第117話 俺の悪夢。−6

 ……

 

「春木って果物好き?」

「は…い…」

「りんご食べる?」


 あの頃の俺は毎日見舞いにくる先輩から目を離さなかった。どうしてこんなに優しくしてくれるのか、そんなことを考えながら先輩の顔を見つめていた。その理由を俺には知る由もなかった。


「うん?私の顔に何かついた?」

「い、いや…」

「どうしたの?」


 リンゴを乗せた皿を持ってくる先輩が俺の前に座る。


「あーん。」

「へっ?自分で食べます…」

「…」


 そうして切ったリンゴを取る時、なんかすごく睨まれているような気がした…


「え…武藤さん…なんか…すごい視線が感じられますけど。」

「私が食べさせたかったのに…無視された。」

「え…それくらいは自分でできますよ…」

「もう…女の気持ちを全然分かってくれない…」

「すみません…女の人ってどんなことが好きなのかよく分からないから…気に障ったらごめんなさい…」


 なんか悪いことをしちゃったみたいで、つい謝ってしまった。


「フフっ…」


 顔を下げて笑いを噛み殺す先輩は皿に置いているリンゴを取って、俺の口に入れてくれた。


「はーいっ!」

「うっ…!」

「油断したよねー春木。えへへ。」

「…」

「あっ…」


 …いきなり入ってくれるリンゴとともに先輩の指を軽く噛んでしまった。


「すみません…」

「…いいよ。」

「それにしても…帰らないんですか?家。」

「看病するから行かないよ。」

「いいんです。武藤さん忙しいんじゃないですか?」

「うん、春木を看病してるから本当に忙しいよ。一緒にいるから心配しないで。」

「…」


 そう言った先輩は本当に退院する時までいてくれた。今更見ると先輩は自分が吐き出した言葉をちゃんと守っていた。

 

 一緒に過ごす時間が増えて俺は先輩に関するいろんなことを教えてもらった。ほとんど先輩から一方的に言ってくれるけど一人で寂しいことより先輩と話す方がもっと楽しかった。

 実際に話も面白いし、意外と可愛い人だった。


 先輩は俺が自分を助けた人だと言った。何も覚えてない俺に毎日言ってくれるその言葉に何の意味があるのか、毎晩俺は先輩が言ったことを考えながら寝落ちてしまう。


 そして朝になるといつも聞こえるこの声。


「おはよ…う。」


 そう、これだ。ん…?なんかすぐ前で聞こえるような…


「ううん…よっ…!」

「夢…か…」


 目を覚めて、その前に横たわっている先輩と目を合わせた。まだ夢の中にいるのかと思ったら先輩が眠い顔をして俺の頬を触る、そして疲れた様子だった先輩はそのまま目を閉じた。


「うわっー!」

「何…びっくりした…」

「な、なんで病室に…?昨日帰ったんじゃ…?」

「5時に来たよ…フン…眠い。」

「そう…ですか…なら仕方ないんですね。狭いから俺が退いてあげますよ。」


 ベッドから降りて窓側に行こうとした時、後ろから先輩が俺の袖を引っ張った。急に掴まれて立てることが精一杯だった俺は先輩に引き寄せられてしまう。


「ううん…抱き枕…ふかふか…する…の好き…」

「しっかりしてください…!武藤さん。」

「う…っるさい!」

「…武藤さん?」

「うううう…」


 寝言までする先輩を見たら久しぶりに笑いが出ちゃった。

 季節は秋、いつの間にかこうなってしまった。もう紅葉こうようする季節なんて…俺は一体どれくらい眠れていたのかな…今まで起こったことをじっくり考えようとしたけど、くっついてくる先輩のせいで集中ができない。


「…」


 でも…その紅葉より綺麗な人がすぐ目の前で寝ている、その姿は無防備すぎて思わず頬を染めてしまった。


「スカート…どうかしないと。」

「…」


 週末になったら先輩はほとんど家に帰らない。

 いつも俺の面倒を見てくれた先輩がゆっくり休んで欲しくて、邪魔になる長い髪を後ろに流してギリギリ見える先輩のスカートを直してあげた。そしてしばらく先輩のそばから離れなかった、そもそも抱きしめられて離れるのができなかった。

 そして寝る先輩を見て、あくびが出る俺は少し目を閉じて休もうとした。


「おやすみ…」


 ……


 仲良くて寝ているんだ。

 入学してからなんか積極的な人だなー、と思っていたけど俺は先輩と前からこうしてくっついていたんだ。

 とても無防備な人…


「可愛いね…春日は。」


 ……


「今…何時?」

「11時ですよー起きてください。」

「はあ…」


 あくびをする先輩がさらにくっついて、俺の肩に頭を乗せた。子猫みたいにすやすやと寝ている。


「また寝ますか?」


 そばから顔を上げて俺を見つめる先輩が瞑りそうな目で話した。


「何かしたい…?」


 小声で囁く先輩の声が聞こえる…けど、けどなんか雰囲気がやばい…


「いや…もう起きる時間だから聞いてみただけです。」

「そう…寝ようか…?」

「…」

「嫌なの?」

「え…それより、恥ずかしくないですか…」

「うん。」

「はい…」


 そうか。


 そばからくっついている先輩の温もりが感じられる、明るくて優しい先輩はあの時、俺の虚しい心を満たしてくれた。それから体も心も暖かくなる日々が続いて、俺は先輩と出会って本当に良かったと思っていた。


 ……


「そう、でもあの頃の先輩は…」

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