第95話 トラウマ。−7

「嘘…嘘…だ…そんな…」


 春木の血が染まっている私の平手を見た。その上に落ちる涙が血に混ざって春木の頬にぼとぼとと滴る。

 目の前の状況を否定したかった…でも春木が倒れた、犯人のナイフに刺されて…血を流して…倒れている。


 震える手がどうしても止まらなかった。


「くそ…お前ら…」


「誰か…助けて…」


 湧き上がる悲しみに私の心が崩れていた。

 もう声すら出てこないほど春木を抱きしめていた、例え犯人に刺されることがあってもこの場所で一緒に死ぬことを選んだ。


 一緒よ…


「お前も死ね!」


 犯人はすぐ私の方にナイフを振り下ろした。


 ずっと…一緒だよ。


「あっ…!!!!」


 距離を確保した警察がナイフを振り下ろす犯人の腕に拳銃を発砲した。アスファルトにナイフを落とした犯人が撃たれた右腕を掴んだまま膝をつけた。そのうち、犯人に気を取られていた共犯も警察に逮捕されて事件は一段落になった。


「…」


 なんでこうなるのよ…


「ね…起きて…起きて!!起きて起きて起きて!!!!」


 一人で寂しい現場の中から声をあげる。最後まで掴んでいた手に残る春木の冷たい手が…その感触が伝わってくるのが怖かった。

 そして騒がしい現場にちらほら集まってくる見物人たちは「対岸の火事」見ているのようにこそこそと話していた。その視線が感じられる、けど誰一つ私たちを助けようとしなかった。


 ただの見物だった…


「はあ…む…と…」

「春木…」

「無事…で…よか…った。」


 春木は震える声で話していた。私の手を握ってくれた春木はその後目を閉じて気絶した。


「なんで私たちは出会ったの…」

 

 怖かった…春木を失うのがとてもとても怖かった。いっそ、君と出会わなかった方がいいと思うくらいに心が痛くて涙が止まらなかった。

 その後、着いた救急車が気絶した春木と恵ちゃん、そして私とニノさんを乗せて病院に向かった。


 ……


 そう…そんなことがあったよな。確かにその事件があってから春木が少し変わってしまったと思う、ショックだったから分かる。私も何もしてあげられなかったから…このままでもいいのよ。


 そばにいてくれるだけでいい。


「いい…」


 隣で寝ている春木の頭をゆっくりと撫でた。前髪をあげて春木のおでこに私のおでこをつけてほほ笑むと春木が目覚めてしまった。


「夢…?なんか春日が近い…」

「そうよ。夢だよ。」

「そうか…」

「うん…疲れたよねー」

「…」


 と、さりげなく嘘をつく私。

 春木は気づかなかったようだ、かわいいー。


「嘘つき。」


 床に置いている下着を拾う時、私の後ろから春木の声が聞こえた。腕を掴んで私をベッドまで引っ張る春木が目を合わせて、容赦無く口付けをした。


「あっ…」


 少しの間、唇を離して見る春木の顔が真っ赤になっていた。


「朝…だよ。」

「ん…」

「朝…」

「そんなカッコウをしている春日が悪いんだよ。」

「…変なこと言わないでよ。変態。」


 高校生なのにこんなことをやっちゃってもいいのかな…朝から春木の上に乗ってその肩に両手を乗せた。昨日の夜、二人で過ごした激しい時間は忘れられない…徐々にスキンシップに慣れている二人は前よりもっと大胆なことをやっていた。


「どこ触ってるの?」

「肉マン…」

「変態…」

「でも…触っていいんだよね〜」

「知らないよ…」


 春木に大きな手が胸を掴む感触が好きだとは恥ずかしくて言えない…気持ちいいから口に出せないままその肌触りを感じるだけ…


「春日はボディーラインがとても綺麗から…目を離せない。そして恥ずかしいところを触っても許してくれるから…なんか変。」

「何がー?」

「だって女の子の体でしょう。」

「なんで…?普通の男はこんなの好きじゃない?」

「それもそう…だけど…なんか春日に変態と認識されるのは嫌だな…と思って…」


 はあ…かわいい…

 私が男だったらこの場でめちゃくちゃにしたかも…照れている顔とその体が大好きだよ。それにしても春木は知らないのかな、下と違って口は素直じゃないね。

 

「ハルは変態なんかじゃないよ?だって彼氏でしょう?それはただの冗談〜」

「不愉快だったらどうしようかな…って。」

「バカだねー不愉快だったらハルとエッチなんかしないよ?」

「…」


 へぇー照れてるんだ。


「大胆に触っているけど…照れてないのも不思議。」


 我慢しているからね。


「へぇー」

「こっちより感じるところがあるかな。」

「…知らない!」

「…」


 いたずらがしたい顔だ。

 胸を触る春木の両手がゆっくりと腰まで動いた。


「ひっ…!」


 思わず、喘ぎ声を出してしまった。それも大きく…


「へぇーこっちなんだー」

「腰かな…弱いところは…」

「うん…」

「本当だね、顔が真っ赤だ。胸よりこっちの方がもっと気持ちいい?」

「うん…」


 腰はなんか違う…触れたらなんとなく喘ぎ声が出てしまうから…春木に触れると我慢できなくなる。

 変態は私の方かもしれない…春木が私の腰を触っていると体の力が抜けてしまう。とても気持ちがいいからそのまま春木に甘えて体をくっついた。


「はあ…気持ちいい…」

「春日ーどうした、耳まで真っ赤だよー」

「うるさい…なんとかしてよ…!」

「へぇー何をしよっかなー」

「自分で考えて!」


 両腕で私を強く抱きしめた春木がキスをしながらベッドに横たえた。

 春木が私の上でキスをして、体の恥ずかしいあちこちを触ってるのにとても気持ちがいいんだ。これが「愛」と言われるものかな…


「ハル…好きって言って…」

「好きだよ、大好き…」


 しばらく目を合わせる二人。


 私、やはり女の子に生まれてよかった…春木に触れているのが好き、ちょっと不安だけど守られている感じがして好き、春木とする恋人繋ぎもハグもキスも…エッチも全部好きだよ。

 もう空っぽじゃないこんなに「愛」が満ちているから、今まで我慢してきた時間を報われている。


 そう、私は君さえいればいいのよ。春木。


 何も怖くない。

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