第98話 あなたのために。−3

 季節はもう夏、初夏の暑い日差しが屋上を照らす。

 日差しを避けてベンチに座る二人は穏やかな昼休みを過ごしていた。今日は髪を縛らなかった先輩、その横顔が見たくてお弁当の蓋を開けている先輩の横髪を後ろに流した。

 後ろに流した髪を耳にかけて、先輩の顔を見つめる。


「ん?なに?」

「顔…が見えない。」


 しばらくの静寂、先輩が蓋を開けたまま俺を見つめている。


「…」

「ご飯食べよう。」

「もう…いきなり、入ってこないで!」


 と、拳で頭を殴られた。


「え…なんで…」

「もう…意地悪いから、自業自得よ。」

「へぇーただ横髪を流しただけじゃん。もしかして、どきっとした?」

「うるさいーこのバカ。」

「うーん。」


 そして俺は持ってきたサンドイッチを出して一口食べる、日本人は白ご飯なのに…うちに米がなかった。

 先輩とのおかず交換を期待したのに…さすがに一口ちょうだいとは言えないな。


「ねね、ハルー」


 白い雲も眺めながらサンドイッチを食べている俺の肩を叩く先輩。


「うん。」

「…」

「何?」


 持っているサンドイッチを下ろして先輩の方を見たら、口に卵焼きをくわえた先輩が目を閉じてこっちに向いている。


「うん…」


 何…これ…食べてって意味か。


「うんー」


 くわえた卵焼きをゆっくりと上下に振る先輩が「早く」って言うように感じる。


「うん!」

「はいはい…」


 その顔に近づく俺は先輩の肩に手を乗せて、ゆっくりとその卵焼きを噛もうとした。唇が卵焼きにつく寸前に目を閉じていたら、なんか卵焼きがだんだん遠くなるのを感じた。


 モグモグモグ…


「なんちゃってー!」

「…」


 テンション上がった先輩が笑いながら卵焼きを食べる。


「もしかしてー期待してたの?」


 騙されたような気がしたから俺は先輩の目を逸らしてサンドイッチを食べた。そうしたらそばにくっつく先輩が上半身を下げて俺の顔を確認して話す。


「怒った?」

「え…?全然。」

「何、その拗ねた顔は?」

「全然…なんでもない、別に拗ねてないし…」

「分かった、分かったー。ほら!こっちを見て。」


 再び、やってくれる先輩の顔がすぐ目の前で見えた。


「うん…」

「騙されない、そんなにバカじゃねぇよ。」

「うん!」


 声を上げる先輩が左手で俺の顔を掴めた。反対側の手を使って口を開けてくわえていた卵焼きを俺に食わせて口を閉じる。じっとしている俺を見て、その上に軽く口づけをした。


「甘い…美味い…」

「甘い?」

「うん…」

「今日は砂糖入れてなかったのに…甘い?」

「え?じゃこれ…なんの甘さ?」

「なんでしょうかねー」


 その時、思い浮かぶ一つ。


「これ…かな。」


 もう食べ終わってる先輩の顔を触ってこっちからもう一回口づけをした。


「うん…?」

「甘い…」


 まだ日が高いのに変な言葉を出した。

 早めに寝かせて指のサイズを測らないといけないのに…先輩が積極的に仕掛けるからたまに「俺からやってもいいかな。」と思ってしまう。

 その結果の一つかな、平然と先輩に触ることができたのは。ふん…恥ずかしい。


「うわ…恥ずかしい…ごめん、春日。」

「好き、最近すっごく積極的だから好きよ。」

「春日から習ったことだよ。」

「へぇーそうなの?でも時に激しくなるのは教えてあげた記憶がないけどねー」

「うるさい。」


 そんな雑談をしながらお弁当を片付ける先輩の顔が眠そうに見えた。俺の膝枕で横になる先輩が小さい声で言う。


「なんか眠い…」

「忙しかったから仕方ないな。」

「ハル…」


 目を閉じて俺の名前を呼ぶ先輩。


「ちょっとだけ…寝るから私から離れないで…」

「うん。」

「ここにいて…」


 そういう先輩がこっちに体を回してすやすやと寝ていた。上から見られる先輩の長い髪と細い腕が俺の保護本能をくすぐられていて顔が暖かくなる。

 白い顔、長いまつげ、赤い唇をしている先輩、時にはかわいくて時には恐ろしい人… 

 いけない!また先輩に気を取られてしまった。


 今がそのタイミングだ。

 ポケットの中から巻尺を出して、俺の袖を掴んでいる先輩の手を握った。ゆっくりと先輩を起こさないように指組をして安心させる、そして先輩の手を開いて巻尺で測った。


 いや、ちょっと…どの指を測る…?

 なんで平然と薬指を測るんだ…

 そしてぼーっとして考えた俺はペアリングは薬指だったことを思い出した。


 バカかよ…

 再び、先輩の薬指に巻尺を巻いて測る。


「47と2?3?かな、よっし…じゃあ7号だ。」


 先輩のサイズを知ってからドキドキしていた緊張感が消えていく、これからゆっくり先輩の寝相を見ながら昼休みを過ごしたら終わりだ。


「ば〜か〜」


 耳元で囁いても聞こえない先輩をからかう、ずっとこうしてそばにいたい。

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