第119話 俺の悪夢。−8

 あの日のキスはなんだろう…

 先輩が帰ってから夜になるまで、収まらない気持ちは俺を寝かせてくれなかった。まだ先輩の温もりが残ってるようだ、自分の唇を触りながら枕に顔を埋める。


「…ふう、何がなんだかさっぱりわからない。武藤さん、なんか悲しそうな顔してたよな。」


 それから少しずつ変わっていく自分を感じた。


 何も言わずに帰った先輩は次の日もそしてその次の日も見舞いに来てくれた。そしてまた数日が経って今日も明るい姿で病室に入る。

 先輩の横顔をちらっと見て様子を確認する時、先輩から話をかけてくれてびっくりした。


「春木。体は大丈夫?」

「はい…!」


 隣の椅子に座る先輩を見つめた。


「ごめんね、春木。」


 いきなり謝る先輩。


「え?なぜ謝るんですか?」

「なんか変なことしちゃって…」

「いいえ、気にしてないから謝らなくても…いいんです。」

「うん…」


 しばらく何も言わなかった二人は黙々とその場でじっとしている、そしてまた慣れていない静寂が流れた。


 約20分くらいの時間が経って先輩の携帯が鳴いた。


「あ、電話だ…」

「電話に出ないんですか?」

「ごめん…行ってくる。」

「はい。」


 電話に出る先輩は席から離れて病室を出た。一人で残された俺は窓の外を眺めて、今感じたこの違和感に疑問を抱いた。

 表情は明るいけど…その中に隠れている感情に気づいた。


 気のせいと思うことにした。長い時間を一人で過ごして、雑念が多くなるのもしょうがないんだよな。

 そう、気にしすぎた。


「ごめん…電話が長くなって。」

「それは仕方ないんですね。」

「あのね、春木。」

「はい?」

「私、彼氏できた。」

「そうですか?よかったですね。おめでとう…ご…」


 と、言う時…その顔を見てしまった。


「うん…じゃ…私、今日は早めに帰るね。」

「はい、もう彼氏もできたから見舞いなんか来なくてもいいんですよ…二人の時間を送ってください。」

「…帰るね。」


 先輩の顔を見たらその声がまるで「さよなら。」と言っているように聞こえた。先輩が病室を出てから俺は不安な感情にとらわれて、虚しい一日を過ごした。


「なんだろう…この気持ち。」


 そしてしばらく先輩は見舞いに来なかった。


「まぁ…毎日見舞いにくる人がすごいんだよな…」


 一人で話す時間も増えて俺は体が治るまでこうするしかないのか、たまに不安を感じる。


 そして意外の人が俺の病室に訪れた。


「お邪魔します…」


 ベッドに横たわって耳に聞こえる女の子の声、その声だけで知り合いではないことを確信した。病室を間違ったと思った俺は何も言わずに目を閉じた。

 でも女の子の人けがますます近づいてることが感じられて、体を起こした。


「誰…ですか?」

「あの…加藤春木さんですよね?」

「そうですけど…」

「私は武藤恵と言います。」

「え…あ…武藤って…どっかで…」

「武藤春日さんの妹です。」

「あ…!そうですか!え…私になんか用事でもありますか?」


 先輩と似ている姿、背は少し高いけど顔が似ていた。見た目で違うところははにかむことか…妹さんはすごく緊張していた。


「あの!お姉さんの代わりに来ました!」

「あ、そうですか…ありがとうございます。」


 なんとなく頭を下げた。


 武藤恵は俺と同じ年で先輩の代わりに来てくれた。わざわざ来なくてもいいのに…その間先輩は最近できた彼氏とデートをしているだろう。来てくれた人を帰らせるのも悪いから俺は武藤となんでもいいから話をすることにした。


 そして俺は武藤と話している間、流れに乗って話のキーワードが「武藤春日」なった。俺は今まで世話を見てくれた先輩の話をしながらふっと普段の先輩が気になってしまった。それを聞いた武藤が心配する顔で話してくれた。


「加藤さんはお姉さんのことが好きですか?」

「え?いや…数ヶ月間、気遣われて…気になったっていうか…」

「そうですか…ならよかったです。お姉さんはすっごく男好きだから…」

「え…そう…ですか?」

「彼氏の乗り換えも早いし、今まで3〜4人…?くらいですね。」

「彼氏の乗り換えが早い…?そんなーえー?あの武藤さんが?」

「はい、多分…加藤さんと会う前にも彼氏いたかも…」


 俺は信じられなかった。そんなに乗り換えが早いって…じゃあのキスの意味ってなんだ。頭が真っ白になって武藤の話を否定しようとした。けど一番近いところで見てきた人だから否定することはできなかった。ただ俺が信じたくなかっただけ。

 

 なら、先輩は彼氏がいるのにそんなことをしたのかよ…

 裏切られた気がして体に力が抜けた。


「加藤さん?大丈夫ですか?」


 強いて平気な顔を演じる。


「なんか思ったイメージより違う人だなーと思っただけです。」

「お姉さんはすごい美人で…人々に好かれるから…片思いをする人が多かったんです。それが心配になって…」

「なるほどですね。確かにすごい美人でした。」

「あ…もう塾ですな。」


 俺の様子を確認した武藤はカバンとブレザーを持って準備をする、気づいたら時間が3時間くらい経っていた。


「あ、早く行ってください。」

「また…いつか会いましょう。」

「はい、今日は話し相手になってくれてありがとうございます。」

「はい。」


 最後は笑顔であいさつをした。

 

 武藤が行ってまた一人になった俺は夜になるまで武藤の話を思い出した。ベッドに横たわってますます複雑になる気持ちを振り切れなかった俺は自分を責めた。


「なんでそんなことを…」


 静かな夜、水玉がぼとぼとと滴る音が聞こえる。

 時間は「AM12:01」ようやく眠れるかと思ったら外で大雨が降っていた。


「どうせ眠れない夜だったら…雨でも見ようか。」


 ベッドから降りて窓側に行く時、後ろから病室の扉が開けられた。それに気づいて振り向いたけど、大雨で暗くなった病室からあの人の姿は見えなかった。


「武藤さん?こんな時間に…なぜ?」


 病室の奥から歩いてきた人はずぶ濡れの先輩だった。

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