第132話 なぜお前なんだ。−3

 聞き覚えがある声、振り向いたところに立っている康二がますます春日に近づいていた。こんな時間になぜここにいるのか気になる春日だったけど、大山と川田の件で少しは緊張をしていた。


「え…確かにハルの友達…」

「はい。」

「偶然だよね?こんなところで会うなんて…」

「偶然…いいえ、偶然じゃないです。」

「うん?」

「いつも見ていたから…」

「なんの…話なの…?」


 変な空気を感じる春日、康二が言っていることがなんとなく分かる気がした。黙々と隣のブランコに乗る康二は春日を見つめて話を続けた。


「これは偶然じゃなくていつも先輩のことを見ていたからです。」

「だから…」


 こんな乗りが苦手だった春日は話題を変えようとしたけど、彼の目は本気でそれを言っていた。これはまた嫌な予感しかしない春日はその場から離れようとした。


「もう家に帰らないと…じゃーね。」

「春日先輩!」

「あっ…!」

 

 離れる春日の手首を掴んで彼女を行かせなかった。


「痛い…離して!」

「先輩のことがまだ好きなんです…好きなんです!」

「どういう意味なの…!分からない!」

「春木なんかよりずっと…僕の方が!」

「だから知らないってー!」

「なぜ…ですか…」

「私…彼氏いるん…だからもう離してよ…痛い…上原くん…離して…」


 春日がすすり泣く声で話しても掴んだ手首を離してくれない康二は反対側の手で拳を握っていた。震える拳、そして声は自分で考えても意味もない言葉を選んでいた。我慢ばっかりの人生で誰より頑張って来たはずの人生なのに、なぜこれだけはうまくできないと考えながら話した。


「どうして春木なんですか!僕の方がもっと…」

「ハルの方が好きだからだよ!理由なんてない…これでいいでしょう?」

「理由がない…?じゃ僕だって先輩の彼氏になれるってことじゃないですか。」

「は…?」


 どうしよう、話を全然聞いてない。ハル…助けて…怖い…


「だから春木なんかより僕の方がもっと先輩を幸せにさせるから!!」

「そんなの聞いても私の選択は変わらない!ずっとハルのことを好きだったから。」

「ハルハルハル…うるさいんだよ!」


 手首を振り切ってその場から離れようとする春日を押し倒した。


「…もう嫌だ。」

「結局…これで終わりか…なら春木も失えばいいんだ…手に入らないものなら…」


 ポケットに右手を入れて何かをいじる康二が倒れている春日に近づいて行く。


「近寄らないで…」

「僕の気持ち…理解してくれなかった…」

「…上原く…ん。」

「お前もこの気持ちを感じて見ろ!春木!」


 ポケットの中に入っていたカッターナイフを出した康二が春日に振り下ろす。


「お姉さん!!」

「ハル…」


 目を閉じて顔の前で腕を組む春日。


「何…?」


 間に合った…

 少し痛いけど、体の痛みに比べたらこんなものは平気だ…


「…」


 カッターナイフの刃部分を握って、一応危機を乗り切った。そして力を入れてカッターナイフの刃部分を切った俺はそのまま砂場に投げ捨てて、康二に話した。


「お前、何すんだ。」

「春木…」

「おい、説明しろ。なんだ…この状況は…?」

「お前には分からないんだ…」

「は?」

「お前はいつも欲しかったものを奪うから!知らねぇんだよ…!」


 訳わからない…こいつは何が言いたいんだ。


「は…?」

「中学時代から…なんでお前はずっと先にいるんだ…周りは全部お前のことだけ好きになって、くっそ…どんな努力をしても…お前には追いつかないんだよ。」

「何を言ってんだ…俺は別に…」

「お前みたいになりたくて…同じことを真似して、同じことをやって…心の虚しさを埋めようとした…」


 右手から地面に落ちる血が気になって拳を強く握ってから話を続けた。


「でも失敗したってことか…」

「そう。やはりお前みたいな人にはならなかった。」

「佐々木先輩も木上も…その気持ちも全部嘘だったのか。」

「そう。」

「今まで一緒にいた時間も全部そうなのか。」

「そう。」

「それはただの劣等感じゃないのか。」

「…」


 そして康二はその場で泣き始めた。


 複雑な感情が体を縛る、今までいい友達だと思った人がこんなことを起こすなんて信じたくなかった。康二が言いたいのは俺があいつにとって乗り越えない相手ってことか、どうやっても上には辿り着かないままか…

 その場で止まっている時の気持ちは…俺だってよく分かる。


 何一つ俺たちの間に重なることがなかったのに…何をそこまで深く考えたんだ。全て俺のせいとは言えないな、それは自分を失ってただ迷っているだけだ。他人と比べれば比べるほど自分がつらくなるだけなのに、なぜそれを知らないんだ。


 燃え盛る青春はたまに間違った道を教える…そんなもんだ。


「もう話したくない…失せろ。」

「…」


 そして倒れている先輩を起こして服についている埃を払ってあげた。


「ハル…」

「うん、怖かったでしょう?」

「うん…でも…でも…」

「分かる。もういい。」

「でも血が…」

「大丈夫だよ…多分近くに武藤がいるから一緒に帰ろうか…?」

「うん…」

「はい、背負ってあげるから。」


 足に力が入らない先輩を背負って家まで連れて行くことにした。


「ハル…痛くない?」

「大丈夫、拳を握っていると耐えられる!」

「ごめん…」

「え?春日が謝ることじゃないよ。」

「どうして私の居場所が分かった?」

「あ…武藤が送ってくれた。」

「そっか…」


 背負われている先輩がギューと抱きしめてくれた。


「なんで私にこんなことばっかり起こるのかな…」

「うん?人気者で綺麗し、みんなに好かれるから…?」

「私はハルに愛されたい…他人のことなんか知らない…」

「うん…」


 そしてまだ気が済まなかった康二がその場で俺に叫んだ。


「なぜお前なんだ!なぜお前…なんだよ…お前みたいに一度は主役になりたかったのに…」

「何を言ってるんだ。お前はすでにあの人たちの主役だったんだろう、自分だけを考えるのをやめろとは言わないけど…少なくともお前を好きになった人たちの気持ちを思い出せ。」

「…」

「さよなら、康二。」

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