第124話 現実。−4
病院の中に入った時、壁にかけている時計の針は4時を示していた。
「遅くなったな…」
そう言えば先輩の姿が見えない、先まで外にいたのに父親と一緒に帰ったのかな…寒い天気と背中から感じられる痛みのせいで先輩を待つことはできなかった。
一人で病室に戻ってきた俺はベッドに横たわって武藤さんの話を深く考えた。今は10月そして後少しで冬になってまた少しで春が来る、そうしたら先輩は卒業するんだ。時間は少ない、もう先輩と一緒にいられるのは2ヶ月くらい…その後はカナダに行ってしまう。
「今更諦めるなんて…なんで俺は素直にはいって答えたんだ…あ…もう…」
チクタク…と静かな病室から時計の音が聞こえる。
どうしても一人で解決できるような状況じゃなかった。先輩にこんな話をしたら怒られるだろう…絶対行かないと言うかもしれない、その答えは既に決まっているのに俺は一人で悩むだけだった。
「ハル…」
いつの間に来たか、体を回したところに先輩が座っていた。
無表情で顔を触る先輩の手が暖かい、武藤さんといた時とは違う緊張感が感じられた。何も言わずに頬を触るその手、俺は先輩の顔を見上げて目を合わせた。
「春日…」
「うん。何?」
「いや…」
「うん?」
戻ってくるのが遅くなったことも父親と話をしていたからだろう。だから聞いてみたかった、どう思っているんですか…と。
けど、実際そんなことを聞くのが怖かった。先輩に触れられない日々が続くことを想像したら心が壊れるような気がして、今はこう言うしかなかった。
「眠くない?」
「眠いよ。」
「寝る?」
「ううん…大丈夫、ベッドが狭くなるから私は夜更かししてもいいよ。」
「…ダメだ。」
先輩の腕を掴んでこっちに引っ張る。
「いいから…こっち来て。」
「うん…」
言葉でできない時はこうして先輩を抱きしめた。ベッドの上で横たわる二人、俺に抱きしめられている先輩はじっとして胸に顔を埋める。目を閉じて先輩の温もりを感じる時、やはり俺の心の居場所は先輩だと思ってしまう。
「ううん…ほっとする。」
先輩が小さい声で話した。
「俺もだよ。」
「うん…」
じっとしていた先輩がギューと抱きしめて俺の上に乗る、そして頭を胸の辺りに乗せる先輩が可愛くて上半身を起こした。こうして見るとなんか子猫みたいに見える、その頭を撫でながらじっとしている先輩に話した。
「どうした?」
「ハル…の心臓の音を聞いているよ…」
「そう…?」
「ドキドキする音が心地いい…」
「なんか恥ずかしい…は、早く寝よう!」
思わずあくびが出てしまう。やはり今まで堪えてきた緊張がほぐれたせいか、それに気づいた時の俺はもう目を閉じていた。疲れが溜まっている体に加わる先輩の温もりが、とても心地よくてぐっすり眠れる。
「春日…どこにも行かないで…」
寝落ちた春木の姿とその寝言を聞いた春日がそばから目を離さない。頭を撫でながらそばに横たわる、いつも夜更かしして勉強をする春日に眠気などはただの邪魔物だった。
そばから春木を見つめる春日は一人で寝落ちした春木に声をかける。
「私ね、久しぶりにお父さんと話したよ…」
「ねえ…ハル…私、実は行きたくないんだ…ずっと一緒にいたいよ…一体、どれくらい頑張れば一緒にいられるのかな…ただ一緒にいられるのがこんなに難しいなんて、どうしたらいいの…?分かんないよ…ねえ…」
春木の胸に顔を埋めて話を続けた。
「ハルが決めて…私、ハルが言った通りにするから決めてくれてほしいの…」
誰も聞いてないこの病室からすすり泣く春日は震える声で話しながら春木の顔を見上げる。彼女も知っていた。結局自分で決めないといけないことを知っていても彼女は春木に頼るのを辞められなかった。
そして感情と言う言葉の前で思い通りにならない『全て』は『現実』。
尽きせぬ二人の渇望。
一歩先の切り岸。
「なんちゃって…」
もっとギューする春日は目を閉じて二人の夜を過ごす。
「おやすみ…ハル。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます