第118話 俺の悪夢。−7
時間がどれくらい経っていたのか…ぼーっとして鏡の中を眺めている。鏡が見せてくれるあの時の記憶、俺はその前に座って先輩のことを考えていた。
膝を抱えて、頭の中には会いたい気持ちだけ…
…そして鏡は消えていく。
「ああー!」
複雑な心を込めて、消えていく鏡を拳で打つ。
何回も打ってみた。硬くて、硬くて壊れない鏡…それは自分を傷つけるだけだった。地面に落ちる血を見つめる時、新しい鏡が現れた。
……
先輩と会ってから数日が経った。今日の先輩も学校が終わってからすぐ俺の見舞いに来てくれた。
「春木ー」
「あ、武藤さん。こんにちは。」
「今日はどー?思い出した?」
「え…まだ…何も…」
「そう…?」
そして隣の椅子に座って二人は話をした。
「ねね、春木。外に出て散歩しよっか?」
「散歩…?いいですね。でも…まだ脚が…」
「ううんー大丈夫!車椅子を持ってくるから。」
「は…い。」
外に出るのは入院してから初めてだった。車椅子を用意してくれた先輩が俺を連れて病室を出かける、そして廊下に出て分かったことは俺の病室がすごく高い特別室だったことだ。入院したのは今回が初めてだったから、普通の病室はこうなってるんだ…と思っていた。病院の廊下から見える普通の病室を眺めて確信した。
「え…俺の病室って…」
「うん?」
「なんで私だけいい病室なんですか?」
「いい病室?そうか?春木は知らないよね、そこは私が母に頼んだから。」
「え?そんな…普通の病室でいいんです。」
「だめ!春木は完全に治るまでそこで休んで!」
「でも…特別室って高いんじゃ…」
「気にしなくてもいいの。」
外に出た時、俺は久しぶりに涼しい風を感じた。
車椅子を押してくれる先輩と紅葉がたくさん見える場所に着いた。しばらくの静寂が流れるこの場所で先輩が俺の前に立つ。
「いい景色ですね…紅葉って。」
「私はね…春木が忘れた記憶を全部思い出して欲しいの…」
「はい…?」
見上げた先輩の顔が悲しそうに感じられる。なんで…どうしてそんな顔をするのか、手を伸ばして顔を触りたいけど車椅子に座っている俺にはできないことだった。
ダサいな…
「春木は私にとってとても大切な人だから…私には春木しかいないよ…」
もう泣きそうな顔をしている先輩はひたすらに俺のことを考えていた。事故が起こる前からずっと俺を知っていたかもしれない、そうでなければ今みたいな状況は起こらないだろうな…
「大切…な人…」
「もう…1ヶ月だよ…」
「…」
「1ヶ月…私は春木と会いたいよ…」
「何…を…言ってるんですか…」
「私と出会って…笑顔で話したあの時の春木に戻って…戻って欲しいの…!」
今まで堪えてきた先輩の感情が溢れ出した。その泣き顔が見たくなかった俺は先輩の涙を拭いてあげるために車椅子から立ち上がる。まだ脚が痛くて震えているけど、人差し指でゆっくり先輩の涙を拭いた。じっとして俺を見上げる先輩が涙声で話した。
「春木…」
「はい…武藤さん。」
俺と目を合わせて、また静寂が流れた。
先輩がどんな考えをしているのか、その目を見ても分からなかった。そして俺を呼んだ先輩は何も言わずに泣き顔でただ見つめていた。
「なんでしょう…」
「…春木、座って…立つのは疲れるでしょう?」
「は、はい…」
俺は先輩の話通り車椅子に座ってから話しようとした。
「春木…」
すぐ前に先輩の顔が見えてびっくりした。先輩は両手で俺の両腕を掴んだ、そしてだんだん近づく先輩の顔は頭が触れるほどの距離まで近づいた。
「あの…近いんじゃ…」
「…うん。」
「…」
うんって…なんかこの状況やばくない…?
両腕を掴まれて自分で車椅子を動かすのができない、だから先輩の目を逸らして目を閉じた。目を閉じても先輩の人けは消えない、すぐ前にいる先輩が感じられる。何かためらっているような気がしたけど先輩は何も言わなかった。
「…」
何も聞こえない、静かな場所だ。先輩は何を考えているのだろう…
そんなことを考えているうち、俺は今まで感じたこともない不思議な感触に触れた。
「…」
まさか、この感触って先輩の唇か…
軽く口付けをする先輩、それに驚いた俺は目を開けた。
先の感触は確かに先輩の唇だ…先輩が震える唇で優しく口付けをしてくれた。いけない、どんな顔をすればいいんだ…いきなり口付けをされた俺の感情が慌てていた。
そして震える声で俺は先輩に話した。
「な…ん…です…か。」
下を向いている先輩の視線、先輩の顔が真っ赤になってて何も言わなかった。
「え…?え…??」
「…」
「あの…」
「…好きだよ。」
「はい?」
その言葉の意味を考える前にピンクの唇が近づいていた。そして俺と先輩が口付けをする瞬間を最後で俺は目を閉じてしまった。
俺には見えない先輩の心…
先輩の喘ぎ声が聞こえる…
先輩がキスを感じている…
何、このキスは…
心臓の鼓動が速くなっている、静かな場所だったから分かる。ドキドキする心臓の音は俺にしっかり聞こえていた。この気持ちはなんだ…分からない、なんだ…知りたい。
口を付けて絡み合う二人の舌、延々と続いているような時間。何秒、何分くらいしていたのか…二人は時間と言う意味を忘れるほどのキスをした。
長くても短くてもない時間の終わり、口を離れて息を整える先輩は俺の唇を拭いてくれた。
「そろそろ…戻ろう。」
「はい…」
他の話ができない、頭が真っ白になって何を言えばいいのか分からなかった。先輩もそうだったのかな…何も言わずに黙々と俺の車椅子を押してくれた。病室に着いてから今日は早めに帰るって言った先輩がカバンを持って病室を出た。
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