第88話 他人の視線。−5
「先輩…」
ソファに残られた先輩が手の甲で涙を拭いていた。止まらない涙が手に伝って膝に落ちる。家を出る前まですすり泣いた先輩がだんだん泣き声をあげて、玄関の前で足が止まってしまう。
彼女を泣かせるなんて、俺はとんでもないクソ野郎だ。
「行かないで…行かないで…ハル…」
居間から聞こえる先輩の声に立ち止まる俺は情けない自分が悔しくて涙を流した。自分勝手に決めるしかできないことを、そして素直にならないことを…なんで俺はこうなってしまったのか。
教えてください。
この選択は先輩のため…とは言えなかった。トラウマのように体と精神に残されたこの気持ちから逃げ出したい…
そのために先輩は俺と離れるべきだ。
そう、俺がいなくなったら…
なったら…
「…いやだ。どうしたらいいか…分からない。」
先輩の声を聞いた俺は玄関から居間に戻ってきた。
「ハル…ハル…」
「先輩…」
ソファから俺を見る先輩の顔が涙に汚れていた。手を伸ばせばすぐ届くところにいるのにとても遠く感じられるこの距離感はなんだ。
「ごめんなさい…先輩…」
震える手で先輩の頬を触る俺は親指で目尻に滲んでいた涙を拭いてあげた。
「ごめんなさい…」
「なんでそんなことを言う…周りの人とか友達とかもう関係ないでしょう…ただハルが好きだからそれだけなのに…ハルは私がいるのに足りないの?ね、言ってよ。足りない?私がブスだから…?もう可愛くないからそんなことを言うの?」
「そんなことじゃ…」
「あ…たし…ハルに嫌われていたかな…」
「違う…」
声が震えている、止まらない涙を流す先輩が俺の顔を見上げた。
「分からない…なんで人の視線に怖がっているのか、その理由を分からない。何があってこうなったのか…昔の俺はこんなんじゃなかった。」
「ハルが他人に見られていることを怖がっているのは分かった…でもそれと別れるのは別の問題でしょう…」
「先輩がいつか情けない俺を嫌になると思っていたから…」
「そんなことないよ、一人で全部決めないで。」
先輩の前に座って涙を拭きながら話を続けた。
「毎回、変な話ばっかりで…男らしくないから…だんだん自信がなくなってしまう…」
「大丈夫…私はありのままのハルが好きだよ。」
「ごめん…ごめん…」
何度も謝って、何をしているんだ。バカだ。
先輩の話を聞いて逆にこっちから涙が出そう。先輩は何も悪くない悪いのはいつも自分勝手の俺なのに…
今までずっと抱えてきた悩みを全部吐いたら楽になれるのかな。
「もう、謝らなくてもいいよ…」
「うん…」
「他人の視線が怖かったら私だけを見て、私の目を見て、分かった?」
「うん…」
「二度とそんな話をするんじゃないよ…これからずっと一緒にいると約束したでしょう?」
「うん…」
ずっと…一緒…
その言葉が心の中に広がっていた。
「先輩…こんな俺を支えてください…ずっと一緒にいてください…一人は怖い、怖い…強がるのも限界だよ…」
「うん…私はハルが好きだよ。いつも、いつもずっとハルだけを考えているから心配しないで。」
先輩に抱きしめられたまま泣き出した涙には心の底に沈んでいた俺の恐怖がともに流される気がした。先輩の気持ちがよく伝えて心が楽になる、しばらくそのまま泣いていた俺は先輩によってようやく精神的に縛られていた鎖が解かれた。
「好きだよ…」
床に座って見上げる先輩は先まで泣き顔をしていたのにすぐ笑ってくれた。
「先輩は笑顔が似合うよ。」
「ハル…その言い方…先輩は嫌だ。下の名前がいい。」
「あ…春日…」
「うん!」
そして俺の手を握って自分の胸につけた。
「春日…?」
「ね、ハルに伝われるの?」
「これは…」
柔らかくてちょっと暖かい感じがする先輩の胸からドキドキする心臓の鼓動が感じられた。
「すごく…ドキドキしている…」
「そうでしょう?それくらい好きって言うのよ。私がハルのことを本当に好きだと体が叫んでいることだよ。」
「うん…なんかすごく恥ずかしい…」
「体は嘘をつかない…」
そのまま手首を掴んで俺を横たえる先輩が胸に頭を乗せて目を閉じる。
「何してる…?」
「ハルも私にドキドキしているのか、心臓の音を聞いている…」
「そうか…」
そう、先輩が言った通り体は嘘をつかない。
さっきからずっとドキドキしていたこの気持ちは今までも続いていた。激しく先輩のことを欲しがる心臓の音が聞こえたのかな…そうだったら恥ずかしくなるかも。
上から俺をニヤニヤする顔で見る先輩はすごく嬉しそうな顔をしていた。
「そんなに嬉しい…?」
「ひひひ〜」
かわいい笑い声を出した先輩はその後、俺に体を密着して服の中に手を入れた。
「それと…ハルに他の女の匂いがするのが嫌だ…」
そう言ってすぐ口をつける先輩は俺の体を自分のことにしようとした。キスが上手い先輩から逃げられるのはできなかった、舌と舌が絡み合う感触が好き…先輩と液が口の中で俺の液と混じっていた。
二人しかいない居間で感じられるのは二人の温もりと感触だけ。
気持ちいい…先輩とするキスがいい、特にちょっとだけ離れてお互いの目を合わせてから再び口をつけるその短い時間がすごく好きだった。
そして唇を離れて俺を見る先輩に言った。
「気持ちいい?」
「うん…気持ちいい。」
「そう?俺はちょっと…足りないかも…」
「うん?」
今度は逆に俺から先輩を襲う、左手で先輩の胸を掴んで右手で頭を持ち上げてキスをした。胸を触られた先輩が下から手を伸ばして俺の物が確認することを感じられた。目を閉じたまま物を握る先輩の顔がさらに真っ赤になっていた、それでもゆっくりと握ったまま手を動かした。
「顔が真っ赤だよね。春日。」
そしてキスが終わった後目を開けた先輩が真っ赤になったあの顔で俺に言った。
「嬉しい…ハルに触れているのがこんなに嬉しくて気持ちいい…」
「バカ…」
「はあ…今のは男らしい…ハル、私すごくドキドキしたよ…」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます