第131話 なぜお前なんだ。−2

 電話に出ないって言うよりこの電話番号に着信拒否されてるみたいなんだけど、気のせいか…あいつは何をやってるんだ。


「繋がらない、まぁーいいっか…戻ろう。」


 病室に戻ってベッドに横たわると、先まで話したことがさっぱり消えてしまった。ベッドに残っている温もりを感じる度、ちゃんと終わらせなかったセックスに未練を持つ自分が少し恥ずかしくて頬を染める。


「布団から先輩の匂いがする…」


 でも…またやりたい。先輩…


「あ!そうだ…メール、メール…」


『みんな帰ったよー』

『そう?私も帰り道!』


 返事が早い…


『帰り道、気をつけて!ちょっと寒いし…一人で心配になるから。』

『うん!』

『じゃーまた!』

『スキー!』

『俺も春日スキー!』


 メールのやり取りで心がワクワクするんだ…嬉しい…

 その後は携帯を隣のテーブルに置いて、ただ時間を過ごすだけだった。お医者さんには来週に退院できるって言われたけど、もっと早く学校に行きたい。先輩と会える日が減っていくなんて嫌だな。


 そして康二…どうしたのか…そんなやつとは思わなかったのに。

 考えても損するだけ、今はそんなことどうでもいいから…その件は学校に行ってから調べよう。


 またぼーっとする時間が増えた。

 目の前にある引き出し、そしてその中に入れて置いた指輪。いつか渡さないといけないのに…いいタイミングってよく分からないな…

 とにかくただで渡すのができない俺だった。


「普通じゃ意味ないんだ…よな…」


 そのタイミングを考えているうちに携帯の着信音が鳴いた。


「こんな時間に…?お母さん?」


 忙しい時間じゃないのか…もう午後7時だぞ。


「もしもし、春木ー」

「うん。」

「別れた?」

「切る。」

「はははっ!ごめんー」

「なんだよ。忙しくないのか?」

「うん、忙しいけど…あのね?12月に時間ある?」

「まぁー時間はあるけど?どうした?」

「春日ちゃんとうちの温泉に来なさい!」


 これは…!


「え?本当?行っていい?」

「私の息子のために…二人きりの個室と二人きりの混浴温泉まで…用意したよ。」


 なんかすごく嬉しそうな…声だ。


「なに…その言い方…」

「すごくいい湯だからねーどーする?」

「いや…あの、二人の温泉旅行はいいけど…混浴までは…」

「あら?そう?二人、セックスは…?」

「おい!お母さん!」

「へえ、まだなのー?そう!こっちでやる方がもっとワクワクするかもしれない、どう?」


 母…どんだけ変態なんだよ…

 ただ向こうから聞こえる話だけなのに、なぜ俺ってやつは顔が赤くなるんだ。

 落ち着け…!一応、まだ、うん…そう。先輩のスケジュールも確認するべきだし、そして…そして…なんで変な想像してるんだ…平常心!

 ……あ。

 ただの『』に心がウキウキする…もうダメだ。行きたい、どんなことがあっても行きたい…収まらない気持ちは旅の決定を勝手に決めてしまった。


「…」

「春木ー?やはりだめ…?」

「行く…」

「うん?」

「行くから!行けばいいだろう!」

「分かったーお母さんが春木にやってあげられるのはこれくらいしかいないから…思い存分楽しんでね。」

「そんな話はしなくてもいい、分かった…」

「あら、もう戻らないと。二人で話し合って日程が決まったらまた電話してねー」

「うん…ありがとう。」

「バイバイー」


 心が収まらない…12月か…

 まだ遠いけど時間の言うものはあっという間に経ってしまうからそんなに遠くもないか…よっし、後で教えてあげよう。そして旅行に行って渡すのだ。


「よっしー!これだ!やるぞー!」


 なんかすごく幸せだ。前とは違って俺にいなかったことができた感じ…?否定的な考えより幸せなことを考えてしまう。


 全部先輩のおかげ…かな?フフッ。


 ……


 本当だ。康二のことはもう忘れていた。


 そしていよいよ退院の日が迫って、無事に家に帰った。

 数日間、家に誰も来なかったから部屋の隅とか机などに埃がすごく溜まっていた。前にはこんな部屋なんかもう入りたくなかったし、思うことも嫌だったけど…思い返したらこんなに大切なものがまだ残っていて、それだけで安心した。


「捨てなくてよかった…」


 この全てがあって先輩と会えることができた。俺が生きてきた人生は無駄じゃない、と叫びたいほど部屋にいっぱい積んでいた思い出はあの時の記憶と共鳴していた。


「さて…もう寝よう。」


 いつも先輩が隣にいてくれたせいで、寝る時になんか物足りない気がする。それでも先輩と会える明日を期待しながらぐっすり寝る、また明日…先輩がいるから…


『ハルー寝てる?』


 ……


 綺麗な夜空が見られる夜。


「明日…ハルと会える…」


 スケジュールをこなした春日が恵と一緒に夜の散歩に出ている。少し寒い感じがする10月の中旬、久しぶりにジョギングをした二人は近所の遊び場でブランコに乗る。静かな遊び場で夜空を眺める二人は寒い風が吹いてくる時に、もう冬が近づいていることを感じる。


「ちょっと寒い…」

「そう?缶コーヒーでも買ってこようか?恵ちゃん。」

「私が買ってくるから、お姉さんは待ってて!」

「自販機、ここから遠いよ…私が行ってもいいから…」

「大丈夫!任せて!」

「うん…ありがとう。」


 自販機まで走る恵が席を外して、春日は一人でブランコに乗っていた。


「あの自販機まで行くのは時間かかるんだから…ハルにメールでもしよっか。でも時間も遅いし…もう寝てるのかな…ハル…」

「この時間なら春木は寝ますよ。」

「誰…?」

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