第120話 俺の悪夢。−9
「武藤さんびしょ濡れじゃないですか…」
体が全体的にびしょ濡れになった先輩が俺の前に立ち止まる。何があったのか、もしかして彼氏とうまくいかなかったのか色んな考えが思い浮かぶけど先輩に直接聞く時じゃなかった。
静かな病室に落ちる水玉、俺は急いで先輩のカバンを取って話した。
「タオルを持って来ますから、ちょっと待ってください。」
「…」
個室の引き出しに入れておいたタオルを取って先輩の髪を拭いてあげた。
さすが大雨、タオル一つじゃ無理だよな…髪の毛がすごくびしょびしょで拭いたタオルも濡れてしまった。
その間、先輩は黙々と俺を見つめている。
「風邪…引きますよ。」
「うん…」
「何かあったんですか?元気なさそうですね?」
「はくしょん…」
くしゃみをする先輩、早めに濡れた制服を着替えないと体がさらに冷えてしまう。制服に手を出せなかった俺はそれを知っていてもびしょ濡れの制服を拭いて上げることしかできなかった。
黙々と拭いていたけど、やはり無理だと思った俺は先輩に声をかけた。
「制服…着替えないと体が冷えてしまいますよ。」
「他の服…ない。」
「自分が着たものなんですけど、洗濯した病衣があります。まずは…」
話が終わってないのに先輩がブレザーを脱いでブラウスまで脱ごうとする、その前でしゃがんでいた俺はびっくりしてつい先輩の手首を掴んでしまった。
「あっ…!」
「すみません…」
「痛い…」
「だ、大丈夫ですか?急に服を脱ぎますから…びっくりして…」
「別に見られても…平気。」
死んだ目と力がない声で俺は絶対何かあったと確信した。
「病室の外で待ちますから…」
「春木、体まだ治ってないでしょう?大丈夫よ。」
「それでもダメです。病衣を持ってきますから。」
急いで病衣と2枚のタオルを持って来た。
「じゃ…ここに置いておきますから着替えたら声をかけてください。」
「大丈夫って言ってるでしょう?なら春木が脱がせてくれる?」
「はい…?」
「脱がせてよ。」
先輩の話を聞いて、俺は武藤と話したことを思い出す。先輩は本当に男好きだったのか…なぜそんな行為をさりげなくするんだ…人の前で服を脱ぐのは普通に恥ずかしがるだろう。武藤の話を信じるしかない状況だった。なんでだ…なんでそんなに平気な顔をして言えるんだ。
どうでもいいってことか…
俺が今まで見てきた先輩の印象とは違った。
「寒いよ…着替える。」
「…」
ただ静かに背を向けた。
服を着替える音が大きく感じられるほど、二人の間には会話がなかった。俺は何をすればいいんだ、何を言えばいいんだ。背を向けている時、いろいろ考えて見たけど深まるこの夜になんという話は思い出せなかった。
「着替えた。」
「はい。ベッドに横たわってもいいんですよ。疲れてるし…」
そして椅子に置いていた先輩の服をハンガーにかけようとしたらその上に乗せている下着を見つけた。
「…」
仕方ないよな…大雨だし。
恥ずかしい感情を堪えて先輩の制服をハンガーにかけた後、ベッドに戻ってきた。
「何それ…」
ベッドに座っている先輩の首から傷跡みたいな赤い痕が残っていた。
「先まで見えなかったのに月明かりが照らしてくれたのか…」
「気にしなくてもいいよ。」
傷跡を隠して、声がさらに小さくなる。何かあったんだ…彼氏が暴力でも振るったのか、首にできたあの傷は一人でつける傷跡ではなかった。
「言って。」
なぜなのか分からない、俺は傷ついた先輩を見て湧き上がるこの感情を収まらなかった。
「うん…?」
「何があったのか、言え。」
「何…よ。」
「彼氏が手を出した?それとも誰かにいじめられた?なんだよ!なんとか言って!」
「…」
ベッドの上で先輩に近づいた。責めるような声で先輩を脅かす自分を感じた時、湧き上がる怒りを堪えて先輩の顔を見つめた。
震える先輩の体、しばらく俺を見つめる先輩が涙を流した。
「春木のせいだよ…春木のせいなのよ!!!」
「どうして…?俺は…何も…」
「なんで私に大声を出すのよ…なんでだよ…」
「心配…に…」
先輩から大声を出した。
「なんで春木はいつもバカみたいに横たわってんの!」
「…」
「何もしてねぇし!なんで…なんで!」
今更、俺のせいと言われても俺は何も分からない。俺だけが何も知らないのか、本当に思い出せないことを言われても…無理だよ。
俺を睨む先輩が上衣を脱いで上半身の傷跡を見せてくれた。
「な、何を…」
「痛いよ…体も心も全部痛いよ…」
「やはり彼氏に…」
「私ね…春木が好きなの…」
「はい?」
急に好きって言われた。
「でも…春木は…知らない顔をする。私のことを最初から知らない人のように言ってたじゃん…」
「…」
布団の上に落ちる涙がとても悲しかった。下を向いて先輩が俺に話したことは先輩が一番欲しかったものだと思う、綺麗な服よりも高い贅沢品よりも欲しかったただ一つ。
『記憶。』
「私…にとって春木しかいないよ…」
「でも、武藤さん彼氏…いたんじゃ…」
「だって…数ヶ月経っても春木は私のことを思い出せなかったじゃん…」
泣き声で話す先輩が俺を見つめた。
「…それは。」
「数ヶ月間、すごく寂しくて毎日がつらかった…私の前に春木がいるのに春木じゃなかったから。」
「俺のせい…」
先輩は落ち込む顔で背を向ける俺に近づいた。
「ご、ごめん…いきなり怒っちゃって…」
そして悲しい表情で俺を抱きしめてくれた。
「一人になるのが怖かった…心の虚しさを埋めたかった。一人じゃ…何もできないくらい春木の存在が大きかったから…」
「はい…」
「春木が私を忘れた時は世界が崩れたようだった…久しぶりに出会ったのに私を覚えてないなんて信じられなかった…」
「でも…彼氏いますからもう…」
「そんなクズはいらない…別れた。私は春木が欲しい…あんなクズ変態たちとは違うのよ…」
実は俺も好きだ…
何も思い出せないくせに…こんな話を口に出せるのはできなかった。ただ綺麗な人だから、お金持ちだからではなく人としてこの人が好きなんだ…こんな俺が今の気持ちを伝えるなんてさすがに無理だった。
そして俺も先輩を抱きしめた。
「じゃ…あの傷跡はどうして…?」
「クズが…強制的に関係を要求して…」
「そうでしたか…」
「そしてごめん…あの時、いきなりキスなんかしちゃって…確認したかった、せめて春木が私との記憶を思い出せるのかなって…」
「そうですか…こっちこそすみません…武藤さんがどんな考えをしていたのか全然知らなかったんです。ただ…いいえ、なんでもないです。」
「…ごめん。急に来て、急に怒って、複雑な気持ちをどうすればいいのかしらなかった…全部私が悪い。」
「大丈夫です。」
確かに言えなかった。
でも、もう大丈夫だから…先輩の頭を優しく撫でてあげた。
「うん…」
先輩は俺のせいで…虚しい心を満たすために付き合ったのか、わざわざ彼氏を作るほど自分の寂しさに堪えられなかったんだ。
その時、感じた違和感はこれだった。言ってくれただけでよかったと思う、今度は力になれなかったけど…これから先輩のそばで一緒にいたいと思った。
そうだ…一緒に…
「でも春木とキスをした時に分かったことがあるの。」
「はい…?」
じっとして俺の胸に顔を埋めていた先輩が顔を上げて話した。
「好きな人とするキスがそんなに気持ちいいことなんて知らなかった…」
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