第5話 不明瞭な情報
砂埃で薄汚れて、風に煽られてボサボサになった頭を掻いて、俺は歩みを止めて壁に手をつき、ため息を吐いた。
「………はぁ」
体感で軽く二時間。別世界みたいに変貌したとはいえ、この都市の基盤はそうそう崩れちゃいないようだ。道路を塞ぐ障害物はあれど、基本的な構造に関しては殆ど変わってない。
だからか、障害物というイレギュラーを抜きにすれば、特に迷子の子供のような不安感を覚える事は無かった。ただ、色々と人が避難してそうな場所を、探し回っている内にここら辺に生きている人の気配は殆どない事に気づいた。
…………そう。生きている人は。
確かに、他に無事な誰かがいないか、俺のように協力者を求めて探索している人がいないか歩き回って探してみたが――――誰も居なかった。
例え人影を見つけたとしても、既に事切れているか、もう直ぐ死にそうな助からないだろう死に体の人間だけ。とても協力を仰げるような人材には巡り合えなかった。
見つからなくて残念だ、多くの人が死んでいて悲しいとは思うが、それも他人事のように感じている。
どちらかと言えば、落胆しているという感情の方が実感してる。何で俺だけ、俺以外に頑張っている人は居ないのか、と。
傲慢とも薄情とも取れるだろうな。今の俺の考えは。だが、危機的状況の中で長時間、孤独に行動しているストレスは思った以上に俺の心を
よく分からんが、自嘲するような笑みを無意識に作っちまう。道端に落ちて残骸と化したカーブミラーに映る自分の顔を見て、俺は再度ため息を吐く。
日本とは思えない光景となったこの世界は、僅か一日、二日で変わり果ててしまった。今になっても信じられない。これは夢か、もしかしたら《異世界》にでも迷い込んでるんじゃないかと………限りなく妄想に近い希望を抱いてしまう。
「……いや、弱気になってる場合じゃない。この際だ、俺以外の誰かなんてどうでもいい。今、真っ先に俺が必要としているのは何だ?」
あえて、声に出して疑問を
最悪、世界中がこんな状況に陥っていて、国として成り立たない程に崩壊してる事も予想に入れておこう。対策はしておいて損は無い筈だ。
………ん?ああ、そうだ。そうだった。冷静になれなくて自分の状況すら忘れていた。
「俺は、今この世界がどうなっているのか何も分からないじゃねえか」
ははっ、笑える。こんな簡単な事に気づけない自分の愚かしさに、腹が立つより先に笑いが込み上げてくる。滑稽だなぁ。
いや、それも当然か。何せ完全に未知の災害が突然、何の前振りもなく起こったんだ。そもそも、この状況を想定する事も、直ぐに対策を立てること自体、不可能に近いんだ。
だったら、俺に出来る事は決まってる。親父仕込みのサバイバル術を駆使して、最悪、文明を取り戻す事が出来なくなっても、一人で生きていけるよう死ぬ気で頑張るしかねえ。
「はははっ、ようやく先が見えた気がする。そうだ、そうだよな。もっと単純になればよかったんだ」
本当に簡単なことだった。産まれた時から耳にタコができるくらい親父に言われて来た事を、今ここで実戦するだけなのだから。
「『自分のできる事を把握して、状況を理解して、指針を決める。理屈を並べた後は、気合と根性で乗り切るしかねえ』」
一言一句違わず、親父の教えを復唱して自分に言い聞かせる。物事を複雑に捉え過ぎないで、もっと単純に――――〝自分が生き残る事だけ〟を考える。
まずは余裕を取り戻す為の行動から。後の事は、余裕ができたら考えれば良い。
「くくくっ……」
ああ、駄目だな。笑いが込み上げてくる。やる事が決まって、やらなきゃいけない目標も定まったんだ。そっから先は俺流だ。
無理矢理にでも楽しんでやる。この一人ぼっちのサバイバルを、な!
………まあ、我ながらイカれてるなと思うよ。こんな絶望的に等しい状況を、心底から楽しいって思えるようになれるんだから。
◆◆◆
………よし。一度、情報を整理する為にも自分が何者なのかを、一つ一つ口に出しながら思い出していこう。今は冷静だけど、また何かトラブルに巻き込まれた時に混乱しないよう、心構えと覚悟を決める為にも、な。
………何だか、自分が記憶喪失にでもなった気分だな。高校の頃に遊んだ、記憶を失った少年少女たちの推理アクションゲームが目に浮かぶ。
懐かしいな。確か、最初は登場人物たちは自分が誰なのかは知っているけど、学校に閉じ込められた状態なんだよなぁ。段々と謎を解き明かしながら真実に迫っていくのは、なかなか楽しかったよ。
まあ、色々と倫理観のぶっ飛んだ作品だったけど。
「――――っと、つい脱線しちまった」
少し心の余裕が出来たからか、つい現実逃避みたいに昔を懐かしんでしまった。危ない危ない。この何も分からない状況じゃあ、油断は禁物だからな。
一応、周りへの警戒は怠らず、何が起こっても対処できるように気を引き締めよう。深呼吸をして、冷静に情報を整理していくんだ。
頭の中の引き出しを開けて、そこから記憶という物を取り出すイメージで、俺は自分の名前から整理する事にした。
「俺の名前は
専門って訳ではないが、個人的な興味でインターンに参加してたんだけどな。参加して職場体験って訳じゃないが、色々と経験させて貰って興味が生まれたんだよな。
今は海外で論文発表に行ってる叔父の家で暮らしてるが、家に居るよりも外で散歩感覚で街中を巡るのが趣味だった。
両親は共に健在。父親は日本人だが、祖母の家系の影響で目が青い。母親は外国人って事しか知らない。出生は孤児らしく、何の記録も残されていなかった事から、最初に住んだ国が自分の出身国という事にしている。
母は不思議な容姿をしていて、無意識に目が惹かれる絹のような白い髪が特徴的だった。本人は自分の容姿のせいで人が寄って来るのを嫌がり、いつもショートヘアにしてたっけ。
あの二人の事は、別に心配していない。親父は元軍人だし、色々な修羅場を潜り抜けてる。これくらいの災害なら、何てことなく切り抜けて涼しい顔で煙草を吹かしてるだろ。そんな光景がありありと目に浮かぶ。
母さんは……うん。あの人も普通じゃない人生を送ってるし、生き残る事に関しては親父以上だからな。それを抜きにしても、自分の嫁をあの親父が死なせる訳がないからな。
たぶん、というか絶対に二人とも生きてる。そこらへんで焚火を囲みながらいちゃついてるに違いない。
「……そもそも、親父は裸一貫で熊も仕留める化物だし、母さんに関してはどこで身に着けたんだよってレベルの体術を習得してるからな。きっと大丈夫だ」
わかってる。いくら、あの二人でもこの未知の災害で生き残る事が難しいってことぐらい、理解できている。不安だし、嫌な汗が出るくらい怖いと思ってる。
でも、俺は信じてるから。あの二人は無事じゃなくても、必ず家族全員が揃うまで生きてるって、信じてるから。
だから、俺は心配しない。二人を信じて、俺も自分なりに最善を選び取って、生き残る為に頑張ろう。
「……やべえ、また脱線したな。でも、まあいっか。おかげで自分がどうすべきか、やっと定まったし」
両腕を上げて、身体全体を伸ばす。柔軟運動をして身体をほぐして緊張を解き、深呼吸で軽く火照った身体を落ち着かせる。
それを何度か繰り返して、両手で自分の頬を引っ叩いた。小気味好い音がして、今まで以上に気合が入った気がする。
「よしっ――――色々あって分けわからねえけど、気合と根性で乗り切ってやる。頑張れ、俺!」
片手を握り、拳を突き上げた俺の顔はどこか晴れやかで……その表情は、不敵な笑みで空を仰いでいた。
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