ブラック企業で勤める社畜の俺は限界を迎えるが、突然幼馴染JDに養われることになり、甘やかされ生活が始まった!

大田 明

第1話 会社に人生を捧げて死ぬような思いをする。そんなぐらい当然のことだ……誰だってやっていることなんだ。だから俺だってそうする。そうやって生きている。

 子供の頃、特撮ヒーローに憧れていた。

 とにかくヒーローが凄く好きで、玩具なんかもたくさん集めていたんだ。

 でもそしてある時、スーツアクターという存在がいることを知った。

 俺はその時思い知ったんだ。

 本物のヒーローなんて本当はいないんだってことを。


 ◆◆◆◆◆◆◆


「おい! 木更津! お前またミスしてんぞ!」

「すいません! すいません!」


 俺、木更津直巳きさらづなおみはブラック企業に勤めている。

 今現在、部長の大西さんにこってり絞られているところだ。 

 俺は大西さんの指示に従い仕事をしていただけだと言うのに……この人はそんなことを忘れたのか、それともわざとなのか知らないが、とにかく正気とは思えないほど怒り狂う。


「何回言ったら分かるんだ!? 今月で何回目なんだよ!」

「すいません! 本当にすいませんでした!」


 そんなことはこの人には関係無くて、俺をギリギリまで追いつめてくる。 

 頭をずっと下げ続けており、視線の先はタイル張りの床。

 もしかしたら親の顔よりもタイルの方が見ているかも知れないんじゃないかと思えるほどだ。


 いつまでこの説教は続くのだろうか。

 嫌な汗が出て、胃がキリキリし、恐怖に身が縮こまる。


「また怒られてるな、木更津の奴」


 同僚たちが冷ややかな目で俺を見ており、恥ずかしさも込み上げてくる。

 だがそれでも説教は終わらない。


 その日は結局、二時間ほどみっちり大西さんから説教を受けた。


「…………」


 時間は昼前。

 怒られてるだけでいつの間にか午前中が終わってしまった。

 仕事ってどこでもこんなものなのか?

 誰でもこんな風に怒られるが当然なのか?

 俺は肩を落としながら仕事に手を付け始める。


 大西さんの命令で昼食は抜き。

 仕事ができず、仕事が遅く、仕事に適応できていない俺は昼食なんて食べてる暇はないということらしい。

 腹減った……だけどそれが部長の命令なら仕方ないのだ。

 ストレスにキリキリし、空腹にグーグー鳴るお腹。

 退職するまでずっとこのままなのかな……

 そう考えると背筋がゾッとする。


 でも……それが社会人なのかもしれない。

 自分を殺して、社会になんとか適応する。

 ヒーローみたいな人間はこの世にいないんだ。

 ヒーローだってスーツアクターが演じていた幻想。

 自分を殺して、役になり切る。

 そうやって生きてんだよ、スーツアクターも。

 それが現実なんだ。

 夢も希望も何も無い、ただ自分に宛がわれた役を演じるのがこの世の理。

 仕事にやりがいなんて感じなくてもいい。

 仕事が楽しくなくてもいい。

 ただ生きた屍の如く、その役を演じきればいいだけなんだ。


「木更津。顔色悪いぞ。ちょっとぐらい飯食え」

「いや、部長に命令されてるんで」

「大丈夫だって、俺がちゃんとフォローしてやっから。な。身体壊したら仕事もできねえんだから」

「はぁ……」


 そう俺に言ってくれたのは片山さん。

 彼は俺の職場の先輩であり同じ部のエース。

 仕事もできて顔もよし。

 皆に信頼されてるし女性からもよくモテる。

 そして後輩思いのいい人だ。


「じゃあちょっとだけ行ってきます」

「おう。ゆっくりしてこい」


 僕はそそくさと部署を離れ、ビルのトイレの個室に入る。

 中から鍵をロックして、コンビニで買ったおにぎりを二つ取り出す。


 さっさとおにぎりを食すが味はあまり分からない。

 梅おにぎりが酸っぱかったな、という印象は残っているけど。

 よく味わっている暇なんてないのだ。

 とにかく早く食べて早く仕事をしないと。


「部長、木更津の奴、可哀想じゃないっすか?」

「…………」


 仕事に戻ろうとすると、外から話声が聞こえてくる。


「可哀想? あれは俺のオモチャなんだよ。ストレス発散のオモチャ。だからあいつはあれで幸せなんだよ」

「悪いっすねー、部長!」


 部長のゲラゲラ笑う声がトイレ内に響き渡る。

 一緒に話しているのは同じ部署の同僚だ。

 そっか……俺は部長のオモチャなのか。


 激しい怒りが込み上げてくる。

 と同時に、それを知ったところでどうしようもないという諦めも浮かび上がってきた。

 ここにいる限り俺はあの人のオモチャなんだ……

 そして俺はこの仕事を辞めることはできない。

 何故かって?

 ……何故なんだろう。

 辞めてもいいけど……皆に迷惑がかかってしまう。

 辞められるわけ、ないよな。


 だから俺は徹するのだ。

 自分の与えられた役目に。

 俺は部長のオモチャ。

 それでいい。

 誰だって何かに我慢して生きている。

 こんなことは生きていていたら当然のようにあることなのだ。

 誰だって通る道なのだ。

 我慢するのは必然……


 俺は心を殺し、トイレを出る。


「片山さん。休憩ありがとうございました」

「は? もう終わったのか――ってお前、さらに顔色悪くなってねえか?」

「そんなことないですよ。最高に元気ですから」


 俺は死んだ目で、ニコリと笑う。

 片山さんは心配そうな顔をして俺を見ている。

 

 自分の決められたことをしよう。

 俺は無表情で仕事に取りかかる。


 この日はサービス残業をし、終電間近まで仕事をしていた。

 これが俺の日常。

 限界まで仕事をし、そして虚無感を抱いたまま帰路に着くのだ。

 定年退職するまで俺の生活はこんなものだろう。


「……人生、こんなもんか」


 俺は暗くなった職場を出て、暗くなった空を見上げ、暗い表情でトボトボと帰っていくのであった。

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