第89話 トラウマ。
今日の朝は早めに目が覚めてしまった。
隣にいてくれるだけで十分なのに、もう考えすぎるのはやめてほしかった。ベッドに横たわったまま床に散らかっている服を見ながら体に触れているハルの腕を触る。そして後ろから私を抱きしめて寝るハルの手を握った。
結婚したことでもないのに私たちは同じ家で食べたり、寝たりしていた。前はすごく照れていたけど、今は襲ったり触ったりするんだ。かわいい…
「好き、永遠に私の所有物だよ…」
ハルの寝顔を見ていたらなんとなく笑いが出ちゃう…
じっとしてハルの頭を撫でてあげたら、ふっとハルがそんな考えをするしかない理由が思いついた。どうしてハルに言えばいいのかわからなかった、それとあの時の記憶が全然残っていない状態で言っても無理だと思っているし…
それは私が長い時間ハルと会えなかった時の話。
退院してからの毎日は忙しい日々の続きだった。家に帰ったら父からの説教が始まって友達と遊ぶ時間なんかいなかった。いくらいい成績を取っても満足しない父は「それくらいは武藤家として当然だ。」と言うだけだった。
息苦しい…毎日が同じ日常でこれは人として生きる人生ではなかった。まだ覚えている、中学3年生だった私が少しずつ心の底に父に対する不満を押し込んでいたことを。
「春日?今日も朝ご飯食べないの?」
「うん…すぐ学校に行くから。」
「そうか…いってらっしゃい。」
母も私の立場を知っていたから何も言えなかった。家を出て車に乗った私は参考書を開いて死んだ目で読み始めた。しばらくの間、静寂が流れて運転席からニノさんが話をかけてくれた。
「お嬢様…大丈夫ですか?」
「全然平気です。」
「もう2ヶ月もすぎました…なぜ朝食も夕食も食べないのですか。」
「うん、大丈夫から心配しないでください。」
「…」
もうすぐ終業式だから…高校生になればもっと自由になれると思っていた。ただその未来を考えながら耐えようとした、でもその時間を幼かった私が耐えるにはすごく苦しいことだった。
今日も下駄箱には男から入れた手紙が入っていた。
「くだらない…」
朝早く学校に来る理由はバレーをするためだった。運動してストレスを発散することしかできなかったから私は春木と会えなかった時間をスポーツで埋めていた。
私だけの時間が欲しかったけど学校も息苦しいのは同じだった、男たちは私を見るために体育館の外から中を覗いた。朝練が終わって体育館を出る時が一番嫌いだ、どこかに隠れて急に話をかけたり告ったりするからイラついて無視すると学校中に氷の女王と呼ばれていた。
そんな暇すらなかった私は相手にすることも諦めた。勝手に思えばいいんだ。
頭の中にはスケジュールでいっぱいだった。塾に行って、勉強をして、家に行って、勉強をする。1年と2年生の時は父に逆らうことも多かった、恵ちゃんと母の前で声をあげたり怒ったりしていた。
「反抗か。」
家に入った私の前に父が立ち止まっていた。いつもの冷たい視線と重圧感がある声が感じられて、私の顔が無表情になってしまった。
「答えないのか。」
「なんの話?」
「朝早く学校に行くために食事をしないと聞いたが本当か。」
「そんなことどうでもいいじゃん。」
「食事はちゃんと食べなさい。」
自分の話だけ一方的に言う父はすぐ2階に上がる、いつもこんな感じだ。だから家なんか嫌だ。
机の上に積んでいる教科書と参考書、床にも落ちている本がいっぱいでそれを見ていた私はため息をついた。
携帯を出して春木に連絡をしたかったけど、その頃の春木は携帯を持っていなかった。連絡も取れないし、あの川辺に行く時間もなかった…そうやって私たちは離れ離れになってしまった。
「家の電話番号でも聞いた方がよかったな…」
ベッドに横たわっても眠くなかった私は少し散歩でもしようとした。
「川辺行きたい…」
時間は夜の9時だったけど、私は外に出て気を晴らさないと眠れないくらい胸苦しかった。
ごめん、約束…守れなかった。
ため息をついて玄関の取っ手を握った時、2階から父の声が聞こえた。
「どこに行く。」
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