第30話 本と玩具

 凛が選ぶ店は俺に何かを買い与える店ばかり。

 宝石店に高級ブランド店。

 靴屋にディスカウントショップに大型家電店。

 とにかくどの店に行っても自分の物を買おうとはせず、俺の物ばかりを買おうとしていた。


「おい。本当に俺は何もいらないから」

「そう? まぁ直くんが欲しい物は、カードで好きなの買ってくれていいからね」

「わ、分かった。俺が欲しい物はカードで買うよ。だから今日は凛が本当に行きたいところに行こう」


 カードは必要以上に使うつもりはない。

 だけど今はこう言っておかないと、凛はまだまだ俺のためだけに店を回ろうとするからだ。


「でも凛が行きたい所って、直くんの喜ぶ所なんだよね……直くん以外に趣味もあまりないし、どうしよう」

「おい。俺が趣味ってどんなだよ。もっと普通の趣味ないのか? こう、ネイルだとかカフェ巡りだとか」

「ないなー。読書は好きだけど、ネイルも興味ないし、カフェもあんまり趣味じゃないからなー」


 読書が趣味か……これは意外じゃないな。

 凛は色々と勉強をしているイメージがあるから、凄く本を読んでそう。

 本屋なら、凛も楽しめるかな?


「じゃあ本屋に行くか」

「ええ……でも、凛、本屋に行ったら結構時間使うよ?」

「いいよ。凛が喜ぶ所に行きたいんだよ」

「凛は直くんが喜ぶ――」

「俺以外で喜ぶ所にな」

 

 食い気味で制してやる。

 すると凛はクスクス笑いながら「はーい」と答えた。

 うん。素直な凛は可愛いぞ。


「ほら。本屋に行こうぜ」

「うん」


 本屋に到着すると凛は真面目な顔で本を眺め始める。

 冷たいわけではなく、逆に熱がこもった瞳。

 本が本気で好きみたいだ。


「…………」


 しかし俺のことを忘れるようなことはなく、たまにこちらをチラッと見てはにかんでくれる。

 可愛いけど、本に集中してくれてていいよ。

 だけど凛の新たな一面を知れたみたいで嬉しい。

 本が本当に好きなんだな。


 だが凛は本を一冊選んだところで、俺の腕を引っ張り始める。


「これ買って出よっ」

「いつもは何冊ぐらい買うんだ?」

「うーん……十冊ぐらい?」

「結構買うな。じゃあ一冊ぐらいじゃまだまだ物足りないだろ」

「ううん。直くんと本屋さんに行けただけで幸せ。もう百冊選んだぐらいの価値があると思う」

「そ、そうか?」


 相変わらず面白い発想してるな、凛は。

 

 凛は本を購入しながら俺に訊ねてくる。


「次は直くんの好きなところに行こうよ」

「俺の好きなところ……?」


 俺が好きな物ってなんだろう。

 最近はずっと仕事のことばかりで、私生活のことは頭に無かったからな。

 いざ自分の好きなことって言われたら、咄嗟に出てこないものだな。


 凛がニコニコしている顔の横で、俺はうんうん唸る。

 やはりどれだけ考えても答えは出ない。

 自分自身、自分のことが分からない……ため息をつきて、子供の頃はどうだったのだろうかと思考を巡らせる。


「……ヒーロー」

「え? ヒーロー? 玩具?」

「ああ……あ、いや」


 適当に返事をしてしまった。

 玩具が見たいわけじゃない。

 子供の頃の記憶を辿っただけだったのに……俺の返事に凛は勘違いしてしまったようだ。


 目を見開き、ニコーっと音がするほど口角を開ける。


「行こう! 今すぐ行こ!」

「や、ちょっと待てって」

「待たない待たない! 直くんが好きな物見に行こう!」


 こんなに喜ぶなんて……

 今更違うなんて言いずらいじゃないか。


 凛は俺の腕を引っ張り、タクシーに乗り込み、玩具が沢山売っているとある駅まで急がせる。


「料金は倍払うから倍の速度で走って頂戴!」

「そんなのできるわけないだろ! あ、普通の速度でいいので……」


 高ぶってる時の凛って、常識が一切無くなるよな。

 倍の料金払って倍の速度って……できるわけないだろ。


「特別ですよ、お嬢さん!」

「できるのかよ!」


 なんだか特殊な運転手を捕まえてしまったようだ。

 周囲を走る車をビュンビュン追い抜いて行くタクシー。

 早々と目的地に到着してしまう。


 本当に倍の料金を支払い、凛はさらに走る。


「そんなに急がなくても玩具は無くならないだろう」

「玩具は無くならないけど直くんとの時間がなくなっちゃう」


 驚くような速さでヒーロー玩具などが売っている店へと到着してしま。


 店に入るとロボット物のフィギュアや、現在人気のフィギュアなどが多数並んでいる。

 店の右手には女の子のフィギュアがあり、何故かコスプレ衣装なども並んでいた。


 ヒーロー関係の玩具は二階にあるらしく、鉄製の階段を上がって行くとかんかんと音が鳴る。

 階段を上がる壁には色々なポスターが張られており、まるで異次元にでも来た気分。

 さっきまで凛と行った店とは本当に違う世界のような店だ。


 二階に上がると、ショーケースに色んなヒーロー玩具が並んでいる。

 

「…………」

「どうしたの、直くん」


 これまではオモチャなんてゆっくり見ている暇なんて無かったけれど。

 こんなものに興味なんて無かったと思っていたけれど。

 ヒーローになんて絶望したはずだったのに……


 でも、何故か俺の胸は冗談のようにときめいていた。

 俺って……こんなにヒーローのこと好きだったのかな。

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