第31話 ヒーローと悪者

「……目がキラキラしてるね、直くん」

「え? そうかな……」


 凄く気恥ずかしい。

 玩具に夢中になって、そんなところ見られるなんて……

 俺は凛から目を逸らし、二階フロアを見て回る。

 

 懐かしい玩具ばかり。

 ヒーローの剣に銃、変身グッズにベルト……

 フィギュアなんかも沢山ある。

 

 夢中になっているところを凛に見られて恥ずかしかったのに……

 何故か見るのを止められない。

 凛はそんな俺の顔を携帯で写真に撮って笑っている。


「直くん、本当にいい顔してる」

「やめろよ……子供っぽいだろ?」

「いいじゃない。そんな直くん、凛大好き」


 ドキンッと心臓が高鳴る。

 凛に大好きなんて言われたら……そんなの嬉しくないわけない。


「でもさ、なんでそんなの好きなのに、直くんこういうオモチャ一つも持っていないの? 買いにも行ったことないよね?」

「なんで買いに行ったことないの知ってるんだよ」

「んふ。だって凛、直くんのことはなーんでも知ってるもの」


 怖い……さっきは可愛さに心臓が高鳴ったのに、別の意味でドキドキする。

 俺のことは全部筒抜けかよ。


「……昔さ、ヒーローは大好きだったんだけど、中にスーツアクターっていう演者さんがいるのを知って幻滅したんだよ。ヒーローなんていないんだなって」

「そうかな?」

「そうさ。ヒーローを演じる人がいるだけでヒーローはいない。子供から見れば、凄く残酷な事実だろ?」


 伏し目がちで俺がそう言うと凛は優しく微笑み、そしてゆっくりと語りだす。


「直くん。物事はなんでも、視線を変えると全然違って見えるものなんだよ」

「視線?」

「うん。例えば、目が合ったとするじゃない? それを睨んだと考えるか見つめられたと考えるか、それは見方によって答えが変わってしまうの。それが視線。物の見方を変えたら世界だって別の物に見えるのよ」

「別の世界か……」


 凛は何を言おうとしているのだろうか。

 別にヒーローに絶望しようとも、俺の人生は何も変わらないと言うのに。

 まぁしかし、視線を変えるというのはためになりそうだから覚えておくとするか。


「これからは物の見方に気を付けるとするよ」

「直くん……」


 少し寂しそうに笑う凛。

 何か不服でもあるのだろうか?


 凛の表情が気になり、俺は凛に尋ねようとした。

 しかし、その時。


「あれぇ? 北条さんじゃねえの? 北条さんもこんな所来るんだ?」

「…………」


 少しチャラそうな男子。

 玩具屋さんなどに似つかわしくない人物が数人、凛の名前を呼びながら近づいてくる。

 これはどう考えても知り合いだよな。


「誰?」

「……同じ学校の同級生。顔は見たことあるけど、話したこともないわ」


 凛は冷たい顔をして、踵を返してこのフロアから立ち去ろうとする。

 ってか、いい大学行っててもこんなタイプっているんだな。


「行こ、直くん」

「ああ……」


 凛が立ち去ろうとするのを見て、舌打ちする男たち。


「んだよ。お高くとまっちゃってさ。そんなにいい女でもねえのに調子のんじゃねえよ」

「…………」


 凛は気にしていないようだが……俺の方が頭に来ていた。

 なんだこいつら?

 凛は……凛はいい女だろうが。

 樹がいたらぶっ飛ばされてるところだぞ。

 だが今樹はいない。

 ふん。命拾いしたな、お前たち。


「ああいう女って、大概性格悪いんだよなぁ」

「間違いない。自分が可愛いと思い込んで、自分を高根の花だと勘違いしてんだ」

「ははは! そのうち誰にも相手にされなくなるよ。性格の悪さが顔に滲み出てますよー北条さん!」


 店内でゲラゲラ笑う男たち。

 凛は依然として気にする素振りも見せない。

 なんでそんなに怒らないんだよ。

 あそこまで言われて、それでいいのか。

 

 本当に気にしていないのか、凛は黙ったまま歩いていく。

 だが俺は見逃さなかった。

 凛は怒りに下唇を噛みしめていた。

 なんだよ、怒ってるんじゃないか。


 だがそれ以上に俺が限界であった。

 何凛のこと悪く言ってるんだよ。

 樹じゃないけど、俺だって凛のこと大事に思ってるんだ。

 そんなこと言われて、黙ってなんかいられない。

 樹がいないんだったら、俺が凛の心を守ってやらないと。

 

 俺は奴らの方に向き直り、大声で叫ぶ。


「あのな、凛に相手されないからって、見苦しいこと言ってんじゃないよ!」

「はぁ? 誰お前?」

「俺は……凛の兄代理だ!」

「……直くん」


 凛は俺が叫んだことに驚き立ち止まり、こちらに視線を向ける。


「べ、別に相手にされないからこんなこと言ってんじゃ――」

「いいや、違う。絶対に違う。相手にされないからそんなこと言ってるんだよ。凛が相手してくれたら、鼻の下を伸ばしてどこにでもついていくんだろ? そうするだろ? 俺だってそうする!」

「直くん、もういいから」


 凛は俺の腕を引っ張るが、俺はそれに抵抗して彼らに言う。

 喧嘩もしたことないから心臓バクバクだけど。

 いつ殴られるかビクビクしながらだけど。


「凛は優しくて、いい女だ! 可愛いなんておまけみたいなもんだ! いや、可愛いけどさ! メチャクチャ可愛いけどさ! それより凛はいい女なんだよ! ただの知り合いの俺に良くしてくれて、俺の心を救ってくれて! お前らが想像するよりずっと優しくて面倒見のいい女なんだよ! その凛の悪口言うなら、俺が許さない! 絶対に許さないからな!」


 男たちは怒りに満ちた表情をして俺を睨んでいる。

 凛は呆れたような、だけど少し照れているような顔で俺を見つめている。

 俺はハッキリと言い切ったことに自分を誇らしく思え――胸を張りつつ逃げ出した。


「え!? 逃げるの!?」

「喧嘩なんてしたら絶対に負けるし! 人数だって多いしな!」


 俺が逃げ出すと、案の定男たちは俺たちを追いかけてきた。

 感情だけで動くとこんなことになっちゃうんだな……

 でも凛のこと言い返すことができたからまあいいや。

 なんて考えながら、俺は凛を連れて全力で逃げ続けていた。

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