第96話 あなたのために。

 それから数日が経った。

 普通の学校生活に戻った俺は先輩のおかげで他人のことを深く考えないようにした。泣き出したことは未だにも恥ずかしいけど、先輩と話した時間の中で心にたまっていたかたまりが綺麗さっぱり消えた。


「…指輪。」


 廊下を歩いている俺は前に先輩と話したことを思い出す。

 ペアリングを買いに行くって言ったよな…


 でも普通に買うのは面白くないからなるべくサプライズであげたかった。それは差し置いて、俺は先輩の指サイズすら知らないんだ…これじゃサプライズもなんもできないだろう。


「確認してみよう…」


 そして始まる先輩の指サイズ測り作戦。と、言っても3年がいるところは気まずいかも…1年だし。


 まずは生徒会室に行って見ることにした。

 先輩がそこにいたら密かに測ってもらう、でもどうやって測ったらいいのか…その時の俺はそこまで考えていなかった。


「入りますよー」


 生徒会室の扉を開けて中を見回したけど、静かな生徒会室の窓だけが開いていて今は誰もいないようだ。こうなったら…やはり先輩のクラスに行く方法しかない。


「…」


 ん?誰かここを見ていた気がするけど…気のせいか。

 後ろから変な気配を感じられた。でも廊下もまた静かで人っけがなかった。


「気にし過ぎた…」


 今すぐ先輩に連絡して「どこにいますかー」と聞きたいけど、そうなったらサプライズにならないんだな。


 そう、先輩のクラスに行ってみよう。生徒会室の扉を閉じて振り向いたら、いきなり顔を出す七瀬先輩の姿が見えた。

 びっくりした俺は出していた巻尺をポケットの中に押し入れて、平然とした顔で先輩を見た。


「へぇーここで何をしている?」

「七瀬先輩…」

「生徒会室でこそこそ何をしていたのかな〜」

「べ、別に何も…」


 気まずい…この人…


「今、私のことを気まずい人だと考えたんでしょう?」

「…」


 エスパーかよ。


「あ!どうしてわかった!って顔しているね。」

「先輩…俺、忙しいから行きます。」

「春日を探しているよね?」

「…」


 この人に心を読まれたのか、どうして分かるのかよ。


「今日はね…春日は多分すごく疲れているかもしれない。」

「え?なぜですか?」

「まぁー春木は幸せだよねー」

「え?なんの話…」

「なんでもないよ、ところで春木ってアクセサリーとか好き?」

「あんまり…」

「そう?好きじゃないんだ…」

「それよりアクセサリーなんか持ってないから…」

「好き?嫌い?」

「強いて言えば指輪とか腕時計くらいはいいかも…」


 なぜか静かに俺の話を聞いている七瀬先輩が下を向いていた。


「先輩?」

「なんでもないーそれより春日ならクラスにいるから早く行ってみたら?」

「もうチャイムが鳴きますから一応クラスに戻ります。」

「うん。」


 七瀬先輩はなんか気まずいな…目が怖い。

 笑っている顔の向こうに何があるのかわからない、別に悪い人じゃないけど…ってなんでアクセサリーのことを聞いたのか分からない。


 次の授業が終わったら3年C組に行ってみよう。


「…別にこんなこと自分で聞いてもいいじゃん。」


 生徒会室の前に立ている美也は後ろに向いて話した。


「でも…ちょっと恥ずかしいよ。」


 姿が見えない壁の向こうから少し疲れている人の声が聞こえる。


「昨日、うちでそんなに悩んでたのにまだ悩んでる?」

「だって…」

「一応バレないように適当に言い繕ったよ。」

「うん、ありがとう。」


 ——————そして次の休み時間。


 心が落ち着かない俺は指のサイズを悩みながら階段を上がったり下りたりしていた。サイズは適当に8号でいいかな…でも先輩の体、すごく細いから7号かもしれない。

 確かに50KGくらいするかな…

 先輩の体重を予想してみたら、ふっと頭の中から浮かび上がる先輩の裸に顔が真っ赤になってしまう。


「…」


 いやいやいや、何考えているんだ。マジで変態かよ…

 まだ高校1年生の俺にとって先輩の裸はとても刺激的だった、今まで誰とも恥ずかしいスキンシップをしてなかったからこそこの余韻が残っている。そんな俺の初めては全部先輩で…満たされた。


 勇気を出して先輩のところに行く。

 そして上がる階段の先にタイミングよく下りている先輩が俺を見つける。


「ハルー!」

「先輩…」

「どうしたの?顔が真っ赤だよ?」

「…暑いから?」

「だよね?もう7月だよねー?」


 先輩は笑顔を見せながら俺の手を握る。二人で階段を上がる時、七瀬先輩が言った通り先輩の横顔が疲れているように見えた。

 心配になった俺は先輩の顎を持ち上げて確認した。


「先輩、昨日寝てなかったんですか?」

「うん?」

「なんか疲れているように…見えますけど…?」

「勉強のせい…かな?」


 びくっとする春日が春木の目を逸らして答えた。


「頑張ってますね〜」

「へへー」

「疲れたら昼休みの時、屋上行きませんか?」

「そうしよう!一緒にいたい!」

「じゃ昼ご飯食べたら先輩のクラスに行きますから。」

「うん!」


 かわいい先輩の頭を撫でながら俺たちは終わっていく短い休み時間を過ごした。


 よっし!やったー

 昼休みの間、先輩を寝かせて指のサイズを測ったらゲームセットだ。

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