第97話 あなたのために。−2

 今日に限って授業が長く感じられる、授業の内容も全然分からないし…いつもの俺とは違うな。ポケットの中で巻尺をいじりながら先輩と会うことを焦って待っていた。


「どうした…春木。」

「え?」

「なんか様子が変だぞ。」

「なんでもない…」


 後ろから声をかける康二、なぜか木上のことを思い出してしまう。


「なんでもないって武藤先輩に会いたいだろう?」

「え?どうして分かる。」

「普通と違うからさ。」

「そう…?」


 4限が終わるまであと10分か…早く会いたいな。


「先も先輩と手を繋いだことを見たから。」

「え…」

「見てたのか…」

「羨ましいカップルってことは学校中のみんなが知ってるさ。」

「さすが…先輩は有名人。」


 学校中に知られていたのか俺たち…だから二人で歩いているとそんなに見てるんだ。そんなことだったか、今まで嫌がってると思っていた。


「康二は?先輩とうまく行ってる?」

「…うん、そうね。」


 ためらう康二に詳しいのは聞かないことにした。


「よかった。二人がうまく行ってるだけで安心した。」

「うん。」


 チャイムが鳴いた。

 いよいよ、昼休みの時間が来た。


「春…」


 チャイムが聞こえる瞬間、俺はすぐ教室を出てお弁当を先輩がいる3年D組まで持って行った。階段を上がる時、飲み物も用意した方がいいと思った俺は隣の自販機で先輩の分も買った。


 3年D組の前に着いた時、七瀬先輩が教室の前でニヤついていた。


「あれは…なんだろう。」


 無視して教室の中を見ていると、隣に近づく七瀬先輩が教室に向けて叫ぶ。


「へいへいへい!春日!彼氏が来てる〜」


 ん???

 びっくりした俺は目を見張って七瀬先輩を見つめた。


「…本当?」

「会長の彼氏!」


 教室の中で女子先輩たちが扉の方に集まってくる。


「ねね、加藤くんって会長のどこが好きなの?」

「え…」

「うわー聞いた通りね!カッコいいー」

「ありが…ど…」

「背も高い!お似合いだー」

「はい…あの…」


 話しづらい…


「見て見て!加藤くんお弁当を持ってきたよ!ラブラブだよねー」

「わー!羨ましいー」


 女子先輩たちに囲まれて先輩が見えない…


「はいはいーみんな退いて!」


 先輩の声だ。


「会長!」

「うん?」

「こんなイケメンと付き合うねー」

「そう!春木はイケメンだよ~」


 俺の前でそんな恥ずかしいことを…


「何…恥ずかしいことを言ってるんですか…先輩。」

「へぇー加藤くんは会長を先輩と呼ぶ?」

「はい、そうですけど…」


 俺に話をかけた先輩が武藤先輩にトントンと肘で叩く。


「ねー二人きりの時はなんって呼ぶの?」

「私と春木?」

「うん。」

「…」


 ぼーっとしている俺と目を合わせる先輩。


「なんでしょうかー?」

「…え。」


 なぜ俺に聞く…


「普通に名前で呼びますけど…」

「そうだ。こういう時は携帯に保存した名前を見れば分かるって聞いたことあるよね。」


 聞いたことありません…


「携帯…机の中に置いてきました…」


 と、言った時だった。

 ポケットから携帯の着信音が鳴いたのは…


「へへー」


 自分の携帯を見せつける先輩。その画面には「ハル」と保存されて、俺に電話をかけていることをみんなに見せていた。


「わーハルって呼ぶんだ。」

「ねね、加藤くんも早く携帯を出してみて。」

「…仕方ありませんね。」


 そしてポケットから出した携帯には「春日ちゃん」と保存されていた。


「あ…」


 先輩たちに携帯を見せる時、一つ忘れていたことがあった。高校に来てから先輩に携帯を取られて編集された名前…「ちゃん」付け。


「春日ちゃんってー!!!!」


 隣で俺の携帯を確認した女子先輩たちが声を上げた。

 その騒ぎを見ている先輩の顔が幸せそうに見える。俺も幸せそうな顔をしている先輩から目を離すことができなかった。

 こうしている時じゃないのに…先輩の美貌に気を取られてしまった。


「はい!ここまでー今から私は昼ご飯を食べるからねー」

「羨ましいー彼氏と食べるよね…」


 先輩は綺麗、昨日の先輩より今日の先輩が…そしてこれからずっと一緒になる未来が楽しみだ。


「何ジロジロ見てるの?」

「いや、なんでも…」

「昼ご飯食べに行こうー」

「はい。」


 話を終わらせた先輩がクラスメイトたちから俺の携帯を取り戻して教室を出た。やっと二人きりになった俺は一緒に屋上を向かっている先輩に聞いた。


「なんか今日疲れたように見えたけど…大丈夫?」

「うん…ちょっと疲れてるけどね。」

「クラスメイトたちの話に乗らなくてもいいじゃん…」

「だって…」

「ん?」


 屋上の扉を開けて、一歩踏み出した先輩が後ろにいる俺にこう言った。


「だって私のハルをみんなに自慢したかったもん…どー!私の彼氏!カッコいいでしょう!って!」


 私のハル…

 少し赤くなっている先輩の横顔に照れる俺の気持ちを隠すため、咳払いをしながら答えた。


「…子供じゃあるまいし。」

「それでもいいんだーすっごく嬉しいしー気にしないよ。」

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