったら……」


 俺は即座にアプリを閉じ、代わりに検索アプリを開いた。何て入れようか……無難に【被災状況】で良いか。他に単語が思いつかないしな。

 素早く単語を入力し、現在の状況について検索する――――出た。少しのラグの後に、ずらりと並ぶ検索結果の数々。その中から、国のホームページを選択し【災害状況】を閲覧する。

 幸い、すぐに防災ページへと繋がったおかげで、わかりやすく画像で現在の状況を知る事ができた。


 ピックアップされた画像は――――いずれも、悲惨の一言だった。


 まるでシーソーの板の如く、めくれ上がったコンクリートの道路。

 街路樹と共にねじ切れた鉄骨が折り重なり、家屋を圧し潰す光景。

 更には、ガス管に引火したのか、一階から崩れたビル群の残骸と、それに巻き込まれたオフィス街。


 それらを目にした俺は、尚更それが身近に感じ取れてしまい、無意識に口元を片手で覆う。今、自分が置かれている状況が、正に画像に映ったものと同様の只中にいるからかもしれない。

 それでも、どこか希望的観測があった事も否めない。ここ以外は、せめて一部の地域だけであって欲しかった、と。

 しかし、残酷にも現実は否応なく突き付けてくる。


「これが、今の日本の姿……なのか…」


 唇が震える。薄ら寒さを感じたように、吐く息が冷たく感じた。

 その先を見たくなかった。それでも、俺は続けて画面をスクロールをする。

 怖いもの見たさに似た、興味本位もあった。だが、それ以外に見なくてはならないという使命感に駆られたからでもある。


 そして、その先にピックアップされた画像を見て、俺は絶句した。あまりにも酷い光景にショックを受けたとか、そういうんじゃない。

 むしろ、これは―――――あまりにも、その光景の数々は


 まず、一つ目。それは、辛うじて無事だったビルの天辺に突き刺さるだった。島の山と思しきものから流れる水流が、そのままビルへと落ちていき、地面に至るまでの滝を形成している。


 二つ目。まるで隆起したようにコンクリートを突き破る、――――いや、あえて〝遺跡〟と呼ぶべきか――――が、文明に満ちた都市の一角に出現している。


 三つ目…………これは唯一の衛星画像だ。なぜ衛星画像なのか、これだけ各国共通で送られているのかどうかはわからない。けれど、そんな考えは目の前の画像を見て、頭の隅に追いやられた。

 大陸……にしては随分と小さい。大小・形が様々な島々が、まるで〝それ〟を囲うようにして浮かんでいる。

 紛うこと無い。それは正しく――――だった。それも、世界地図には描かれていない。今まで存在していなかった大陸。


「こんな……嘘、じゃないのか。何か、何かのトラブルじゃ……」


 信じられない。信じたくない。口は開くのに、紡ぐべき言葉が出てこない。

 パクパクと、餌を求めて集まる鯉のように、俺の口は何度も閉じて、開く。自然と頭の中に浮かんだ否定の言葉を出そうとして、その直前に冷静に思考する自分がそれを言葉として出すのを許さない。


 ああ、ああ、ああ。


 認めるしかない。こんなものを見せつけられた時点で、認められない筈がない。だって、そうだろう?こんなものが、ある筈のない大地が、そこにあるという事実がある時点で――――





「この大災害は、世界中で起きている」





 そう、言葉として吐き出した時。俺の頭は、煙草を吸った後みたいに、急速に覚めていって………そして、途中でズキリと痛んで、俺に思考停止させる事を、許さない。


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