第123話 現実。−3
「…」
話しづらい、武藤さんは俺が先輩と付き合ってることを知っているかな…知っているからこんな話をするんだろう。俺は自分の中でいろいろ考え始めた。
「違うのか?」
「え…いい人だと思って…います。」
「そうか、娘は加藤くんのことが気に入ったようだが…」
「はい…」
「…」
何かためらっているようだ。その横顔から感じられる不安な気持ちを隠せない、次に出る言葉に心の準備をしていた。もし二人の関係を認められなかったら…どうなるんだ。
不安を抱いている時、武藤さんが膝に乗せた両手を組んで話を続けた。
「俺は…春日にとっていい父親ではなかった。」
「はい…それって…」
「君たちがそんな目に遭ったのも、時間がなかった俺のせいだ。」
「何か…あったんですか?」
「賭博に耽って借金が多かった大山は公金横領に次いで銀行強盗事件犯し、今度は拉致まで…その責任は俺にあったけどそれを止められなかった…すぐ二宮に任せたけど、どうやら遅くなってしまったようだ。」
「はい…それは…仕方がありません…もう捕まえました…大丈夫です。」
やはり大山は…お金が目的だったんだ。そしてあの時、邪魔になった俺に復讐をした後、先輩を拉致して交渉をする気だった。よかった…あんなやつが捕まえて、もうこれで解決だろう。
「そしてグループを継いで欲しかったからいつも…無理して春日を押し付けた。春日は頭が良くてなんでも上手くこなす子だったから期待をしていた。」
先輩が前から忙しそうに見えたのは父親からの期待だったのか、頑張ってることは分かっていたけど、そんなに重い期待を背負っていたとは思わなかった。そんなことを分かっていたのに俺のために笑顔で一緒にいてくれた。
そしてもう一つの言葉に疑問を抱く、それは「時間がない」と言う言葉だった。なぜ時間がないと言ったのか、今はそれを聞くところではなかった。
「そうですか…」
「あの子が落ち込んでいたのはとっくに知っていた、けど俺は早く春日が成長して欲しかった。」
「その理由を聞いてもいいですか?なぜ先輩にそこまで…」
「そうだな、もう俺に時間がない。後、3年くらいかな…体がもう…耐えられない。」
話をしている武藤さんがごほんと咳をした。あの3年と言う時間はまさか余命の話なのか、それなら大事なことなんじゃ…
咳が止まらない武藤さんにジャケットを渡そうとした。
「体が冷えます…ジャケットを!」
「いい、もう慣れている。」
「…はい。」
しばらく咳をして肺辺りを掴んでいるのにジャケットを拒否した武藤さんがため息をついて話を続けた。
「加藤くんにはいつも感謝している…けど…」
「もういいんです。中に入りましょう…温かいお茶でも…」
「話を聞いてくれ加藤くん。もう少しでいいから…」
「はい。」
武藤さんが腕時計の時間を確認した。
「もう時間か…単刀直入に言う、君に春日と別れてほしい…」
「はい…?」
先輩と別れてほしい…か、やはりこうなるんだよな。俺みたいな凡人と先輩は最初からレベルが違うからその理由を分からないとは言えない、武藤さんのそれなりの理由があるだろう。その理由を俺も分かりそうだったから黙々と聞いていた。
「フウ…すまない。事故の後にこんな話をして。」
「…」
予想していた話を直接に言われた。どんな答えをしたらいいのか頭が真っ白になって、ただ下を向くだけだった。
「こんな話を言われた加藤くんの立場を理解できないとは言わない、けど春日の未来を考えてその決定をするしかなかったことを理解してほしい。」
「はい、分かります。」
「何度も加藤くんに助けてもらったことは感謝している。それは絶対に忘れない、だから加藤くんの犠牲に相応しい報酬をする。」
「いいえ、そんな…私は報酬なんか要りません。ただ助けるだけだったので…」
「君はいい人だな。もう時間だ。俺は春日の迎えに来たけど、あの子は帰りたくない顔をしているんだよな。」
「え?」
話をしている武藤さんが遠いところを見つめた。そこには壁に身を隠して俺たちを覗いている先輩がいた。こっちを見つめる先輩と目を合わせた時の複雑になる気持ちは言葉に出せなかった。だから目を逸らした俺は武藤さんに話した。
「先輩を連れて行ってください。一人でも大丈夫です。」
「今日は無理だ。こう見えてもあの子に嫌われているから…」
「そうですか…」
「加藤くん…すぐ別れろとは言わない、時間をあげる。」
「はい…」
「悲しくなるかもしれない、けど俺には時間がない。春日は高校を卒業したらすぐカナダに行く、そして会社の後継者にならないといけない。だから春日が素直にカナダへ行けるように頼む、加藤くん。」
「はい、分かりました。」
「うん…それでいいんだ。頼む、加藤くん…貴重な時間を割いてくれてありがとう。」
「はい。」
「機会があったらまた話をしよう。」
「はい…」
その話をして帰る武藤さんにジャケットを渡した。しばらくその場所で考えた、先輩はもっといい人生が待っている人だ…もちろん先輩みたいな人が俺のことを好きになってくれるのは嬉しいけど、俺のせいで先輩がカナダに行かないと言ったらその時の責任は取れない。
「ここまでか…」
別れたくないのが本心だ。けど人の人生だからここは送ってあげないとだめなんだ。落ち着いて考えた俺は体の苦痛を忘れるほど、真剣になっていた。そして現実を認めた時から襲ってくる体と心の痛みは前と比べられないほどつらかった。
とてもつらかった…
「戻ろう…」
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